第57話 聖騎隊、強襲【前編】

 フェルネンド王国を抜けだしたクレイブたちであったが、南にある屍の森への道のりは決して簡単なものではなかった。

 というのも、フェルネンドと屍の森の間に、制圧を目指すダルネス王国の領地があり、しかもそれが拠点地とするために先行部隊が配置されているオーストンという町だった。

 そのため、先に進めば進むほどフェルネンドの兵は増えていき、移動の際に目立つという理由で馬車は途中で放棄することにした。もし見つかれば、御者役を務めてくれた者にも迷惑がかかるからという判断だった。


 クレイブ、エドガー、ネリスの三人は道中にあった森の中に身を潜めて今後の進路について意見を出し合った。最終的な目的地はセリウス王国ファグナス領にある屍の森近くに新しく誕生予定の鉱山町――如何にして安全にこの地へとたどり着くのか議論が重ねられた。

 

「あちこちうちの兵士だらけだな」

「包囲網が狭まっていると考えていいわね」

「だが、あくまでも彼らの第一目標はダルネス王国だ。侵攻作戦を投げ出して他国を目指す脱走兵である俺たちを捕まえるための部隊ではない」

「まあそうだけど……見つかっちまえば一緒だわな」


 長時間の議論の末、たどり着いた答えは「沈黙」だった。

 想定外の事態はフェルネンド兵の動きが早いこと。通常ならばもう一日分くらいの猶予があり、その間に危険地帯であるこの辺りを抜け出ようというのが当初の目標だったが、今やそれは望み薄になった。これには恐らくディオニス・コルナルドの言っていた「八極が加勢してくれる」という情報も大きいのだろう。

 打つ手なし。

 迫りくるフェルネンド兵をかいくぐってセリウス王国へ抜けるのは難しくなり、クレイブたちは追い込まれていた。


「……仕方がない。一か八かになるが――オーストンの町を突っ切る」

「! 突っ切るって……」

「その言葉のままだろう。いいぜ。まどろっこしいのはなしだ。正面から一点突破で突き破ろうぜ。安全な道を求めてこの辺をうろついているままなら捕まっちまう」

「ここからオーストンまで急いでも夜が明ける……それまでにフェルネンドの総攻撃が始まらないことを祈ろう」

「それしか道はないみたいね……」


 すでに国境線にはフェルネンド軍が網を張っている。

 脱走兵として連れ戻された先に待つのは暗い未来だ。

 それを避けるためにも、ここが勝負どころ。

 三人はここをターニングポイントと決めて気合を入れ直した。


「そうと決まれば可能な限り前進をしておこう。ただ、日も暮れてきたことだし、慎重に先を進むぞ」

「おう」

「分かったわ」


 リーダーであるクレイブを先頭に、一行は夜の森を進んでいく。



  ◇◇◇



 小鳥のさえずりが朝を告げる。

 大木の幹を枕の代わりにしてわずかな睡眠をとった三人はさらに南へと進む。

 しばらく行くと森を抜け、小高い丘の上へと並んで立つ。

 その眼下には大きな町が広がっていた。


「あれがオーストンか」

「さすがにフェルネンド王都に比べると見劣りするが、それでもかなりの規模だな」

「商業都市としては世界で四番目に古い町だもの。歴史と情緒ある雰囲気は観光スポットとしても人気が高いって話よ」


 だが、その町も今から数時間後にはフェルネンドの攻撃を受けて廃墟となるだろう。

 クレイブたちは旅人を装って町へと入った。

 まだ朝早い時間帯ということも手伝ってか、町は商人たちで賑わっていた。行き交う人々は世間話をしたり、値段の交渉をしたりと忙しそうにしている。

 

