第112話 手掛かりを求めて

※次回は今週木曜日に投稿予定です!




 トアたちがパーベルのビーチで巨大イカと格闘している頃。




「くそっ! この本にも載っていねぇ!」


 聖騎隊へと戻ってきたプレストンは怒りに任せて手にしていた本を聖騎隊宿舎にある自室の床へと力いっぱい叩きつけた。それを、一年後輩で同じく調べ物をしていたミリア・ストナーが咎める。


「先輩、イラつくのは分かりますけど物に当たるのは最高にダサいですよ」

「うるせぇ」


 大きくため息を漏らしたプレストンはそのままベッドへと仰向けとなる。


「《要塞職人》……そんなジョブは存在しねぇ」


 たまらず、プレストンはそう漏らした。

 ふたりが見ていた本はこれまでに発覚しているジョブがすべて書かれている本。詳しい能力の解説やそれを与えられた人物がどのような生涯を送ったのかなど、さまざまな情報が記されている。

 ところが、その本のどこにも《要塞職人》の記述はなかった。


「そうでしょうか? 《要塞職人》って発想はいい線言っていると思いますよ」

「俺だって最初はそう思った。……だが、あれだけあった資料を調べてみてもそれらしいものは何ひとつ見つけられない。やはりここは少し考え方を変えた方がいいのかもしれん」

「うぅ……早くしないと私のお兄様がトア・マクレイグの毒牙にかかってしまう……」

「……俺からすればむしろ逆じゃないかと思うがな」

「何か言いました?」

「別に。……はあ、これ以上やっても無駄っぽいな」


 頭を乱暴にかきむしり、吐き捨てるように言うプレストン。


 プレストンが焦るのには訳があった。

 遠征に参加していた残りふたりのオルドネス隊新規メンバーが一週間後にフェルネンド王都へ戻ってくることが知らされた。プレストンは彼らが合流するまでになんとかトア・マクレイグの持つジョブの秘密を突き止めておきたいと考えていたのだ。


 だが、まったく見つかる気配さえなく、行き詰まりとなっていた。


「せめて、トア・マクレイグの居場所くらいは見当をつけておかないと……」

「居場所だったら当てがある」

「え? そうなんですか?」

「まあ、確実に見つかるとは限らないっつーかダメ元だが……適当にぶらつくよりも手掛かりらしい手掛かりはあるだろうよ」

「ならとりあえずそこへ行って情報を集めましょうよ。他のメンバーが合流しても身動きが取れないんじゃどうしようもないですよ」

「……仕方ねぇ、少し計画を早めるか。行くぞ」

「はい!」


 これ以上調べても進展が得られないと判断したプレストンは、ミリアを連れて居場所を知っていそうな人物のもとへと向かった。



  ◇◇◇



 フェルネンド王都近郊。

 ユースタルデ教会。


「先輩……ここが心当たりなんですか?」

「そうだ」

「トア・マクレイグには礼拝の趣味でもあったんですか?」

「ここはあいつが育った場所だ。エステル・グレンテスと一緒にな」

「! そういえばここって、魔獣による被害で孤児になった子どもたちを引き取っていましたね」


 このユースタルデ教会こそ、トアとエステルがシトナ村から移り住み、聖騎隊養成所に入るまでの間を過ごした、言ってみれば第二の故郷とも言うべき場所だった。

 まだまだ夏の気配を残す暑い日差しの中、教会の周りでは子どもたちが元気に遊びまわる無邪気な声が聞こえる。このことから、ここの環境の良さがうかがえた。


「さて、と……お、いたいた」


 周囲を見回していたプレストンは花壇に水やりをしている修道服に身を包む女性へと話しかけた。


「少し話を聞かせてくれるか――シスター・メリンカ」

 

 プレストンの声に反応して振り返ったのは三十代半ばほどの女性。緩いウェーブの金髪に少し垂れ下がった目元が印象的なその美人は最初こそにこやかであったが、声をかけてきたふたりの少年少女が聖騎隊の制服を身にまとっていることに気づくと一気に表情が曇った。


