第199話 地下古代遺跡散策【前編】

 トアたちがオーレムの森から戻ってから数日後。

 ジャネットを中心とする要塞村と獣人族の村をつなぐ橋の建造チームは、早速この日から始動。さらに、オーレムの森と要塞村の間での交流を深めるべく、キシュト川を行き来するための港建設にも着手した。要塞村とオーレムの森はかなり距離があるのだが、船を使って川を渡っていけば、これまでよりも移動時間がかなり短縮できる。


 ただ、さすがに要塞村にいるドワーフたちだけですべての工事をまかなうのは難しいので、ジャネットからの提案である強力な助っ人を呼ぶことにした。


 それは――鋼の山に住むベテランドワーフたちだ。


 というのも、オーレムの森の長であるアルディとジャネットの父であり、八極のひとりであるガドゲルは友人関係であることが発覚。そのため、ジャネットは父ガドゲルに建設の手伝いを依頼したのだ。

 愛娘と友人の依頼とあっては断るはずもなく、ガドゲルはドワーフたちの派遣にふたつ返事でOKを出した。


 心強い協力者を得たことで、要塞村のドワーフたちもテンション大幅アップ。早ければ初夏の頃には橋も港も完成しているだろうと、ジャネットは語った。

そういった次第で、新年早々に要塞村の周辺環境は大きな変化を見せることになったのである。

 一方、要塞村周辺の大幅な環境変化に対しては、エノドア町長レナードとパーベル町長ヘクターに領主チェイス・ファグナスが直々に報告することで知らされた。


 このふたつの町との交流もさらに密なるものとしていこうと、トアは新たな計画を練り始めていた。



  ◇◇◇



 ジャネットたちが建設予定地へ向けて出発したのを見送った後、要塞内へ戻ったトアを呼び止める者がいた。


「トア村長、ちょっといいかな」


 シャウナだった。


「どうかしたんですか?」

「ちょっと君の力を借りたくてね。地下迷宮までご足労願いたい」

「分かりました」


 トアはシャウナからの要望に応えるため、共に地下迷宮へと向かった。




 地下迷宮第一階層では、今日も調査のために集まった冒険者たちでにぎわっていた。


「トア村長? 今日はどうなさいましたの?」


 第一階層の看板娘である幽霊少女アイリーンが、トアのもとへとやってくる。


「シャウナさんに呼ばれてね」

「そういうことさ、アイリーン。この前見つかったアレについて、トア村長の力を借りたくてね」

「え? まさか……この前の話、実行する気ですの?」


 アイリーンの表情が途端に引きつる。どうやら、シャウナは何か怪しげなことを企んでいるようだ。


「えっと……シャウナさん?」

「大丈夫だ、トア村長。何も危ない橋を渡ろうって腹積もりじゃない。君の持つリペアの力を借りたいんだ」

「リペアの? 何を直すんですか?」

「こいつさ」


 シャウナがそう言って第一階層にある一室を改良して作った自分の部屋から持ってきた物は――ボロボロの布切れだった。


「これ……なんですか?」

「先日、地下迷宮から回収された代物だ。恐らくテントだろう」

「テント?」


 言われてみれば、そう見えなくはない。

 ただ、気になる点といえば、


「テントなんか何に使うんですか?」

「逆に聞くが、テントを使ってするものといえばなんだい?」

「へ? う、う~ん……キャンプですか?」

「その通りだ。我らはこれよりキャンプに向かう」

「???」


 トアにはシャウナの言っている意味が理解できなかった。

 厳密にいえば、キャンプという単語の意味は理解できる――が、なぜ急にキャンプの話題となったのかが分からなかった。


「キャンプといっても、当然ただ遊びに行くってわけじゃないさ。とりあえずまずはこいつを見てもらいたい」


 シャウナはテントに続いて部屋のテーブルに大きな紙を広げた。どうやら地図のようだ。


「これって……」

「かつてレラ・ハミルトンが潜伏していたあの地下古代遺跡の地図だ。いろいろと調査してここまで完成させた」


 シャウナの言葉を受け、改めて紙へと視線を移すと、確かに見覚えのある地形が描かれていた。


以前、トアは魔法文字が消えかけたフォルを救うため、その地下遺跡でレラ・ハミルトンの亡霊と戦った。レラは秘密裏に地下古代遺跡で作っていたフォルの強化型を送り込んできたのだが、要塞村の仲間たちと共に全滅させ、レラ自身も、トアの持つ神樹の魔力で打ち破ることができた。


 それ以降、この地下迷宮と地下古代遺跡のふたつは、シャウナを中心にして多くの若者たちの協力のもと、今日まで調査が進められてきた。


 この地図はその成果ともいうべきものだった。


「凄いですね、シャウナさん!」

「……いや」


 地図を前に興奮気味のトアだったが、シャウナはなぜだか不満顔だった。その理由を、後ろからふたりのやりとりを見ていたアイリーンが教えてくれる。


「トア村長、シャウナさん曰く……その地図はまだ未完成らしいですの」

「えっ!? 未完成!?」

 

 かなり広範囲にわたって詳細な情報が記されている地下古代遺跡の地図だったが、どうやらまだ不完全なもののようだ。


「私はこの古代遺跡の謎を完全解明するために、さらに遺跡の奥地へ向かおうと思っている」

「あ、もしかして……テントはそのために必要ってことですか?」

「そういうことだ。遺跡内部で寝泊まりをしながら、さらに奥まで探ってみようと思っていてね」


 大戦終結後、考古学者としても活動していたシャウナとしては、この謎に満ちた古代遺跡は相当魅力的に映ったようで、以前からずっとその計画を温めていたらしい。アイリーンがいい顔をしなかったのは、遺跡内で寝泊まりすることにより、シャウナがこの第一階層にある自室に戻ってこないことを寂しがってのことだった。


「そういうことでしたら、協力をさせてもらいたい。――ただ、条件をつけさせてもらってもいいですか?」

「条件? 聞こうか」

「いつでも調査に向かったシャウナさんや他の冒険者たちの安否が分かるよう、ローザさんの使い魔を連れていくこと。そして、その日の状況を、その使い魔を通してアイリーンに報告すること。以上です」


 いくら全獣人族最強クラスの実力があるシャウナでも、万が一という事態が起きないとも限らない。これはそうしたトラブルに対処するためにも必要不可欠なものであるとトアは判断していた。


「トア村長! その大役、見事に努めて見せますわ!」


シャウナとの報告役に抜擢されたアイリーンは瞳を輝かせている。一方、シャウナはというと、


「そうだな。それがいいだろう」

「あと、もうひとつ追加いいですか?」

「なんだい?」

「シャウナさんはこの後もう潜られるんですよね?」

「ああ。すぐにでも行くつもりだが」

「だったら……俺も連れて行ってください」


 シャウナの探求心が移ったのか、トアも地下遺跡への調査についていくと言いだした。

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