 三人は極力目立たぬよう道路の端を歩き、そそくさと進んでいく。

 街角には衛兵もいるが、誰もクレイブたちを気にかける様子はない。

 事は驚くほど順調に進んでいた。


「エドガー、北門はどっちだ?」

「このまま真っ直ぐ行って突き当りを左。そんで三つ目を右に曲がっていけばたどり着くはずだ。所要時間は今のペースで行くと十分前後か」

「上々だ」


 ここまでは順調に来ている。

 衛兵が気づく素振りはない。

 尾行の気配も感じない。


 ――だが、ここで予想外の事態が発生した。


「いいぞ~!」

「やれやれ~!」

「ぶっ飛ばせ~!」


 ガラの悪いヤジが飛び交う――どうやら、チンピラ同士の喧嘩が起きているようだ。


「まずいぜ、クレイブ……町人が道を塞いじまっている」

「ただの喧嘩だ。すぐに終わるだろう」

「だといいけど……」


 クレイブたちは息を殺し、目立たぬよう野次馬に同化して進んでいく。その際、喧嘩の様子が視界に飛び込んできた。


「おら! とっととかかってこいよ!」


 ひとりは身長二メートル近い巨躯の男。

 対峙するのは対戦相手と比べてしまえば小柄だが、それでもガッチリと鍛えられた肉体を誇る。だが、それよりも周囲の目を引いたのは男の出で立ちだろう。


「な、何よあの男……」


 その奇妙さに、ネリスは思わずそう漏らした。

 短い茶髪に無精髭姿の男が着ている服――白と黒の横縞模様で、両手は手錠により自由を奪われていた。


「あのおっさん、囚人なのか?」

「どうやら脱獄してきたようだな」

「そのくせこれだけの騒ぎを起こすなんて……どういう神経しているのよ」


 移動しながらも男について語る三人。

 だが、男の戦いぶりを目の当たりにすると思わず足を止めてしまう。


「いやっはー!!」


 手錠で自由の利かない両手をだらんと下げたまま、恐ろしいほどの跳躍で巨躯の男の顔面を蹴り飛ばした。派手に吹っ飛ばされた大男は石造りの壁面に背中を打ちつけ、そのまま気絶した。この間、わずか数十秒の出来事である。


「なっ!?」

「マジかよ!?」

「う、嘘……」


 クレイブたちが呆然とする中、男は両手をあげて派手にガッツポーズをとる。すると、周囲の町民たちは熱狂し、囚人ルックの男に惜しみない拍手を送っている。どうやら周囲はあれをファッションの一環と思っているらしい。


 町民たちが盛り上がる中、さっさとこの場を立ち去ろうとするクレイブたちだが、不運にも囚人服の男に声をかけられてしまう。


「そこの青髪の兄ちゃん。次はあんたがやらねぇかい?」

「い、いや、俺たちは先を急いでいるので失礼する」


 指名されたクレイブは即座に断りを入れた。

 だが、男は近づいてきてなおも挑発をする。

 どうやら男は相当な戦闘狂らしい。


「さっきのデカブツよりは強ぇな、あんた。若いが、かなりの経験を積んでいると見たね」


 クレイブからの応答を待たず、男が拳を構えた。

 さすがに頭にきたエドガーが男に食ってかかった。


「あんたもしつこいなぁ。クレイブはやらねぇって言ってんだろ? それに俺たちは先を急いでいるんだ」

「まあそう固いこと言うなよ」


 近づいて来た男からは酒の匂いがした。

 どうやら酔っぱらっているようだ。


「なんならそっちのツインテール姉ちゃんでもいいぜ? あんたも相当強いだろ?」

「え、遠慮するわ」

「連れないねぇ。それにそんなシワを寄せたらせっかくの可愛い顔が台無しだ。あと、あんまり怒った顔していると胸が縮むぞ?」

「縮まない!」

「おっさんもそう思うか? やっぱ怒ると胸が縮む説は正しかったようだ」

「正しくない! ていうか、そんな内容の時だけ意気投合しないでよ!」


ネリスが悪乗りするエドガーに怒った――まさにその瞬間だった。

 突如轟音と爆発がクレイブたちを襲う。


「ぬおっ!?」

「きゃっ!?」

「うわっ!?」


 三人は二メートル以上吹き飛ばされ、地面に体を打ちつけた。

 

「な、なんなんだ?」


 すぐさま立ち上がったクレイブは爆発の原因を探ろうと周囲に目を配る。


「さっきのあれは……砲撃か?」


 クレイブは現場の状況からそう分析した。

一方、同じように吹っ飛ばされたエドガーもすぐに立ち上がり、近くにいたネリスの安否を確認する。クレイブに喧嘩をふっかけた囚人服の男の姿はない。恐らく、先ほどの砲撃をまともに食らったことで死亡したのだろう。


「大丈夫か、ネリス!」

「え、ええ、平気よ」


 どうやら怪我はないようで一安心。

 だが、町のあちこちから悲鳴があがっている。さらに、武装した兵たちが次々の町へ雪崩れ込んで来ている様子も見える。

 クレイブたちはその兵たちの服装や武器に覚えがあった。


「フェルネンドの攻撃が始まったか……」


 恐れていた事態が現実のものとなった。

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