第205話 クレイブ、大変身!

「――以上が、橋建設の進捗状況になります」


 その日の昼過ぎ。

トアはジャネットから獣人族の村と要塞村をつなぐ橋の建設がどれほど進んでいるのか報告を受けていた。

 鋼の山からの助っ人もあり、作業は順調そのもの。むしろ想定以上のスピードと品質で出来上がっているとのことで、ジャネット曰く、この調子ならば予定時期よりも一ヶ月近く工期が短縮できるらしい。


「そんなにスピードアップするものなの?」

「みんなヤル気に満ちていますし、獣人族の方々からの協力も得られているんです」

「それは心強いな」


 これから何かと交流が深まるだろう獣人族の村と要塞村。

 その両村民が仲良く作業をしているということは、村長であるトアにとっても嬉しい報告となった。

 終始和やかな雰囲気で報告は終わり、ジャネットは作業へと戻っていった。トアは地下古代遺跡の調査についてシャウナからその進み具合を聞こうと地下迷宮第一階層を訪れていたのだが、何やら人だかりができていた。


「あれ? 何かあったの?」

「あ、村長。それが……」


 手近にいた王虎族の青年に話しかけると、表情を暗くして視線をずらす。とにかくこれを見てくれ、という合図と受け取ったトアはその視線を追ってみる。すると、


「ん? 女の子?」


 第一階層に置いてあるソファの上に寝かされている少女。

 年齢はトアと同じくらいだろうか。外見的な特徴をあげるなら、褐色の肌に青いショートカットヘアー。一見すると、その女の子は、


「クレイブ?」


 ――に、見えたが、どう見ても女の子だ。妹のミリアかとも思ったが、雰囲気がまるで違うのでこれもなさそうだ。


「この子はどうしてここに?」

「それが……よく分からないんですよ」

「地下古代遺跡で発見したんですが……」


 第一発見者だという銀狼族の若者ふたりがそう報告をするが、なんとも要領を得ない。


「シャウナさんはなんて言っている?」

「とにかく今は発見された場所周辺を調査すると」

「身なりから、恐らく遺跡のあった時代の人間ではなく、現代に近い年代の人間ではないかと推測していましたが……」

「それ以上詳しい情報は調査終了を待ってからというわけか。……仕方がない。起こしてみよう」


 このままでは埒が明かないので、とにかく少女を起こしてみることに。トアは少女の肩に手を添えて、優しくゆすってみる。


「ん、んん~……」


 少女はすぐに意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。その視界に真っ先に飛び込んできたトアと目が合うと、


「うん? トア? なぜここにいる?」


 開口一番、少女はトアの名を口にした。


「あ、えっと……その……もしかしてだけど」

「なんだ?」

「……クレイブ?」

「? なぜ疑問形なんだ? 俺はクレイブで合っているぞ」

「…………」


 数秒の沈黙の後、地下迷宮を揺るがす大絶叫が轟いた。



  ◇◇◇



 クレイブが女子になった。

 この衝撃的ニュースはあっという間に村中に響き渡り、それどこからエノドア中にも広まっていた。


「…………」

「ケイス先生! うちの娘のモニカが息をしてないんです!」

「ジェ、ジェンソン団長!? 一体何があったっていうのよ!?」


 ついには倒れる者まで現れ、周囲は大パニックとなる。

 だが、当人は至って冷静だった。


「まったく、何をそんなに慌てているんだ? ただ性別が入れ替わっただけじゃないか」

「それをただので済ませられるおまえのメンタルどうなってんだよ。普通はもっとぶったまげるぞ」

「例えば?」

「『わあっ! 確実にネリスよりもおっきいおっぱいがくっついている!』とか?」

「この次は命がないものと思いなさい」

「エドガー殿! それはセクハラというものですよ!」


 なんの前触れもなく女になってしまったクレイブを心配し、要塞村へと駆けつけたエドガーとネリスとタマキは早速いつものやりとりを披露。


「でもよぉ……あれはデカすぎないか?」

「まあ……」

「確かに……ですね」


 三人がそう言うのも無理ない話で、元男であるクレイブはマフレナと並んでも見劣りしないほどナイスバディになっていた。また、本人からの証言により、股のアレもなくなっているらしい。


「重くてかなわんな。肩が凝ってくる」

「「…………」」

「落ち着けよ、ネリス、タマキ。あいつに他意はない。天然だ」

「分かっているわよ」


 眉をひそめながら両手で大きな胸を持ち上げているクレイブを睨みつけるネリス。エドガーはそんなネリスとタマキのフォローに手一杯だった。


一方、要塞村女子組はクレイブたちと少し離れた位置で緊急会議を開いていた。

 ちなみに、橋建設に参加中のジャネットも急遽呼び戻された。


「……ついに恐れていた事態が現実のものとなったわ」


 議長を務めるのはクレイブとも親交が深いエステル。

 

「私は幼い頃からずっと危惧していた。もしもクレイブくんが女の子になってしまったら――今、その『もしも』が現実となって目の前に存在している」

「そ、そんなに?」


 少しオーバーではないかと抗議するクラーラに対し、エステルは肩をすくめながら諭す。


「みんな……考えてみて、クレイブくんのスペックを」



 容姿〇

 家柄〇

 頭脳〇

 戦闘力〇

 トアへの想い∞(測定不能)



 これだけのハイスペックでありながら友だち止まりなのは、すべてクレイブが同性だからである。


「私は時々震えてくるの……もし、クレイブくんが女の子で、今みたく積極的にトアへアプローチをしだしたら……きっと私はすぐに捨てられてしまうのではないか、と」

「か、考えすぎですよ、エステルさん!」

「わふっ! そうですよ!」


 落ち込むエステルを励ますジャネットとマフレナ。しかしそんなふたりの表情も、思わぬ強敵の出現により引きつっていた。


「お主ら……いくらなんでも取り乱しすぎじゃぞ」


 そんなエステルたちに釘を刺したのはローザであった。


「確かに性別が変わったのは珍しいことじゃが……お主らも大概似たような経験があるじゃろう?」

「「!?」」


 これに反応したのはクラーラとマフレナ。

 いずれも、幼児化と人格入れ替わりの経験があるため、クレイブの苦労がよく分かるのだ。


「そう思うと……大変よねぇ」

「わふぅ……」


 一気に同情へと流れが変わるふたり。だが、ローザの真の狙いは別のところにある。


「経験者が多いという点もそうじゃが……何より不思議なのはなぜクレイブが地下の古代遺跡にいたのか、という点じゃ」

「「「「!?」」」」


 女子四人は揃って「そういえば!?」的な表情になる。

 

「クレイブを元に戻すには、まずその謎を解明する必要がありそうじゃな」


 そのためにも、クレイブから直接話を聞かなくては――そう思ったローザがクレイブへと歩み寄ろうとした時、


「ここにいたのか、ローザ」


 珍しく慌てた様子のシャウナがやってくる。


「お主らしくないな、そんなに焦って。一体何があったのじゃ?」

「クレイブが倒れていた地点を探索していたら、とんでもないものを発見してしまってね」

「とんでもないもの?」


 はあはあと息を乱すシャウナを落ち着かせながら、ローザはその大発見とやらの詳細な情報を聞くため、場所を集会場へ移そうと提案。そのついでに、トアとクレイブを呼びだすことにしたのだった。

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