第200話 地下古代遺跡散策【中編】
広大な地下古代遺跡をより詳しく調査するため、シャウナをはじめとする調査隊は遺跡内部で寝泊まりをするために必要なアイテムを収集していた。そのひとつであり、重要な寝床となるテントを発見すると、それの修復をトアへと依頼する。
「リペア」
《要塞職人》のジョブがもたらす能力のひとつ――リペア。
要塞内にある物ならばなんでも修復できるという大変便利な効果を持つ能力だ。
その有効範囲は地下迷宮で見つかった物でもOKらしく、トアは時折、冒険者たちの依頼を受けて持ち帰ったアイテムを修復していた。
最近では、ここで手に入れたアイテムを商品として売り出そうと計画しており、実はすでにその店舗をパーベルに用意していたりする。
「パーベルのお店に出す商品の方は集まりましたか?」
「ああ。そちらの方もぬかりない。店主を任せるテレンス殿もすでにヤル気十分だ」
要塞村住人で最高齢になる銀狼族のテレンスは、この地下迷宮を冒険した最初の男だが、パーベルでの店舗開店に伴い、完全に一線から身を引くことを決意。今後はその店舗運営に力を入れることになった。
「さて、そろそろ出発しようか――」
「わふ? トア様?」
銀狼族から二名、王虎族から三名の計五名の同行者たちを連れて、地下古代遺跡へ潜ろうとしていたトアたちのもとへ、マフレナがやってきた。その後ろにはフォルもいる。
「マフレナ? 地下迷宮に来るなんて珍しいね」
「わふっ、メリッサちゃんがケーキ屋さんで出す新作スイーツの試作品ができたので、冒険者のみなさんに差し入れとして持ってきました!」
「今回は僕とメリッサ様の合作で――て、どうかしたのですか? まるでこれから殴り込みにでも行くような装備じゃないですか」
マフレナとフォルはトアがいつもの格好ではなく、しっかりとした装備に身を包んでいるトアを不思議そうに眺めている。
「これから地下古代遺跡に潜ろうと思って」
「地下古代遺跡へ? そういえば、以前からシャウナ様の調査に協力をしたいと言っていましたね」
「専門家であるシャウナさんほどじゃないけど、歴史には興味があるからね」
「……あのトア様」
トアとフォルが話をしていると、マフレナがおずおずと手をあげる。
「私も一緒に行っていいですか?」
「え? マフレナも?」
「はい! トア様と一緒に遺跡を見て回りたいです!」
尻尾を凄い勢いで左右に揺れ動かすマフレナ。恐らく、ピクニック感覚なのだろう。
「ならば僕も行きましょう。微力ながら、何かのお役に立てるはずですから」
「それは助かるな」
「フォルさんが加われば百人力ですわ!」
こうして、地下古代遺跡調査チームにマフレナとフォルが加わった。
◇◇◇
地下古代遺跡。
以前は戦いの場だったそこに、調査目的で入ったトア。心境が違うとこうも景色が違って見えるのかと驚きと感動に震えていた。
天井は高く、似たような構造の住居と思われる建造物がいくつか連なっている。その中には少しスケールの大きな建物もあって、恐らく何か公的な役割を果たす特別な場所として扱われていたとシャウナは推測していた。
「凄いですね……」
「構造からして、ここは都市部だったようだ」
「なぜ地下に都市が?」
「それについてはここがいつ頃に造られたものかハッキリさせないといけない。ただ、少なくとも私が生まれるよりも前に造られた可能性が高い」
獣人族の中でも長命な黒蛇族のシャウナでさえ、この遺跡に関しての情報はまったく持ち合わせていなかった。だからこそ、興味を引かれたということも言えるが。
「それにしても本当に広いですね~」
「都市部とのことでしたが、これは相当な大都市ですね」
マフレナとフォルもじっくりと遺跡を眺めるのは初めてなようで、キョロキョロと首を忙しなく動かしている。
「フォルの言う通りだ。しかもこいつにはまだまだ先がある……下手をすると、セリウスやフェルネンドよりも大きな都市だったのかもしれんな」
そう語るシャウナの瞳は子どものように輝いていた。
