第116話 エルフの参観日【中編】

※次回投稿は明後日の水曜日21:00~となります!




 ルイスの想い人がいるというエノドアにやってきたのはトア、クラーラ、フォルの三人。

 とりあえず、ルイスからより詳しい事情を聞くため、エルフ印のケーキ屋さんへ場所を移すことにした。

 そこで働いている若いエルフたちと、たまたまその場に居合わせた恋バナ好きのモニカも新たに加わる。中でも、モニカはルイスと仲が良く、ふたりだけで遊ぶこともあるくらい親密だ。


「あの人と初めて会ったのも……ここだったの」


 うっとりとした表情でティーカップのふちを指でなぞるルイス。その表情は完全に恋する乙女のそれだった。


「知らなかったわ……ルイスにそんな人がいたなんて」

「俺も驚きだ。けど、これはいいきっかけになるんじゃないか? メリッサもずっと気にかけていただろ?」

「そうね……でもちょっと寂しいな」

「ははは、いつも一緒にいたからね。……でも、あの子にもしいい人がいて、俺たちと同じくらいの関係になれたら素晴らしいことだと思わないか? あの子は……将来的に俺の妹にもなるわけだし」

「セドリック……」

「ちょっとそこぉ!! ナチュラルな流れでいちゃつかないでくれる!!」


 セドリックとメリッサが自分たちだけの世界を形成し始めたことがクラーラの逆鱗に触れ、厳重注意を受けた。


「…………」

「マスター? 体調が優れませんか?」

「あ、いや、そういうわけじゃないよ」


 トアとしてはなんとも複雑な心境だった。

 ルイスの想い人はエノドア自警団の団員だという。それを聞いたトアが真っ先に思い浮かべたのはクレイブとエドガーであった。

 特にクレイブについてはこの場に居合わせているモニカの想い人だ。そうなると非常に複雑な恋愛模様になってしまう。

 もちろん、このふたりのどちらかで確定したわけではない。自警団には他にもメンバーがいるので、そのうちの誰かである可能性も十分にある。


「んで、あなたの想い人って一体誰なのよ」


 腕を組み、少しイライラした感じでクラーラはルイスへと尋ねた。


「そ、それは……」


 言いにくそうに口ごもるルイス。その仕草から、トアはルイスが自分に気をつかっているのではないかと勘繰るが、横に立つフォルがボソッと呟くように言う。

 

「もしや……既婚者の方ですか?」


その瞬間、ルイスの表情が一変する。


「!? ど、どうしてそれを!?」

「「「えっ!?」」」

「あ」


その反応を見た周囲は騒然となる。発端となったフォルは冗談半分で、「そんなわけないでしょ!」というクラーラのツッコミを待っていたのだが、実は図星をついていたようだ。


「そ、それって不倫……?」

「不倫!? ルイスが不倫……ああ」

「め、メリッサ!?」


 衝撃的な妹の恋愛事情に耐えられなくなったメリッサは気絶。それが騒がしさにさらなる拍車をかけることとなった。


「る、ルイス、既婚者はさすがにまずいよ……」

「ち、違うんです! あ、えっと、合っているけど違うんです!」


 未だパニック状態が続く店内に、ルイスの叫び声が轟いた。


「ど、どういうことなの?」

「そ、それは……」


 どうしてもハッキリとは言えないルイス。だが、今のヒントで少なくともクレイブとエドガーは対象外であることがほぼ確定した。

 となると、ルイスが恋焦がれる「既婚者だけど既婚者じゃない」という微妙な立ち位置にいる人物とは誰なのだろう。


「――うん?」


 ルイスを囲むように立つクラーラたちエルフ族。その中にひとりだけいる人間の少女をトアの瞳は捉えた。


「ま、まさか!?」


 トアは思わず大きな声を出してしまう。

 今、トアの視線の先にいる少女――モニカの存在がある閃きをもたらした。


「何かに気づかれましたか、マスター」

「あ、ああ……たぶん、ルイスの想い人はあの人だ」

「え? トアは誰だか分かったの!?」

「ほ、本当ですか、トア村長!?」


 トアの反応に対し、クラーラと気絶したメリッサを看病するセドリックが食いついた。それに今度は店中のエルフたちが反応して視線が一気にトアへと集まる。

 しかし、ルイスが口を開かない以上、トアから全員へ伝えるのはどうかと直前になって戸惑いが生まれた。その結果、無意識にチラチラとモニカの方を見てしまい、それがクラーラたちにバレてルイスの想い人がモニカに関係する人物ではないかという憶測が生まれた。さらにそこに先ほどの「既婚者だけど既婚者じゃない」というルイスの声が合わさり、多くのエルフたちがトアと同じ答えに行き着いた。


「え? な、何? なんでみんな私を見るの!?」


 それに気づいたモニカが「もしかして私!?」と自分を指さして動揺をしているが、本命は本人ではなく親族にあった。


「ルイス……まさか君の想い人とは――ジェンソン団長なのか?」


 とうとうセドリックが核心に迫る一言をルイスへと投げかける。それに対し、顔を真っ赤にしながら、ルイスは静かに頷いた。

 その途端、周囲からは「ええええっ!?」という驚きの声があがった。


「ま、まさかジェンソン団長とは……」

「意外な人物でしたね。てっきりクレイブ様かエドガー様だとばかり思っていましたが」

「俺もだよ」

「よもやルイス様のストライクゾーンが冴えない中年のおっさんだったとは」

「そ、そんなことないだろ」


 一応、ルイスはエルフ族なので年齢としてはジェンソン団長よりもずっと年上だ。しかし見た目はどう見ても十代の少女にしか見えないので、四十代のおっさんであるジェンソンと並ぶと親子にしか見えない。

 衝撃の事実を突きつけられて周りのエルフたちは慌てていたが、中でも一番驚いていたのはモニカであった。


「る、ルイスの好きな人がお父さんだった……?」


 呆然とその場に立ち尽くすモニカ。


「モニカ……ショックを受けているようだね」

「友人の好きな人が自分の父親だった――年頃の少女としては複雑な心境でしょう」


 それにはトアも同意できる。

 だが、こうなると当初の「恋人を作って手紙にあったことを真実にしよう」という計画が頓挫してしまう。


「だからといって……ジェンソン団長に想いを伝えようとすると……」

「下手をしたらモニカ様とルイス様が親子になりますね」


 モニカが渋っていた理由はここだった。仮に、結婚までいかなかったとしても、ふたりの関係に大きな変化が訪れるのは間違いない。


 ――しかし、


「ねぇ、ルイス」

「モニカ……」


 意を決したモニカがルイスに声をかける。


「本当に……お父さんのことが好きなの?」

「う、うん……」


 ルイスは少しずつ、惚れた理由を語り始めた。

 曰く、自警団のリーダーとしていつも一生懸命に働く誠実で優しい性格にハートを撃ち抜かれたのだという。


「まあ、優しいってとこは合っているわね」


 モニカもそこは認めるらしい。


「それで、結局告白はするの?」


 クラーラの言葉を受けたルイスは――力強く、ゆっくりと首を縦に振った。

 ここに、一大告白作戦の幕が上がる。

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