第118話 消えた精霊たち

※3連休は毎日投稿予定です!!



 エルフの参観日は大好評だった。

 ルイスの彼氏騒動があったものの、それ以外は概ね順調に進み、初めて要塞村を訪れた大人のエルフたちは子どもたちがきちんとした生活を送れていることを知れて満足した様子であった。


 また、ちょうど一週間後が収穫祭になるため、それまで滞在してみてはどうかとトアが提案し、大人エルフの代表であるクラーラの父アルディがこれを了承したため、当初の予定よりも長めの滞在に変更されたのだった。


「いやいや、この村の活気には本当に驚かされる」


 要塞村内にある来客用の部屋で、トアとクラーラはアルディと共に談笑をしていた。


「我がオーレムの森もこれくらいのにぎやかさがほしいところだ!」

「……パパに村の長が務まるのか心配なんだけど」


 クラーラはため息をつきながらそう漏らす。

 実は、オーレムの森の長老が高齢を理由に村のトップを退くことが決まったらしく、今回の参観は次の村の代表であるアルディの挨拶も兼ねていたのだ。


「でも、顔見知りのアルディさんが村長をするのなら俺としても嬉しいですよ」

「私としても将来的には身内になる可能性が極めて高いトア村長が――」

「……パパ?」

「――と、いうのはまあ半分ジョークで、ともかく君のいる要塞村とは今後より活発なやりとりをしたいと考えているんだ」

「オーレムの森と? それはとても楽しみです」


 これまで、オーレムの森とは距離があったため頻繁なやりとりはなかった。

 それと、オーレムの森の中には他種族に対して警戒心を抱いている者も少なくない。

 原因は旧帝国にあった。

 旧帝国ではエルフ狩りともいえる行為が頻繁に行われており、中には奴隷のような扱いを受けていたエルフもいるのだという。そのため、外部との交流には慎重にするべきだと忠告をする者もいたようで、今回の参観についても大っぴらに声をあげることはなかったが不安だという意見も聞かれたらしい。


 だが、それも今回の参観日をきっかけに改善するだろうとアルディは読んでいた。


「若者たちが外の世界を経験し、たくましく成長している姿を見られたことで、未だに他種族との交流に難色を示している堅物たちの態度も軟化していくはずだ」


 アルディは新しい世代の代表として、積極的に外の世界と関わりを持っていきたいという考え方のようだ。

 当然、トアはその考えに賛同する。


「俺たちにできることがあるなら協力は惜しみません」

「ありがとう」


 オーレムの森との関係をさらに深めていくことを誓うトアとアルディ。

 と、そこへ突如ふたりの若者が飛び込んできた。


「「村長! 大変です!」」


 部屋にやってきたのは銀狼族の若者たちだった。彼らは額に大きな汗をかき、来客中だと知りながらもトアを呼ぶ――即ち、緊急事態が発生したことを意味していた。


「アルディさん」

「分かっている。――私のことはいいからクラーラと一緒に行ってきてくれ」

「ありがとうございます。行こう、クラーラ!」

「ええっ!」


 アルディからの了承を得たトアは、クラーラを連れて銀狼族たちについていった。



  ◇◇◇



 やってきたのは要塞村から少し離れた場所にある大きな畑。

 

「ここって……大地の精霊たちが運営する農場じゃないか」


「もしかして、また服を脱がす植物を育てちゃったとか?」

「!?」


 クラーラは咄嗟に両手で胸を覆う。トアも微妙な顔つきで農場を眺めていた。大地の精霊が生み出した植物によってトラウマを植え付けられたふたりには、あのような悲劇を繰り返してはならないという強い使命感のようなものが胸中にあった。


 しかし、それらしい現象を視認することはできない。

 現場にはすでにローザやエステル、シャウナにジンにジャネット、そして守護竜シロを抱きかかえたマフレナと、主要なメンバーが揃ってこそいるが、この場にもっともいなくてはならない存在がどこにも見当たらなかった。


「あれ? リディスたちは?」


 肝心の大地の精霊がどこにも見当たらないのだ。


「どうやらこの畑で何やら異変が起きたようじゃ」


 険しい表情でローザが告げる。

 大地の精霊たちが姿を消したという一大事だが、農場で争ったような形跡は見られない。その謎を解明するため、エステルやジャネットは手掛かりになりそうなものを探そうと先ほどから地面とにらめっこを続けていた。


「まさか……どこかへ移り住んでいったなんてことは」

「あり得ないじゃろうな。あやつらはここでの生活に大変満足しておった。子どもたちと一緒に農園で野菜を育てることを何よりの楽しみにしておったくらいじゃし」


 トアも同感だった。

 リディスたちが勝手にどこかへ移り住むなど考えられない。だからといってどこかでのんびり日向ぼっこをしているという可能性も低そうだ。

 というのも、精霊たちが使っている小さな家の窓から中を覗き込んでみると、食事の最中だったようで料理がそのままの形で残っていたのだ。恐らく、何か緊急の出来事が起き、食器などを片付ける間もなくそれに巻き込まれたのだろうとトアは推測した。

 ただ、周辺に争い合った形跡はないため、モンスターの類ではないと思われる。そうなると身内の犯行だろうか。

 しかし、それでは動機がまったく浮かんでこない。

 この要塞村に精霊たちを恨んでいそうな者は皆無だった。仮に、何の前触れもなくモンスターに襲われたとなれば状況にも納得がいくのだが、そもそも精霊族自体がかなり強いので意表を突かれたとしてもその状況をあっという間に塗り替えそうだ。


「そうなると、犯人は分からなくなってくるな……」


 トアをはじめ、その場に居合わせた面々は揃って頭をひねる。

 リディスたちは一体どこへ消えたのか。

 その時、シロを抱いていたマフレナが叫ぶ。


「トア様! あそこ!」


 マフレナが大声で指さした先には――巨大は蔓が幾重にも絡み合って生み出された「お城」があった。


「な、なんだ、アレは……」

「先ほどまでまったく気づかなかったのぅ……シャウナ、お主はどうじゃ?」

「私も気配を察知することができなかったよ」

 

 ローザとシャウナすら騙す存在感。

 だが、その植物城がある方向から異様な存在がこちらへと向かってきていた。


「ウゴゴゴゴ……」


 地鳴りのように低い声をあげながら何かが近づいてくる。


「い、一体なんだ?」


 緊張感に包まれるトア。

そんなトアの前に姿を見せたのは、全身を植物に覆われた人型のモンスターであった。それも一匹ではない。その数は徐々に増えていった。


「あやつらはゴーレムに近い存在のようじゃのう。差し詰め、プラント・ゴーレムといったところか」

「プラント・ゴーレム……どう見ても、お友だちになりましょうって雰囲気じゃないわね」


 クラーラが剣を抜く。


「……そう捉えて問題はなかろう」


 ローザがそう言い終えると、居合わせた面々はそれぞれに武器を構えるなど臨戦態勢へと移る。それを感じ取ったプラント・ゴーレムたちは雄叫びをあげながら突っ込んできた。


 リディスたちが行方不明になった途端に現れた謎のモンスターたち――どうやら無関係というわけではなさそうだ。

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