第114話 要塞村の髪型事情

※次回も明日投稿予定!!


 それはなんの前触れもなく起こった。


「おはようございます」


 朝のエノドア自警団駐屯地。

 町の平和を守る拠点ともいえるこの場所は屈強で勇ましい男たちが多く、子どもたちにとってはまさにヒーローたちが集まる聖なる場所として憧れをもたれていた。

 ただ、自警団には数こそ少ないものの女性も所属している。

 そのうちのひとり、ネリス・ハーミッダはいつも通りの時刻に駐屯地へと出勤する。が、その出で立ちにはいつもと異なる点があった。


「おはよう、ネリス――ん?」

「ういーっす――お?」


 子どもの頃からの古い付き合いがあるクレイブとエドガーはすぐさまネリスの変化に気がついた。


「珍しい髪型をしているな」

「イメチェンか?」


 ネリス・ハーミッダといえば長いオレンジの髪をツインテールにしているのが昔からのスタイルであり、仲間内では定着している。しかし、今日のネリスは長い髪をそのままストレートに流していた。


「ああ、これ? 今朝まとめようとしたらヘアゴムが切れちゃって……仕方なくそのままにしているのよ」


 クレイブとエドガーは初めてみたわけではないが、他の自警団員にとっては初見であったため、新鮮なネリスの姿に歓声が飛んだ。


「可愛いっすよ!」

「……いい」

「印象が変わるな」

「踏んでください!」


 誉め言葉はそれだけにとどまらず、


「いいじゃないか、似合うぞ」

「次は私がツインテールにしてみるかな」


 団長ジェンソンと元上司のヘルミーナからの評判も上々だった。


「そ、そう?」


 以前、自警団のポスターに起用され、華やかな扱いを受けていたネリスは再び自分にスポットライトが当たったと一瞬気を緩めたが、すぐにハッと我に返って表情を引き締める。


「み、みんな、か、髪型ぐらいで大袈裟なのよ!」


 そう言うと、朝の警邏を行うため駐屯地を後にしたが、その表情は強気な言葉とは裏腹に表情は終始緩みっぱなしだった。




 ――と、ここで終わっていればなんでもない日常のワンシーンだったのだが、事態は思わぬ方向へと進んでいく。

 それは、ネリスが髪型を変えて三日後、要塞村から来たエステルと一緒に休日を過ごしていたネリスは、立ち寄ったエルフのケーキ屋さんで髪型騒動についての話をした。


「髪型……か」


 これが、エステルを動かす大きなきっかけとなったのである。



  ◇◇◇



「シロちゃん、ご飯だよ。はい、《あーん》して」

「くあーん」

「おいしい?」

「くあ♪」


 早朝の要塞村。

 ドワーフたちによって神樹近くに建てられた要塞村守護竜ことシロの住む小屋に、母親役を務めるマフレナが朝食を持ってきていた。

 そこに、神樹の上層部に巣を作って生活をしている冥鳥族のアシュリーが、自慢の翼をはばたかせて舞い降りた。


「あ、おはよう、アシュリーちゃん!」

「おはよう、マフレナ。それにシロちゃんも――て、あれ? 髪型が……」


 いつもは長い髪をそのままにしているマフレナだが、今日はゴムでまとめて背部に垂らすといういわゆるポニーテールというスタイルだった。


「どうかな? クラーラちゃんを意識してやってみたんだけど」

「とっても似合ってる。可愛い♪」

「えへへ~、ありがと」


 新しい髪型を褒められたマフレナは、尻尾を左右に振って喜びを爆発させている。

 さらにそこへ迫るふたつの影が。


「もうすっかりお母さんが板についているわね」

「本当ですね」


 赤ちゃんドラゴンであるシロの様子を見に来たエステルとジャネットだ。

 

「おはようございま――あ、おふたりも髪型を変えたんですね」

「うん。気分転換にもなるしね」

「たまにはいいですよね」


 エステルは赤い髪をサイドテールにまとめ、ジャネットはネリスのようなツインテールにしている。


「ネリスさんに比べると髪が短いのでボリューム不足ではありますが」

「とんでもない! よく似合っていますよ!」


 アシュリーは珍しく興奮気味に答えた。


「うーん……三人を見ていたら私も髪をいじりたくなってきたなぁ」

「試してみてはいかがですか?」

「わふっ! 誰かなってみたい人を頭に思い浮かべるといいですよ!」

「マフレナは分かりやすいわよね。すぐにクラーラをマネしたって――あら? そういえばクラーラは?」

「言われてみれば姿が見えませんね」

「わふぅ……日課にしている朝の鍛錬を終えて、お風呂に入っていったところまでは私も見たんですけど……」


 ネリス発端で始まった髪型チェンジ大会。

 だが、その場にクラーラの姿はなかった。



  ◇◇◇



「髪型……ねぇ」


 クラーラは自室にある鏡に向かって大きくため息をついた。

 エステルやジャネットやマフレナは自分の髪型を好きに変えていろいろと楽しんでいるようだが、自分にはそういったいかにも「女の子っぽい」行動は似合わない気がしてどちらかというと苦手だった。