「どうぞこちらへ……」


 テンションが大きく下がったシスター・メリンカに案内されて、プレストンとミリアは教会へと案内された。




 通されたのは来客用の部屋。

 とはいえ、木製の簡素な造りをしたイスとテーブルがあるだけのシンプルなもの。


「聞きたいことがあるとのことでしたね……あなた方が望む答えを私が持っているとは思えませんが」

「単刀直入に言う。――トア・マクレイグはどこにいる?」

「分かりません。彼はここに立ち寄りもせず国を出ましたから」

「そうか。邪魔をしたな」


 たったそれだけのやりとりを終えると、プレストンは席を立った。――が、その行動に対して抗議する者がひとり。


「ちょっ! ちょっと先輩!」


 ミリアだ。

 意外にもプレストンがあっさり引き下がったので、ミリアは顔を寄せて耳打ちをする。


「あの方はトア・マクレイグにとって親代わりも同然。だとしたら、私たち聖騎隊を警戒して真実を語らない可能性が高いです」

「だったらどうする? 拷問でもかけるか?」

「うっ……そ、それは……」

「仮に拷問へかけたところでシスター・メリンカは口を割らねぇよ。伊達にこの教会をたったひとりで何十年と守ってきたわけじゃない……その強い意志を感じる。それに、本当に知らないって線もあるからな」

「じゃあ……」

「引き上げだ。これ以上ここにいても有益な情報は得られないだろうからな」

「……了解」

 

 憮然とした表情のミリアだが、裏を返せばプレストンの言う通り空振りに終わったことを理解しているからこその態度ともいえる。


「お力になれずにすみません」

「いや、いい」

「私たちはこれでお邪魔しますね」


 プレストンとミリアが席を立ち、帰るために部屋のドアを開けた時だった。

 


 バシャッ!

 


 突然、先頭にいたプレストンに水がぶっかけられる。


「せ、先輩っ!?」


 なんて命知らずなヤツだと思いつつ、ミリアは水が飛んできた方向へ視線を向けて犯人を特定しようとする。だが、ミリアの視線が追いつくよりも先に犯人の方が声を上げる。

 

「シスターをいじめるな!」


 バケツを片手にそう叫んだのは七、八歳くらいの少年。その後ろには同じ年代と思われる子どもたちが総勢十名、険しい視線をプレストンとミリアに投げつけていた。恐らく、その背景にはトアを追い出したことがあるのだろう。ここにいる子どもたちはトアやエステルを実の兄や姉のように慕っており、そのふたりが国を出ていったのは聖騎隊に原因があると考えていたようだ。


「あ、あなたたち!?」


 何事かと廊下に出てきたシスター・メリンカは、子どもたちの姿を見つけると両手で口を覆い、まさに「やってしまった」というようなリアクションをとる。百歩譲って、まだ被害がミリアであれば穏便に済んだかもしれない。だが、よりにもよってガラの悪いプレストンの方にぶっかけるとは。


「…………」


 そのプレストンはしばらくその場に立ち尽くした後、まるで何事もなかったかのように子どもたちを押しのけて去っていく。


「――っ! ま、待ってくださいよ、先輩!」


 我に返ったミリアはその後を追って走り出した。



  ◇◇◇



 森の中を通る整備された一本道。

 肩を並べてその帰路を進むプレストンとミリアに会話はない。厳密にいえば、ミリアが何度か話題を振るが、プレストンが生返事をするだけでまったく盛り上がらなかった。

 プレストンの胸中にあるのは焦りかはたまた気落ちなのか。

チラリと横目でプレストンの顔を見るミリア。眉間にはシワが寄り、いつも以上に険しい顔つきとなっている。だが、それは手掛かりゼロで終わった前方からこちらに歩いてくる複数の人影に向けられていることに気がついた。

 人数は五人。

 全員が男で武器を携帯している。

 どう見ても善人には見えない形相だ。


「その話本当だろうな?」

「ああ! この先にある教会にすげぇ美人のシスターがいるって噂だ!」

「おまけにそいつ以外は親なしの孤児ばかり。たっぷり楽しんだ後はそいつらを売り飛ばして金も手に入れようぜ!」

「へへへ、こんなうまい話が転がり込んでくるなんてツイてるぜ!」


 すれ違いざまに聞こえてきた男たちの会話に、ミリアは思わず振り返った。


「あの人たち……私たちが聖騎隊の制服を着ているのにあんなことを……」

「よそ者なんだろう。最近じゃ珍しくはない」

「それはそうですけど……」


 ミリアは男たちがしていた不穏な会話が気になってしょうがなかった。ここはひとりでも戻って男たちと対峙をするべきだろうと考えて歩きだそうとした時、プレストンがため息を交えながら言う。