遺跡の様子を眺めつつ、時にシャウナの解説を挟みながら、トアたちは現在まで調査が進んでいる最深部へと進んでいく。
歩き続けること、三時間。
「現状、調査が完了しているのはここまでだな」
ようやくたどり着いた最深部――だが、そこはまだまだ都市のど真ん中だった。
「一応、調査の済んでいるポイントにはマーキングがしてある。地下迷宮の方に比べると、売り物になりそうなアイテムは少ないのが難点だが」
苦笑いを浮かべながら、シャウナは言う。
確かに、帝国の研究機関である地下迷宮に比べると、あまり物がそこら辺に散らばっている感じはしない。
同行していたフォルと銀狼族と王虎族の若者たちが、修復されたテントを設営している間、トアとマフレナとシャウナは周辺を調査するため歩いてみて回る。三人は他のよりも少しサイズの大きい建物へと入っていった。
「私の見立てだと、ここは現代でいうところの騎士団のような組織がいた建物ではないかと思っている」
「足元に武器の残骸が転がっているのがその名残ってわけですね」
シャウナとトアが室内の様子を見て回っていると、マフレナが一点を見つめて立ち尽くしていることに気づく。
「マフレナ? 何かあったのか?」
「トア様……この先に、なんだか嫌な気配を感じます」
「嫌な気配?」
眉根を寄せて怪訝な表情を浮かべるマフレナにシャウナが近寄る。
「この先かい?」
「はい……具体的に何がどうって説明はできないんですけど……」
「ふむ。ここは一応ひと通りみて回ったつもりだったが……」
「調査に同行した同じ銀狼族の者たちは何か言っていなかったんですか?」
「特に目立った反応はなかったよ」
「わふぅ……ごめんなさい。やっぱり気のせいだったのかも」
「いや、時にはそういった直感が思わぬ収穫をもたらしてくれる時もある。少しこの奥を調査してみるか。我々の目で見て発見できないときは、フォルのサーチ機能で調べてもらおう」
「分かりました」
「わふっ!」
三人はマフレナが異変を感じたという廊下を歩いていく。だが、別段おかしな点は見られなかった。そうこうしているうちに、廊下の突き当りへとたどり着く。
「……何もなかったですね」
「わふぅ……ごめんなさい」
「気にする必要はない。調査とは発見より収穫なしの方が圧倒的に多いわけだしね。こんなことは日常茶飯事さ」
落ち込むマフレナを慰めるシャウナ。
すると、トアが突き当りにある壁にある物を見つけた。
「ん? これは……」
壁の模様の中に、妙な出っ張りを見つける。
トアは何の気なしにその出っ張りを押し込もうとすると、
「! 待つんだ、トア村長!」
シャウナが大声でトアの行動を止める――だが、一歩遅かった。すでにトアは出っ張りを押し込んでしまった後だったのだ。
直後、突如トアたちの足元が崩れ始めた。
「「「なっ!?」」」
いきなり足元がなくなり、三人は地下へと落下していった。
――一方その頃、要塞村では。
「「「トア(さん)たちが地下古代遺跡へ?」」」
村の外へ出ていたエステル、クラーラ、ジャネットはトアとマフレナとフォルがシャウナたちと共に地下古代遺跡へ向かったことをローザから知らされる。
それだけなら特に騒ぎ立てることでもないのだが、やはり泊ってくると伝えられると三人は色めきだった。
「「「マフレナ(さん)と泊まり……?」」」
さすがにそうなると話は別だと三人は肩を寄せて作戦会議を始める。
「で、でも、トアとマフレナなら特に何も起きそうにないかなぁ」
「で、ですよね! それにふたりきりというわけではありませんし!」
「……甘いわ」
楽観視するエステルとジャネットに、クラーラは警鐘を鳴らした。
「ふたりは知らないのよ……マフレナの体は……凄いの……間近で見せつけられたら……例え同じ女性であっても抗うことなんて――」
「クラーラさん!?」
「どうしたの、クラーラ!?」
それからしばらく、クラーラはマフレナのわがままボディが持つ破壊力について語っていたのだった。
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