 しかし、楽しそうにしているみんなの様子を遠目から見ていると、やっぱり挑戦してみたいという気持ちが湧いてくる。


「……ちょっといじってみようかな」

「何をいじるんですか?」

「きゃあっ!?」


 突如聞こえてきた第三者の声に、クラーラは飛び上がって驚いた。

 その声の正体は――フォルだった。


「あ、あんた! 何勝手に部屋へ入ってきてるのよ!」

「狩りのスケジュールのことを尋ねようと何度もノックしましたが応答がなかったので何かあったのではないかと心配して入りました」

「ああ……そうだったのね。ごめんなさい」


 素直に謝るクラーラ。

 逆にその素直さがクラーラの変調を表していた。


「どうかされたのですか?」

「……実は――」


 フォルに言っても仕方がないことかもしれないが、ファッション的な知識や感性に疎い自分に嫌気がさしているという状態なので、少しでも力が出るような言葉をかけてもらいたかったという想いから悩みを打ち明けた。


「昨日、エステルが髪型を変えるって話をしていて……それがいろんなところに広がっているみたいなのよ。私もやってみたいけど、あまり髪型を変えた経験がないからどうしたものかなって」


 クラーラの真剣な様子に応えるよう、フォルはいつものように茶化すことなく耳を傾けていた。そして、ある提案をする。


「なるほど……それで今朝のアイリーン様は三つ編みだったのですね」

「随分と渋いチョイスね」

「提案者はシャウナ様と聞いています」

「…………やりそう」

「まあ、それは置いておくとして――それでしたら、かつて帝国で流行っていた髪型を試してみませんか?」

「帝国で流行っていた髪型ぁ? どんな髪型よ」

「名前は《昇天ユニコーンMAX盛り》で、帝国では淑女の嗜みとして大流行しました」

「ユニコーン……MAX……なんだかよ分からないけど強そうね! 気に入ったわ! その髪型にセットして!」

「お任せください」


 名前の響きだけで気に入ったクラーラは、提案された髪型にセットするようフォルに願い出たのだった。



  ◇◇◇



 時刻は昼。

 エステルたちは髪型トークで盛り上がった後、昼食をとるため神樹近くに造られた広場へと向かい歩き始めていた。

 すると、ドスドスドス、と地響きのような震えが起きたかと思うと、目の前に異様な髪型をしたクラーラが現れた。


「く、クラーラ?」


 天を貫くがごとく伸びた金色の塔。それはまるでユニコーンの角のように形成されたクラーラの髪だった。その髪には花や輝く小さな魔鉱石なでデコレーションされている。


「エステル! フォルを見かけなかった!?」


 剣を手に怒り心頭といった感じのクラーラ。どうやらあの髪型はフォルの仕業のようだ。

 クラーラは元凶であるフォルを探し出そうとしているようだが、その場にいた全員は女子として今のクラーラをそのままにしておくことはできなかった。


「待ちなさい、クラーラ。その髪を直してあげるから」

「工房から櫛を持ってきますね」

「とりあえず装飾を外しちゃいましょう!」

「手伝うわ」


 エステル、ジャネット、マフレナ、アシュリーの四人はそれぞれ役割を分担してクラーラの髪を戻しにかかる。


「もう、あなたはこんなに綺麗な金髪なんだから、もっと日ごろからお手入れをしなくちゃダメよ」

「うっ……肝に銘じるわ」


 エステルにちょっとお説教をされながら、ドワーフ手製の櫛で髪をとかしていく。


「綺麗に整えたら、みんなと一緒にトアへ見せに行きましょう」

「と、トアに!? ……変に思われないかな?」

「大丈夫よ」


 不安を覚えつつも、クラーラはトアの反応を楽しみにして頬が緩んでいった。




 ――ちなみに、フォルの処遇についてはからかうためでなく、本当にあの髪型が帝国で流行っていたと当時の様子を知るローザとシャウナの証言によりお咎めなしとなった。

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