「……昔の俺もあんな感じだったな」

「えっ?」

「なんでもない。それよりもミリア」

「は、はい?」

「おまえ、先に帰ってろ」

「うえっ!? ど、どうして!?」

「教会に忘れ物をした。取りに戻るからおまえは先に帰れ」

「…………」


 思わぬプレストンの言葉に、ミリアはしばらく呆然とし、その意味を理解した直後、思わず「ぷっ」と噴き出す。


「前々から思っていたんですけど、先輩って……嘘が超ヘタクソですよね」

「うるせぇ。ついてくるならさっさと行くぞ。どうにも胡散臭い来客が迫っているようだからな」

「はい!」


 ふたりは勢いよく元来た道を引き返していった。

 


  ◇◇◇



「へへへ、大人しくしていろよ」

「な、なんですか、あなたたちは!?」


 礼拝堂の掃除をしていたシスター・メリンカと子どもたちのもとへ、武装した怪しい五人組の男たちが下卑た笑みを浮かべながら近づく。すると、ひとりの少年がダッと駈け出した。


「この野郎!」


 握りこぶしを作って男に一撃をお見舞いしようとしたのは、先ほどプレストンに水をぶっかけた少年だった。威勢よく飛び出したはいいが、力の差は歴然としている。


「うるせぇ!」


 少年はあっさりと男に蹴り飛ばされる。


「リック!!」

「げへへ、シスターさんよぉ……他のガキどもを同じ目に遭わせたくはないだろう? だったら何をすればいいか――分かるな?」

「!?」

「どうやら理解したようだな。うし。奥の部屋でお楽しみといこうか」

「……はい」


 男たちがシスター・メリンカを取り囲んだ――まさにその瞬間、教会の扉が勢いよく開かれると同時に叫び声が轟いた。


「シスター・メリンカ! 忘れ物を取りに来た!」


 プレストンとミリアは間一髪のところで間に合ったのだ。


「な、なんだおまえら!?」

「それはむしろこっちのセリフですよ。王国聖騎隊を前によくもあんな犯罪予告ができましたね!」

「聖騎隊? こんなガキどもがか?」

「ごっこ遊びなら大人を巻き込むんじゃねぇよ」

「先輩……あんなこと言ってますよ?」

「なら、どちらがごっこ遊びか……体に分からせてやるまでだ」


 バカにしたような言い方をする男たちだが――その態度はすぐに後悔へと変わる。

 優れたジョブと訓練された力と技術を兼ね備える王国聖騎隊のメンバーは、武器を持った程度ではたとえ大人でも太刀打ちできない。それがただのチンピラ風情であるなら尚更だ。


 男たちはあっという間に倒され、身柄を拘束。

信号弾を使い、牢獄送りにするため応援を呼んだあと、子どもたちに囲まれる中で崩れ落ちているシスター・メリンカのもとへと向かうふたり。その途中、シスターを守るために勇敢にも男へと立ち向かった少年がプレストンの前に立つ。


「助けてくれてありがとう。……俺、聖騎隊に入りたい」


 それだけを告げて、少年は教会の奥へと走っていってしまった。


「ああ……ひとりの無垢な少年の人生を台無しにしましたね」

「知るかよ」


 プレストンは歩みを止めず、シスターへと歩み寄る。


「ケガはないか?」

「……あの」

「うん?」

「この国は……以前のような姿に戻れるでしょうか?」


 シスター・メリンカの言う以前のような姿とは、トアやエステルがここにいた頃のことを指しているのだろう。


「……さあな。そういうのは城でふんぞり返っている政治屋の連中に言ってくれ。俺たちは兵士――与えられた敵と戦うのが仕事だ」

「そうですね……」


 プレストンはシスター・メリンカにケガがないことを確認すると、質問にそれだけ答えて背を向けた。


「ただ……ここの子どもたちを守れるのはあんただけだ。それだけは忘れないでくれ」

「! は、はい」

 

 それだけを言い残し、プレストンは応援が駆けつけたことを確認すると、ミリアを連れて教会を後にする。




「結局、なんの情報も得られませんでしたね」


 再び帰路を行くふたり。

 だが、先ほどに比べればまだ会話が続いていた。


「最初からダメ元だったんだ。それが予想通りの結末を迎えたんだから悲観する必要はない」

「……随分と前向きになりましたね」

「そうか?」

「ええ。ま、そっちの方が私としてもやりやすいのでむしろウェルカムですが」

「調子のいいヤツだな」


 なんでもない会話をしながら、ふたりはポツポツと発光石が埋め込まれた街灯の光に包まれるフェルネンド王都を目指して歩く。

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