第201話 地下古代遺跡散策【後編】

「すみません、シャウナさん……俺が迂闊な行動を取ったばかりに」

「私ももっと早くに注意をしておくべきだった」

「わふぅ……」

 

 崩れた廊下から落下したトア、シャウナ、マフレナの三人――突然の事態であったが、すぐさま体勢を立て直して着地に成功。それほど高さがなかったため、大事には至らなかった。


「この高さならマフレナの跳躍力で上まで行けそうだな」

「わふっ! 問題ないです!」

「ならばすぐに出るとしようか」

「! 待ってください!」


 脱出を試みていたシャウナとマフレナを、トアが止めた。その手には発光石が埋め込まれたランプがあり、周囲を照らしている。それにより、トアたちが落ちた場所の詳しい状況が分かったのだが――


「こ、これは……」


 シャウナは目を見開いて驚く。

 トアが照らしだした壁には絵が描かれていたのだ。


「壁画みたいですね……」

「うむ。だが……他の場所ではこのようなものは見受けられない。わざわざ壁に描き残すくらいだから、重要な意味合いを持つ絵だと思うが」

「わふ? これって人間じゃないですか?」


 マフレナが指さした絵には人間と思われる生き物が描かれていた。獣人族のように、動物の特徴が反映されていることもなく、エルフ族のように特徴的な耳をしているわけでもない。ただ、人間が異なる点がたったひとつ。


「でも、ここに描かれている人間は……肌が紫色ですよね」

「わふっ。それに大きな角まで生えて……まるで金牛みたいです。私は人間というとトア様やエステルちゃんみたいなイメージしかないですけど、こういう人間もいるんですか?」

「いや……こんな人間はいないよ」

 

 紫色の肌に大きな肌を持つ人間。

 そのような存在は、トアでさえ聞いたことがなかった。

 だが、寿命の長いシャウナなら何か知っているのではないかと視線を送ってみる。


「…………」


 肝心のシャウナは黙ったまま。もっとこう、新しい発見に興奮するのかと思いきや、予想外に静かな反応だった。


「シャウナさん?」

「! あ、ああ、すまない。ちょっと昔読んだ文献を思い出してね」

「文献?」

「ああ……トア村長は魔人族と呼ばれる種族を知っているかい?」

「魔人族? え、ええ、まあ」


 トアは知っていると答えるが、その口調は歯切れの悪いものだった。なぜなら、


「知ってはいますけど……魔人族とかの類は創作の中の話では?」


 魔人族という言葉は知っているし、どういったものかは大体の見当がつく。しかしそれはおとぎ話だったり、創作小説だったり、いわゆる空想の中にしかいないものだと思っていた。


「まあ、そうだね。モンスターのような外見だが、それでいて人間に近い存在でもある」

「わふっ、もし、本当にそんな存在がいたら……うまく言えないですけど、とても大変なことになりますね」

「ははは、確かに、な。――でもね、マフレナ。私たち三人だって、本来ならきっと相容れない存在だったはずだ」

「「あ」」


 トアとマフレナは顔を見合わせる。

 普通の人間であるトアと伝説の獣人族と呼ばれる銀狼族のマフレナ。

 このふたりも、本来ならば出会うことのない存在。互いに名前は知っていても、要塞村という接点がなかったらきっと生涯出会うことはなかったろう。もしかしたら、トアは銀狼族の存在自体を怪しんでいたかもしれない。それは黒蛇族であるシャウナにも言えることだ。


「私たち三人がこうして揃っていること自体が奇跡なんだ。……そう考えると、魔人族のひとりやふたりくらいいるとは思わないかい?」

「シャウナさん……もしかして本物の魔人族に会ったことがあるんですか!?」

「ふふ、昔の話だし、たったひとりだけだが。彼女はいいヤツだったよ。すっかり意気投合して友だちになったくらいだ」

「魔人族と友だち……」


 トアには信じられない話だったが、その魔人族の友人について語るシャウナの瞳は優しげだった。どうやら、相当仲が良かったらしい。


「わふっ、じゃあここに描かれている壁画は……」

「恐らく、なんらかの理由で魔人族と遭遇し、その時の状況を説明するために描いたものじゃないかな」

「なるほど。……でも、なんでまたこんな手の込んだ仕掛けの部屋に?」

「魔人族の存在を禁忌としていた可能性がある――が、これは周囲に残されたこのメモらしき文章を解読しかければ分かりそうにないな」


 ここで、シャウナはひとつ大きく息を吐いた。


「……やはり、このまま黙っておくというわけにもいかないか」

「え?」

「すまない。さっき嘘をついた……正直に話すよ。友だちと言った先ほどの魔人族だが……私たちにとっては戦友とも呼べる存在だった」

「戦友? ……まさか!?」


 トアは気づく。

 シャウナにとっての戦友。

 それは即ち、ローザやヴィクトールと同じ――言ってみれば、


「八極の……最後のひとり……」


 震えた声でトアがそう言うと、それを肯定するようにシャウナは頷く。


「彼女は原因不明のままこの世界へと流されてきたようで、進軍中だった私たち八極が偶然発見し、まだ子どもだったということもあって保護したんだ」

「その時はまだ七人で帝国と戦っていたわけですね?」

「そうだ。あの子を戦いに巻き込むつもりなどなかったが……私たちが戦っている姿を見て手伝おうととでも思ったのだろう。この世界にあるものとはまったく異質の魔力を使いこなしていたな」

「そ、そんなことが……」


 英雄の八極――そのうちのひとりが魔人族だったことに、トアは衝撃を受けた。だが、同時に納得した。聖騎隊の教本にも、八人目は正体不明扱いであり、詳しい情報は一切記載されていなかったのだ。だから、正体が魔人族と聞いて、「それでか」と謎が氷解したのだ。


「その魔人族の女の子の名前はなんていうんですか?」

「彼女は自身をカーミラと名乗った。それと、外見はマフレナくらいの若さだったが、魔人族の住む世界――魔界を統べる女王とも言っていたな」

「魔界の女王!?」


《魔人女王》カーミラ。

 それが、八極最後のひとりの名前。


「彼女は終戦と同時に我々の目の前で忽然と姿を消した。その後、消息不明だったことから魔界とやらに戻ったのだということにしていたが……もし、この都市に住む人々が魔人族と接点を持っていたのなら、この壁画を調べることで何か分かるかもしれない。ふふ、ローザにも教えてやらないとな」


 シャウナは思わぬ新発見にようやく笑みをこぼした。


「魔人女王カーミラ……会ってみたいですね」

「わふっ! シャウナさんのお友だちなら、私たちとも仲良くなれるはずですよ!」

「そうだな。君たちの方が彼女と年齢も近いし、もし、魔界との交流が可能となれば、きっといい関係を築けるだろう」


 思わぬ大発見を果たしたシャウナ。

かつての戦友との再会を目指し、古代遺跡と魔界の関係性について詳しく調査していくことを今後の活動方針に定めたのだった。

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