第203話 寒い夜に温かいディナーを
獣人族の村と要塞村の間を結ぶ大橋の建設が本格化し、ジャネットをはじめとするドワーフたちは朝から夕方まで現場入りすることが多くなった。
また、八極のひとりである魔人女王カーミラの住む魔界との交流のヒントを得るため、シャウナ率いる遺跡調査隊も、朝から地下へと潜り、時には遺跡内にテントを設営して泊まることもあった。
そのため、最近では昼間にいる村民の数が大きく減っていたのだった。
この日、トアはパーベルを訪れていた。
その目的は、町長ヘクターに獣人族の村と要塞村の距離を短縮するための橋建設が本格的に始まったことを報告すること。そしてもうひとつ――いよいよオープンする地下迷宮産の品々を売る店の手伝いだ。
「テレンスさん、追加の商品を持ってきましたよ」
「おおっ! ありがとう、村長!」
店主を務めるのは要塞村最年長の銀狼族テレンス。元々は地下迷宮と地下古代遺跡の調査における中心人物であったが、それらを頼もしくなった若者たちに調査を任せ、自らは一線を引いたのだった。
店のスタイルは雑貨屋に近い形で、地下迷宮での戦利品の他に各種族の奥様方が手作りした民芸品を売っている。
すると、店に早速来客が。
「やあ、トア」
「ジャン隊長!」
店を訪れたのはシスター・メリンカたちと共にフェルネンドから移住してきた元聖騎隊のジャンであった。今はここパーベルの港湾警備隊の一員として働いている。
「おまえの村が新しい試みをするっていうんで、休み時間を利用して見に来たんだが……いろんな物が売っているんだな」
「雑貨屋というか、何でも屋って感じですね」
「いや、こういった店は他にないから新鮮で面白いよ。お? これなんかいいじゃないか」
早速店の商品に興味を抱いたジャン。その様子を外で見ていたパーベルの人々が続々と店にやってくる。さらに、港から近い位置にあるということで、ヒノモトをはじめとする他国の船乗りや商人も店を訪れるようになり、商売屋の滑り出しとしては上々の客入りとなったのであった。
◇◇◇
要塞村へ戻ったトアは大地の精霊たちの農場を訪れていた。
「あっ! パパ♪」
そこでは大地の精霊や女王アネスの他に、村の子どもたちが野菜の収穫を手伝っていた。
「今日は何を収穫したんだい?」
「ホウレン草なのだ~」
「ほほう、これはいい出来ですね!」
「本当に――って、フォル!?」
いつの間にか農場に来ていたフォルは、トアが驚いているのをスルーしてホウレン草を手に取っていた。
「こいつを使って早速おいしい夕食を作りましょう」
「それについては賛成だけど――うぅ」
「? どうしました?」
「ああ、いや……今日は一段と冷えるなぁって」
小さな子どもたちはあまり気になっていないようだが、今日はいつにも増して風が冷たい気がしていた。
「それでは何か体が温まるものにしましょうか」
「だね。……そうだ! いいメニューを思いついたよ! これならパーベルの漁師さんから帰り際にもらったアレも有効活用できるし!」
トアは早速思いついたメニューをフォルへと伝えた。
「なるほど。それはいいですね」
「だろ? よし、そうと決まったら行動あるのみ。こいつを作るのに必要不可欠なものを調達しにエルフたちの牧場へ行こう」
「分かりました」
こうして、トアとフォルは行動を開始した。
エルフの牧場には今日も多くの家畜が飼育されている。
卵を産む金剛鶏に、のんびりと牧草を食べる金牛。数人のエルフたちはそんな家畜たちとのんびりとした時間を過ごしながら、作業に勤しんでいた。
「あら? どうかしたんですか、村長」
トアを最初に発見したのは双子エルフの妹ルイスだった。今日はエノドアにあるケーキ屋さんの店員ではなく、そのお店で使う牛乳や卵の仕入れ先であるこの牧場の作業のために朝から来ていたのだ。
「実は――」
そんなルイスに、トアは先ほど浮かんだ夕食の献立を伝える。
「それはいいアイディアですね! 分かりました。すぐに必要な物を集めてきますね」
ルイスはそう言い残すと、牧場で作業をしている他のエルフたちを集め、手分けしていろいろと集めてきてくれた。
「こんなところでどうでしょうか」
「おおっ! これだけあればいい料理ができるよ! ね、フォル」
「間違いなく。ありがとうございます、ルイス様、それにみなさんも」
「ふふ、夕食の時間を楽しみにしていますね」
食材を用意してくれたルイスたちエルフ族たちに礼を告げ、トアとフォルはふたり揃って要塞村の調理場を目指して歩きだした。
◇◇◇
その日の夜。
「お? なんだかおいしそうな匂いがするな」
「うむ……なんだろう?」
最初に気づいたのは調理場前を通りかかった銀狼族の若者ふたり。そのいい匂いに誘われて調理場を覗き込むと、村長トアとフォルが最後の味見をしている最中だった。
「「うまい!!」」
見事に声が重なり、ハイタッチをするふたり。
「村長、それは一体なんですか?」
「凄くいい匂いが漂っていますが」
我慢できなくなったふたりは調理場に入って確認する。
「これはシチューだよ」
「「シチュー?」」
「そう。ホウレン草と鮭のクリームシチューだ」
これがトアの考案した夕食の献立だった。
パーベルで開業準備を手伝った後、馴染みの漁師から「いい鮭がたくさん獲れたから何匹か持って行けよ」と声をかけられ、結局、五匹の大きな鮭を手土産に戻ってきた。そこでちょうどホウレン草を収穫していたリディスたちに出会い、それからエルフの牧場でルイスたちから牛乳を手に入れ、それらをふんだんに使用したシチューを作りあげたのだ。
「もう完成したから、みんなを宴会場に呼び集めてくれ」
「「はいっ!」」
もう待ちきれないといった様子のふたりは、猛ダッシュで村民たちを呼びに調理場をあとにしていった。
それから数分後。
宴会場にはシチューの入った大きな鍋が合計で十個も用意され、村民たちは要塞村特製シチューに舌鼓を打っていた。
「本当においしいわね、このシチュー」
「わふっ! こんなにおいしいシチューは生まれて初めてです!」
エステルとマフレナからも高評価を得ていた。特に、エステルとしては「この野菜を収穫したのは私たちだよ!」とホウレン草を主張するアネスが可愛いという理由もあるようだが。
すると、そこへ、
「わあ、おいしそうな匂いですね」
ジャネットたちドワーフ族が建設作業から戻ってきた。さらに、
「何この匂い!? めちゃくちゃおいしいそうじゃない!」
エノドアのケーキ屋での仕事を終えたクラーラたちエルフ族も戻ってきた。
「今日はあったかいクリームシチューだよ」
「「クリームシチュー!?」」
トアから献立を聞いたふたりは瞳を輝かせて皿を受け取る。
「ああ~……このクリーミーな感じ……たまらない」
「ホウレン草も鮭もいい感じですね~……そしてなにより――」
「「あったまる~♪」」
うっとりとした表情でシチューを味わうクラーラとジャネット。
こうして、トアの考案した要塞村特製シチューは大好評となり、やがてエノドアのケーキ屋でもランチメニューとして振る舞われるようになった。
さらに、このシチューは要塞村の冬の名物として長らく語り継がれることとなるのだが、それはまだもう少し先の話である。
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