第204話 追跡のグルメ(ヒノモト編)

「待てぇい、茶髪野郎ぉぉぉぉ!」

「あばよ、旦那!」


 茶髪野郎こと八極伝説の勇者ヴィクトールを追い続ける執念の男――その名はステッド・ネイラー。

 仕事熱心な彼は、今日もヴィクトールを捕らえ、再び監獄へ送り返すため、世界中を飛び回っていた。




 そんな彼の今回の目的地は――


「ヒノモト王国か……随分と久しぶりだな」


 港で入国手続きを終えたステッドは、長い船旅でなまった体をほぐすように伸びをする。ここヒノモトで囚人服の怪しい男を目撃したという情報をキャッチしたステッドは、すぐさま船に飛び乗ってやってきたのだが、ヒノモトの港に着いた時はすでに日が暮れる時間帯となっていたため、本格的な調査は翌日から始めることにした。


「さて、そうなると……まずは宿か」


 港町というだけあり、そこは大変にぎやかなところであったため、その日の宿もすぐに確保することができた。

 寝る場所を確保したステッドが次に行く場所――それは飯屋だ。

 港にはさまざまな飲食店がひしめいているが、今日行く場所はすでに決めてある。ここへ来る途中の船上で、抜かりなく乗員たちへリサーチをした結果、もっとも人気のあった小料理屋へと向かっていた。


「お、ここか」


《小料理屋さくら》。

 船に乗っていた旅人たちが推していた店。

 ストリア大陸にある有名店のような華やかな看板や若くて可愛らしい店員がいるわけではない。しかし、店内から漂うおいしそうな匂いに、ステッドの足はフラフラと湖面を漂う木の葉のごとく吸い寄せられるのだった。


「いらっしゃいませ」


 迎えてくれたのは五十代前半と思われる品のある女性。この店の女将だ。

 ヒノモトの伝統衣装である割烹着に身を包んだその女将に案内されるまま、ステッドはカウンター席へ。店内はカウンター席とテーブル席があり、お世辞にも広いとは言えなかったが、それが気にならないくらい清潔で綺麗だった。


「お待たせしました」


 席に着き、店内の様子を見ていたステッドの前に早速突き出しが。

 蒸した鶏肉に数種類の野菜を和えた一品。かかっているタレも爽やかな味つけでいい感じにマッチしている。


「こちらお品書きです」

「どうも」


 女将からお品書きをもらうと、早速ステッドはいくつか注文。

 実はヒノモト王国はすでに何度か訪れており、この店以外にもいくつか来店した経験がある。しかし、この店の静かで落ち着いた雰囲気は、これまで入ってきた大衆食堂とは少し勝手が異なり、どこか安心する。


「お待ちどおさまです」


 そうこうしているうちに、料理と酒が出される。

 

「どれどれ」


 ステッドは早速酒を一口。

 このヒノモトの酒は他国の酒と違い、無色透明。原料は米というヒノモト人が好んで食べる食料に水というシンプルなもの。

 だが、シンプルであるがゆえに感じる、透き通るような喉ごしに、ステッドはすっかり魅了されていた。他の国にはない、ヒノモトでしか飲めないというのが非常に勿体ないと感じてしまうくらいだ。

 次に手を付けたのは刺身という料理。

 これもまたヒノモト特有の料理だ。

 ちなみに、ヒノモトでは箸という食器で食事をするそうだが、ここは港町ということで他国からも多くの客が訪れるため、フォークやスプーンも完備している。


「しかし、最初にこの料理を食べた時は驚きましたな」

「お客さんの出身はストリア大陸ですか?」

「いや、メリカ大陸だ。あっちじゃ魚を生で食べるなんてまずあり得なかったからなぁ」


 そう。

 刺身とは魚の切り身をそのまま食べる料理で、ステッドの故郷であるメリカ大陸の国々ではまず見かけない調理方法だった。その切り身には醤油とワサビがよく合う。どちらもやっぱりヒノモトでしか見かけない調味料だが、ステッドのお気に入りであった。


