第202話 八極ふたりのティータイム
要塞村。
ローザ私室。
「ほう……カーミラか。また懐かしい名前じゃな」
ローザは地下古代遺跡を調査中のシャウナから、かつて同じ八極としてザンジール帝国と戦った仲間――《魔人女王》カーミラに関する情報を聞き、複雑な表情を浮かべていた。
「君としてはカーミラにこちら側へ来てもらうという点について、あまりいい気はしないだろうが、これも私の知的欲求を満たすためと――」
「ちょっと待て。なんでワシがカーミラに対していい気がしないんじゃ?」
「ほら、彼女はヴィクトールのことを気に入っていたからね」
「…………」
「ははは、そう怖い顔をしないでくれ。私はヴィク×ロー推しだから」
「言っておる意味が分からん」
「おっと失礼。ジャネット嬢から得た知識で、某業界でしか通用しない表現方法だった」
シャウナはもう一度「あはは」と無邪気に笑い、紅茶の入ったカップに口をつけてそれを元の位置に戻すと、スッと表情から笑みが消える。
「お? ようやく本題へ移るか」
カーミラの件の報告は、決して自分をイジるためだけのものではないと見抜いていたローザは手にしていたカップをテーブルに置いて息をつく。
「ローザは覚えているかい? カーミラがこちら側の世界に来た理由を?」
「理由も何も、原因不明のまま突然こちらの世界へ放り込まれ、迷子になったと言っておった――が、実際ヤツはこの世界へ来ることを望んでいたとも言っておったな」
「詳しいことは話さなかったが、何かを探している様子だった」
「うむ。それはワシも感じておった」
カーミラと共に帝国と戦ったふたりは、特に彼女と仲が良く、いろいろなことを話した。その際、こちらの世界に来てしまった理由については不明だが、元々こちらの世界に興味があったことはふたりとも聞いている。
カーミラはザンジール帝国の傍若無人な振る舞いに怒り、ローザたちが止めるのも聞かず数々の戦場に顔を出し、頼んでもいないのに加勢と称して暴れ回った。その結果、当初は七人だったのがカーミラも仲間として認識され、計八人の《八極》として一躍有名となった。
そんなカーミラは、時々ローザたちから離れて単独行動を取ることがあった。最初はどこへ行ったのかと慌てたが、しばらくすると戻ってくるので、きっと来たかったこの世界を見て回りたいのだろうと、それからはあまり気にしないことにしていた。
「彼女が自由行動をしていた時……何かを探していたのかもしれない」
「なぜそう思うんじゃ?」
「ただの勘だよ」
「……お主というヤツは……」
はあ、とため息を漏らすローザ。
だが、確証とまではいかないが、それなりに心当たりはあるようだ。
「脱獄したヴィクトールは何かを探し求めて世界を飛び回っている。そして、テスタロッサも何かを探しながら旅をしているようだと、クラーラの母親であるリーゼが証言している」
「カーミラが探そうとしていた物を代わりに探そうとしている、と?」
「私の予想だけどね」
「なら、ワシらにも声をかけてよさそうなものじゃが」
八極の中で、戦争終結から居場所がハッキリしているのは、神樹の研究のため屍の森で暮らすローザと、故郷である鋼の山へと戻ったガドゲル、そして、ヒノモト王家のナガニシ家に忠義をもって仕えているイズモの三人。
もし、ヴィクトールが同じ八極の力を借りるとするなら、所在がハッキリしているこの三人へ真っ先に声をかけるはずだ。それをしなかったということは、何か特別な理由があるのだろう。
「ワシやガドゲルに声をかけず、ヴィクトールはなぜテスタロッサと行動を共にしておるのだ? テスタロッサでなければいけない理由でもあるのか?」
「いや……さすがにそこまでは分からないけど」
ヴィクトールとテスタロッサの関係性を考えれば考えるほどローザの機嫌はどんどん悪くなっていく。それを悟ったシャウナはすぐに話題を変えた。
「それにしても、こんな近々に八極のメンバーの名を聞くことになるとはね」
「じゃな。鍛冶屋であるガドゲルやナガニシ家に仕えるイズモ、そして考古学者であるお主の名はたまに聞くが、他の四人はまったく聞かなかったからのう」
伝説の勇者ヴィクトール。
死境のテスタロッサ。
赤鼻のアバランチ。
魔人女王カーミラ。
この四人については大戦終結後の行方が不明になっている。
ただ、ヴィクトールはパーベルに現れ、エステル&クラーラと交戦。テスタロッサとも一度顔を合わせている。カーミラはそもそも住んでいる世界が違うため除外。そうなると、一切その所在地が分からない人物がひとりいる。
「そういえば、アバランチ殿はどこにいるのだろうな」
「アバランチか……確かに、フェルネンドが偽物を用意していたくらいで、まったく話を聞かんのぅ」
八極のひとり――赤鼻のアバランチ。
未だに詳細な情報が何も出てこない八極でもっとも慈悲深い巨人族の男。
「彼のことだから無茶はしていないだろう。時には敵を武力で圧倒せず、過ちを諭す牧師のような人だからね」
アバランチの戦闘力は八極でも上位だ。
ローザ、ガドゲル、イズモも十分バケモノじみた強さなのだが、鍛冶師だったり薬師だったり、応用の利く魔法使いである彼らは後衛になることが多かった。一方、やたら暴走して場を荒らすカーミラはイレギュラー的存在。
その四人を除く他のメンツ――ヴィクトール、シャウナ、テスタロッサ、アバランチの四人が主に敵をなぎ倒す役目を担っていた。
「もしかしたら、ヴィクトールと合流しているのかもしれない」
「ヴィクトールと? そんなことは……ないと言い切れないのぅ」
ローザがそう思うのには理由があった。
ヴィクトールとアバランチの間には、他のメンバーとは違った関係性があったからだ。
「ヴィクトールにとってアバランチ殿は戦闘術を教えてもらった師匠でもある。そんな彼がアバランチ殿を頼って接触をした可能性は十分にあると思わないかい?」
「……そうじゃな。あり得なくはないな」
ヴィクトールとアバランチは師弟関係だった。
学校で基礎的な戦闘術を学んでいるヴィクトールだが、アバランチはそれをさらに発展させた、実戦的な修行をさせていた。その修行はヴィクトールに与えられた《勇者》のジョブの持つ能力と相まって、凄まじい効果を見せたのだった。
「ヴィクトールのヘタクソなスカウトでも真っ先に八極入りを表明してくれたからのぅ……あのふたりは馬が合うというか、師弟関係というより仲の良い友人同士のようじゃったが」
「まあ、確かに……しかし、そうなるとますます怪しくなってくるな」
「イズモにも話を聞いた方がいいかもしれん」
「うむ。こうなったら久しぶりに八極勢揃いといきたいところだな」
「ふふっ……やかましくなりそうでかなわんな」
笑い合うローザとシャウナ。
帝国を倒した後の勲章授与式でさえ、ほとんどのメンバーが揃わなかったことを思い出すと、実現はかなり難しいだろう。
それでも、長らく会わなかった仲間たちと再会する機会が増えた今となっては、意外とすんなり全員揃うのではないかと思えるようになってきた。
「いずれにせよ、私はカーミラの情報が少しでも得られるかもしれない地下古代遺跡の研究に戻るよ」
「分かった。他のメンバーの動きについてはワシの方でも調べておく。ガドゲルやイズモにも何か気づいたことがないか、尋ねてみよう」
「ああ、頼むよ」
こうして、八極ふたりによるティータイムは終了。
かつての仲間たちとの再会を夢見つつ、ローザとシャウナはそれぞれの役割を果たすために散っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます