第117話 エルフの参観日【後編】
※次回投稿は金曜日の朝を予定しています!
ルイスによる告白計画。
エルフ印のケーキ屋さんを舞台に、それは着々と練られていた――はずだったのだが、作戦会議は冒頭から暗礁に乗り上げていた。
その最大の要因は告白の相手であるジェンソンにある。
相手のジェンソンは妻と死別した中年男性。
恋愛絡みが同世代の者ばかりである周囲の面々にとって、攻略の糸口がまったく見えてこない難敵だった。
いきなり行き詰ってしまった会議に光を差し込むべく、トアはその道のプロに教えを乞うことにした。
「――で、俺が呼ばれたわけか」
講師として招かれたのはエドガーだった。
「というわけで、ジェンソン団長へ告白する際、『こういうところに気をつけよう』的な注意点をエドガーに指摘してもらいたいんだ」
「何がどういうわけかさっぱりなんだが……おまえいつからそんな超特殊性癖になったんだ?」
エドガーはトアがジェンソン団長に告白をすると勘違いしているようだった。トアはすぐさまそれを否定し、正しい情報へと修正するのだが、周りのエルフ女子たちからは「え? もしかして本当に?」という謎の期待感を抱かれていた。
話を戻して、トアはルイスとジェンソンの間を取り持つことが可能かどうかエドガーへと尋ねた。
「…………」
腕を組み、無言のまま熟考するエドガー。聖騎隊や今の自警団でやっている打ち合わせの時よりもずっと真剣な表情だ。
やがて、結論を出したエドガーは重々しく口を開いた。
「こればっかりは……ジェンソン団長の気持ち次第だろうな」
「気持ち……というと?」
「団長は奥さんと死別して一年ちょっとだろ? まだ心の中に奥さんへの想いが強く残っている可能性もある」
「!?」
その言葉にもっとも反応したのはモニカだった。
実は、エドガーとまったく同じことを思っていたのだ。
生前の父と母はとても仲が良かった。父の私室には以前住んでいたディマース王国の絵描きに依頼して作ってもらった夫婦の絵画が飾ってある。
「モニカの反応を見る限り、俺の見立てはあながち見当外れってわけじゃなさそうだな」
「! そ、それは……」
モニカは言葉に詰まった。
ジェンソンの心にまだ母への気持ちが残っているなら、そこにルイスが入り込む余地は――そう思うと、それ以上何も言えなかった。
「……そっか」
一方、ルイスはどこか晴れやかな表情をしていた。
「ルイス……」
心配そうに見つめていたクラーラだが、その表情を見ると落胆したように見えなかったのでホッとする。
「やっぱり……まだ早かったかな。ま、仕方ないよね。お母さんには本当のこと言って謝らないと」
諦めがついた感じに呟くルイス。
だが、内心ではまだジェンソンへの想いを断ち切れていない様子――そんなルイスへ真っ先に声をかけたのがモニカであった。
「ねぇルイス、これから暇?」
「え? も、モニカ? どういう――」
「私の家に来て! あ、その前に買い物をしなくちゃ!」
ルイスの背中を押しながら、モニカは慌ただしく店を出ていった。
「……なんか、よく分からないうちに解決した――のか?」
「ルイス様の反応からしてダメ元だったようですね」
「たぶん……ジェンソン団長と交流をしていくうちに、ルイスは薄々勘づいていたんだと思います」
トアとフォルの背後からそう言葉を放ったのはセドリックだった。
「僕もこの店で何度かルイスがジェンソン団長と親しげに話している姿を見ていましたが……あの子がまさか恋愛感情を抱いていたとは……」
「セドリックでも気づかないなら、俺じゃ絶対に分からなかっただろうな」
「? なぜです?」
「ほら、セドリックは俺よりも恋愛関係の経験値が多いわけだし、相手のメリッサはルイスのお姉さんだし」
「恋愛の経験値ですか……その理論だと、トア村長がその気になったら僕なんてあっという間に抜かれてしまいますよ」
「? それって――」
「はいはい! この話題は終わり! とりあえずルイスのことはモニカに任せて、私たちは収穫祭の準備とオーレムの森からの来客に備えるわよ! セドリックは気絶しているメリッサの介抱をお願い!」
「ははは、分かりましたよ」
クラーラのカットインが入って会話は強制中断。
その様子を眺めていたエドガーは爆笑しながらトアの肩をバシバシと叩く。
「いいねぇ、まさに青春って感じがするぜ! あやかりたいもんだ」
「エドガー……ごめん、仕事中にお願いをしちゃって」
「気にするなよ。おまえの頼みとあっちゃ断るわけにはいかねぇしな」
笑顔で会話をするふたり。その光景を眺めていたクラーラは大きくため息をつくとフォルに話しかける。
「私ね……最近思うのよ」
「何ですか?」
「クレイブがそれっぽい気配を漂わせていたのはなんとなく感じていたけど……実はエドガーもそうなんじゃないかって」
「! ま、まさか……エドガー様は三度の飯より女性を口説くな好きなお方ですよ?」
「それは世を忍ぶ仮の姿……本当は――」
「クラーラ様、気を確かに!」
騒動が終わったと思ったらまた騒動が起きる。
今日もエノドアは騒がしく、そして平和だった。
◇◇◇
「ただいま~」
夕刻。
仕事を終えたジェンソンが帰宅する。
「うん? なんだかうまそうな匂いがするなぁ」
家事全般を担当しているのは娘のモニカ――ということは、この食欲をそそる料理を手掛けたのは愛娘である。
「モニカのヤツめ……また料理の腕を上げたな」
娘の成長を喜びつつ、キッチンへ向かうと、そこには、
「おや? ルイスちゃん、来ていたのか」
「あ、こ、こんばんは! お邪魔しています!」
緊張しているのか、声を震わせるルイス。その前にはテーブルに並べられたおいしそうな料理の数々が。
「おお! もしかしてふたりで作ったのかい?」
「そうなの。ルイスってば料理が上手なんだから!」
「えっ!? そ、そんなことは……」
「ははは、今から食べるのが楽しみだな」
「そう思うのなら早く着替えてきてよね」
「分かったよ」
娘モニカにせっつかれて、ジェンソンは自室へと入っていった。それを見届けると、モニカとルイスは笑顔でハイタッチ。
「第一段階は成功ね!」
「で、でも、もし料理がおいしくなかったら……」
「大丈夫よ。私も味見したけどおいしかったし」
モニカはルイスを勇気づけると、最後の盛り付けをふたりで一緒に行う。
「お店でも言っていたけど、すぐに結果を求めなくてもいいんじゃない?」
「モニカ……」
「ルイスがお母さんになるとか全然想像できないけど……でも、好きな人絡みで苦しい想いをするのは私も経験しているし、それになんていうか、同じ悩みを持っている人は応援したくなるじゃない?」
「……ありがとう」
素直に心から出た感謝の言葉。
ふたりは笑い合って、ジェンソンの着替え終わりを待つのだった。
◇◇◇
要塞村近く――大地の精霊たちが管理する農場。
「収穫祭を前にまさかこんなことになるとは予想外だったのだ~」
大地の精霊たちのまとめ役であるリディスは困惑していた。そして――
「トア村長……この村で暮らせて、本当に楽しかったのだ~」
そう言い残して、静かに目を閉じた。
第二回を迎える要塞村収穫祭に、大きな波乱が巻き起ころうとしていた。
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