「ぐっ……おかしなものだ。このワサビというのはツーンと鼻を突き刺すような刺激があるのに、なぜか不快に感じない。癖になってくるよ。女将、もう一杯酒をもらうよ」

「はい。すぐにお持ちしますね」


 うまい料理にうまい酒。

 それらを堪能していると、店に新たな来客が。

 来店したのはステッドと同じ年か、少し上くらいの中年男性。店内をキョロキョロと見回しているところを見ると、初めて来たようだ。


「こちらへどうぞ」

「あ、は、はい」


 男は女将に案内されるがまま、ステッドのふたつ隣の席へ。もらったお品書きに目を通しているが、なかなか決まらないようだ。


 見かねたステッドが声をかける。


「こちらは初めてですかな?」

「え? あ、え、ええ。ちょっと出張でこちらまで来たのですが、何分、ヒノモトは初めてでして――そうだ。何かおすすめはありますかな?」

「え? 私のおすすめですか?」

「ええ。ちなみに、今食べているそれはなんですか?」


 来客はステッドの食べている刺身に興味を示したようだ。




 ――そこからはあっという間にふたりは打ち解けた。


「私はステッド。あなたは?」

「オルドネスだ」


 自己紹介を終えて、ヒノモト産のお酒で乾杯。

 時間が経ってくると、ふたりは仕事の愚痴を言い始める。

 ふたりとも仕事の詳細については業種柄伏せていたが、話をしていくうちに同じ業界であることは察したようだった。


「ほう、おひとりで世界を」

「ええ……まあ、あまり成果は得られておりませんが」

「いやいや、それでもその行動力には感服しますよ」

「そういうあなただって、四人の部下を持つ上司じゃないですか。私にはどうもそういったことは不得手というか……尊敬しますよ」

「部下といっても……無愛想で生意気な若造に重度のブラコンによく分からんヤツに熊ですからね。大変ですよ」


 ふたりは互いに仕事の話をしながら、さらに酒を飲む。


「それにしても、ステッドさん……あなたはどうしてそこまで自分の仕事に情熱を燃やせているのですか?」

「え?」

「実は……私は最近、仕事への熱意を失っているんですよ。昔は野心に燃え、絶対に出世してやろうと思っていましたが……職場が不安定になってきたというのもあって、なかなか仕事もうまくいかなくてねぇ」


 哀愁漂うオーラを放つオルドネス。

 それを受けたステッドはコップを置き、静かに語りだす。


「私の仕事は人々の安全な生活を守るために存在しています。それが私の使命だと……生涯をかけてまっとうすべきものであると信じています」


 ステッドの真っ直ぐな言葉は、オルドネスの心に響いた。

 確かに、自分がフェルネンド聖騎隊へ入った頃は今と違っていた。希望に満ちていた。しかし、厳しい現実を目の当たりにすると、周りとの出世競争に躍起となり、いつしか兵士本来の役目さえ見失ってしまった。


「……いやホント、あなたが眩しく輝いて見えますよ」

「何を言っているんですか。あなただってまだこれからいくらでも輝けますよ、オルドネスさん」

「だといいけど……」


 さらに酒は進み、店が閉店するまでふたりは語り明かした。



  ◇◇◇



 同時刻。

 ヒノモト王国王都内。

 百療のイズモが住む、鹿威しつき枯山水の庭園広がる大きな屋敷。そこにある畳が敷かれた広間で、イズモとヴィクトールが向かい合って座っていた。


「……なるほど。それが用件か――ヴィクトール」

「ああ、そうだ」

 

 この日、ヴィクトールはイズモへあることをお願いにきていたのだ。それを聞いたイズモはキセルの煙をくゆらせながら返事を告げた。


「残念だが、その案は乗れんな」

「まあ……だろうな。あんたがナガニシ王家の命を受けずに単独行動するなんて考えられねぇし。帝国とやり合う時も、当時の当主がGOサイン出したから参戦したくらいだしな」

 

 断られはしたものの、ヴィクトールは最初から想定済みだと言わんばかりにお気楽な態度を取っていた。


「――とはいえ、おまえが危惧している内容についてはこちらでも協議する必要がある」

「そう言ってもらえただけマシだよ。んじゃ、返事も聞けたことだから俺はそろそろお暇するよ。悪かったな、邪魔して」

「もう帰るのか? せっかくだ、泊っていけ。ツルヒメ様もおまえのことを気に入っているみたいだし、会っていくついでに先ほどの話を直接伝えればよかろう」

「そうしたいのはやまやまだが……この案件、今はまだ情報収集の段階で確信的な話はできそうにないんだよ。超がつくほど慎重なナガニシ家当主の性格からして、そんな眉唾物の話は信じないだろう?」

「確かに……それで、せめて某だけでも協力を得られないか、と訪ねてきたわけか」

「ビンゴ! まあ、こっちもダメ元だったけどな」

 

 イズモの協力を得られないことに、少なからず落胆はしているようだが、イズモからすると自分よりももっと頼りになるし、何よりヴィクトールからのお願いなら八極の誰よりも真っ先に協力するだろう人物について触れた。


「ローザには言っていないのか?」

「…………」


 ローザの名前を出した途端、ヴィクトールは露骨に視線を逸らした。


「……おまえたち、まさか別れたのか?」

「う~ん……」


 珍しく歯切れの悪いヴィクトール。

 とりあえず、両者の関係性は置いておくとして、ヴィクトールはローザに相談しづらい立場にあるというのは分かった。


「ヴィクトールよ、ワシからもこの件は上に通しておく。だから、くれぐれも無茶はするな」

「ああ、分かったよ。気長にやるさ」


 かつて共に戦場を駆け抜けた八極のふたり――ヴィクトールとイズモ。

 そのふたりが再び手を組む日は、そう遠くはなさそうだ。

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