第142話 ローザの恋愛相談
次回投稿は木曜日の予定です!
村長トアを中心に発展を続ける要塞村。
その一方で、要塞村からほど近い位置にある鉱山の町エノドアも日々発展を続けていた。
「ここもしばらく来ない間に随分と店が増えたのぅ」
その町で買い物を楽しんだローザはホクホク顔で帰路に就いていた。
空は薄っすら橙色に染まり始めており、あと三十分もすれば完全に夕暮れとなるだろう。エノドアのシンボルである大鉱山から仕事を終えた鉱夫たちもちらほら見えている。
ここから夜になるまでの間、エノドアは朝一と同じくらいの賑わいを見せるため、ローザは混雑する前に戻ろうと足を速める。
箒に跨って空を飛べばあっという間に着くが、今日はなんとなく歩いて帰りたい気分だったのでそのまま要塞村へと続く整備された道を目指していたのだが――
「む?」
ふと視線に飛び込んできたのは、町の中心地から少し離れた位置にあるベンチに座るひとりの少女。紫色の髪をしたその少女をローザはよく知っていた。
「ジャネットか?」
ベンチに座っていたのはドワーフ族のジャネットだった。
「ろ、ローザさん……」
ジャネットの表情は冴えない。
何やら悩み事があるようだが――それについてローザは心当たりがあった。
数日前にトアが見たという夢。
それが原因で、トアとジャネットの間にはぎこちない空気が流れていたのだ。
「何やら元気がないのぅ。何かあったか?」
「実は……トアさんのことで少し」
やはりか、とローザは笑顔を交えて息をつく。
「ワシに話してみんか?」
「え?」
「ドワーフ族のお主ほどではないが、ワシもそれなりに長い人生を歩んでおる。何か助言できることがあるかもしれん」
「ローザさん……」
「それに、誰かに話をするだけでも気持ちは楽になると思うぞ」
「……そうですね」
年齢的にはジャネットよりも若いが、これまでの人生経験の濃さでいえばローザの方が上手だろう。だからこそ送れるアドバイスもあると踏んだのだ。
「今朝、エノドアから『シロヒ・カオジフ探検隊』の最新巻が送られてきたので紹介をしようと思ったんです」
「ああ……あの眉毛の濃いマッチョマンが表紙の本か」
「トアさんはあのシリーズが好きなので、これをきっかけお話をしようとしたんですけど……」
「うまくいかなかった、と」
「直前になって、なんだか怖くなって……」
もうすでにトアは悪夢の呪縛から解き放たれている。
だが、夢を見た直後に自分を避けるような態度を取ってしまったトアのことが気がかりになってしまい、自分もまたトアを避けてしまった。
泥沼にハマってしまったジャネットはなんとか抜け出す策はないかとずっと考えていたようだ。
だが、相手がトアならそこまで気を遣わなくても普通に接すれば平気そうなものだが、今のジャネットにはそのような考えは浮かんでいないらしい。こうした内容を相談できそうなのは特に仲のいいクラーラ、エステル、マフレナ辺りなのだろうが、対象がトアであるため言いづらいようだ。
「のぅ、ジャネット。あまり難しく考えず、いつも通りの調子でよいのではないか?」
「いつもの調子……」
「変に意識するより、いつもと変わらず接すればいい。あのトアのことじゃ。きっと自分が取った態度を猛省しておるじゃろうし、ジャネットと会話ができなくて寂しい思いをしておるじゃろう」
「そ、そうでしょうか……」
「この《八極》枯れ泉の魔女の言葉が信用ならぬか?」
「い、いえ! ……ありがとうございます、ローザさん。なんだか元気が出てきました。戻ったらトアさんと話をしてみます」
「それはよかった。ワシも嬉しいよ」
フン、と鼻を鳴らして歩きだしたジャネット――だが、ローザはベンチに座ったまま。
「あれ? 帰らないんですか?」
「うむ……ちょっと用事があってな。夕食までには戻る」
「分かりました」
ジャネットは元気に手を振って要塞村へと戻っていく。
「ふぅ……」
ローザは一息をついた後、口を開いた。
「いつまでそこにおるつもりじゃ」
「おや? バレていたか」
ベンチ近くの木の後ろに隠れていたのは同じ八極である黒蛇のシャウナだった。
「隠れて盗み聞きとは、相変わらず趣味が悪いな」
「それは心外だな。盗み聞きなどしていないさ。私はちょっとそこの木に身を預けてみたくなっただけさ。君とジャネットがそんなところで恋愛談議に花を咲かせていたなんて思いもしなかったよ」
「……屁理屈を言わせたら右に出る者がおらんところも変わらんな」
昔からそうじゃった、とローザは諦め半分に呟いた。
「それにしても、あの枯れ泉の魔女が恋愛相談とはねぇ」
「……何が言いたい?」
「別にぃ。ただ、君も成長したなぁと感じていただけさ」
うんうん、と頷くシャウナ。ローザの過去を知る彼女にとっては先ほどの恋愛相談について何か思うところがあるようだった。
「『あの子』を除けば八極の中で君が一番年下だからねぇ。今となっては見た目も子どもになってしまったし。さあ、お姉ちゃんに君の悩みをぶちまけるといい!」
「何をバカなことを……」
深くため息をつきながら、ローザはシャウナを置いて歩き始める。
だが、
「恋愛相談でも構わないぞ」
「っ!」
シャウナのその言葉で、ピタッとローザの動きが止まった。ゆっくりと振り返ったその表情は感情の灯らない「無」そのものといった感じだ。
「絶対にお主だけには恋愛相談はせん」
「なぜ?」
「なぜ、じゃと? ……お主、大昔自分がやったことを覚えていないのか?」
「う~む……どれのことだろうなぁ」
言葉では分からない空気を出しているが、そのニヤついている表情からしっかりと見当はついているようだった。
恋愛絡みでは八極の現役時代からイジられまくっているローザは絶対にシャウナだけには相談しないようにしようと固く誓っていたのだった。
「彼は今頃どこにいるのだろうね」
「無駄口を叩いておる暇はないぞ。さっさと帰らねば夕飯に間に合わん」
そう言って、ローザは足早に要塞村へと続く帰路を進んでいった。
メリカ大陸南西部。
山奥にある村の小さな酒場。
「ぶえっくし!」
「おや? 風邪ですかな」
「どうだかねぇ……もしかしたら誰かが噂をしているのかもな」
「もしかして、昔の女とか?」
「ははは、それなら嬉しいんだがね」
そう言って、客の男はネックレスへと手を添える。
その男は八極のひとりで、今は囚人服に身を包む《伝説の勇者》ヴィクトールであった。
この村はよそから追い出された荒くれ者たちが多いので、囚人服を着るヴィクトールに対しても特に警戒した様子は見られない。
と、そこへ、荒々しく店のドアを開けて入ってきた男がいた。
「ここにいたか、茶髪野郎!!」
「げっ!? ステッドの旦那!? こんなとこまで追いかけてきたのかよ!?」
「当然だ! 俺とおまえは切っても切れぬ縁で結ばれた運命共同体だからなぁ!」
「ああ……噂ってそういう」
「おい店主! 変な勘違いすんな!」
「無駄口はそこまでだ!」
ヴィクトールを拘束するため、ステッドが迫る。
「ちっ! 酒くらいゆっくり飲ませてくれよ!」
「あ、おい! 金を置いていけよ!」
「悪いな、店主! ここはつけておいてくれ! 気が向いたら返しにくる!」
「待てこらぁ!」
ヴィクトールとステッドの追いかけっこはまだまだ終わりそうにない。
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