第113話 要塞村守護竜、誕生
※リアルジョブが落ち着いてきたので投稿ペースをあげられそうです。
というわけで、次回は明日公開予定!
要塞村ではマフレナが世話のするドラゴンの卵に話題が集中していた。
新しい命の誕生を心待ちにしている村民たち――そしてとうとう、ドラゴンが孵化する時がやってきた。
ピシピシ、と少しずつだが殻が破れ始めたのだ。
「いよいよか……」
緊張した面持ちのトアだが、フォルの話では完全に殻から出てくるまで少し時間がかかるのだという。そのため、孵化を待つ間、要塞村では宴会の準備を行うことにした。新しい村民誕生を祝う生誕祭ともいうべき宴だ。
だが、シャウナの話ではヒビが入っても実際に生まれ出てくるのにはまだ時間がかかるのだという。
ついに要塞村生まれのドラゴンが誕生するということで盛り上がりを見せるが、母親役に任命されているマフレナに元気がないというのが気がかりな点であった。
「トア……マフレナ、今日もあまりご飯食べなかったみたいよ?」
「そうか……」
クラーラからの報告を受けたトアは複雑な心境になる。
同じくマフレナの異変を察知したクラーラ。さらにエステルとジャネット、フォルにローザに父親であるジンが集まって対策会議を開いていた。
ドラゴンが生まれてくるのは大変喜ばしことだが、それに伴う形でマフレナがいつもの快活さを失っていく――早々に解決策を見出さなければならない案件だ。
「これはいわゆるマタニティブルーというヤツではないでしょうか」
どうしたものかと悩むトアたちへ、フォルがそう口走る。
最初にツッコミを入れたのはクラーラだった。
「何よ、そのマタ――なんとかって」
「僕の中にある情報によると、漠然とした不安によって食欲が減退したり、意味もなく涙が出てきたり、ともかく不安定な状態が続くことがあると聞きます」
「子どもを産むというのは心身へ想像を絶する負担を強いる。妻も、マフレナを産む時はだいぶ苦労したよ」
「マフレナの場合は出産するというわけじゃないけど、母親になるということは変わりないから、その責任がのしかかっているのかもしれないわね」
「ですが、ドラゴンの子育てはひとりではなく村のみんなでやっていくと集会で話し合われたのに……」
「あの子は天真爛漫で無邪気に見えるが、あれでいて責任感が強いからのぅ……全部自分で背負い込んでしまっておるのじゃろう」
「……俺、ちょっとマフレナを探してきます」
そう言って、トアは会議室から飛び出していった。
「……止めなくてよろしいのですか?」
フォルの問いかけに、参加した全員が首を横へと振った。
「今のマフレナを立ち直らせることができるのはトア村長しかいないだろう。……父であるこの俺よりもきっとうまくやってくれる。本来、こういったことは母がフォローに入るべきなのだろうがな」
マフレナの母は銀狼族を絶滅寸前にまで追いやった火山噴火の際に亡くなっている。マフレナに元気がない理由には、亡き母の影がチラついているということもあるのだろう。
「はあ……仕方がないわね」
大きくため息をついてから、クラーラは席から立ち上がった。
「今日だけは、トアを独占しても許しあげるわ」
「……そうですね」
「異論ないわ」
クラーラの言葉に、ジャネットとエステルも賛成の意思を示した。
◇◇◇
トアはマフレナを探して走り回った。
以前、トアが地下迷宮で見つかった怪しい薬(?)の影響を受け、マフレナを口説きにいったことで様子がおかしくなった時は要塞村の外にいた。
だが、今回は何となく要塞村の中にいる気がしたので外へは出ずに探していると、ついにその足取りを捉えて発見に至る。
「今回はここだったか」
無血要塞ディーフォルを形成する無数の尖塔のうちのひとつ――そのてっぺんに、マフレナはいたのだ。
「ドラゴンの赤ちゃんが生まれることが不安?」
「トア様……」
マフレナは静かに頷いた。
「私……お母さんみたいになれるか不安です……」
「大丈夫だよ、マフレナ」
トアはマフレナの頭へそっと手を添える。それだけで、マフレナは不思議と心が落ち着いてくるのだ。
「わふふ……しっかりしなくちゃいけないのに、こうされるととっても嬉しいです」
「いつもしっかりしてなくちゃいけないなんてことはないよ。要塞村には俺たちもいるわけだし、もっと頼ってくれよ」
「えへへ……私、またトア様に助けられちゃいました」
「マフレナが困っているならいつだってすぐに助けにいくよ」
「わふっ!」
マフレナは目を細めてそう小さく吠えた。
結果として、マフレナはなんとか赤ちゃん誕生の瞬間に立ち会えるまでに元通りの調子を取り戻すことができた。
ドラゴンの卵は要塞村図書館から集会場へと移され、産まれくる瞬間を村民全員が固唾を呑んで見守っていた。
「まさに一大ビッグイベントになりましたね」
「まったくだ」
フォルに言われて、トアは肩をすくめながら答える。その卵の真正面には緊張した面持ちのマフレナが立っている。だが、決して強張った感じではなく、むしろ楽しみな感情がにじみ出ているようにトアの目には映った。
そして――パキン、という音と共に、ひと際大きなヒビが入り、殻が地面に落ちていく。しばらくすると、ふたつの手が外へと伸びて、とうとう殻をすべて破りさった。
「! う、産まれた!」
わあ、と歓声が響き渡る。
卵から出てきたのは白い鱗に赤い瞳をしたドラゴン。体長は四十センチほどで、ちょっと大きなぬいぐるみのといった感じ。母竜のようないかつさはまだなく、小動物めいた愛くるしさがあった。
「初めまして」
周りが騒がしく祝う中、マフレナは産まれたばかりの赤ちゃんドラゴンと視線を合わせるように腰を落とし、そう挨拶をした。
「私があなたのママだよ」
「……くあっ!」
分かったよ、と返事をするようにして赤ちゃんドラゴンは産声をあげた。
「とうとう生まれたね、マフレナ」
「可愛い赤ちゃんじゃないですか」
すぐさまエステルとジャネットがマフレナに駆け寄る。
「それにしても白い鱗に赤い瞳のドラゴンとは珍しい……《レッドアイズ・ホワイト・ドラゴン》とでも名付けましょうか」
「安直すぎない?」
フォルとジャネットはすでに名前決めの段階に入っていた。
「あ、な、名前なんですけど、私にひとつ案があるんです」
マフレナがそう言うと、それまでお祭り騒ぎだった周囲の者たちも全員黙り込んだ。これが母であるマフレナにとって最初の仕事――命名だ。
「え、えっと、初めて見た時からこの名前がいいかなって思ったんだけど……白い鱗のドラゴンだから《シロちゃん》なんてどうでしょう……ちょ、ちょっと普通すぎかな?」
照れ笑いを浮かべながらそう語るマフレナ。
「「「「「可愛い」」」」」
果たして、村民たちが一斉に放ったその言葉はマフレナの考えた名前に向けられたものなのか、それとも照れるマフレナ自身に向けられたものなのか――たぶん両方だろうな、とトアは結論付けた。
その後、かねてよりドラゴンの存在を明かしていたエノドアとパーベルの各町長たちには使いを送って無事に誕生したという報告を済ませる。と、早速たくさんの祝いの品が贈られてきた。
さらにお披露目会と称し、ふたつの町からたくさんの人を招待して盛大な宴会が開かれることになったのである。
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