第111話 夏の終わりの浜辺で
※次回は9月2日の月曜日に投稿予定!
あと、投稿時間が21:00以降となります!
いつもと時間が違うのでご用心を!
ドラゴン誕生まで秒読み段階となり、そのことで話題もちきりの要塞村へ、港町パーベルから使いがやってきた。
「お久しぶりです、トア村長」
自警団を率いて要塞村を訪ねてきたのはパーベル町長ヘクターの秘書を務めるマリアムだった。彼女たちは船で漁業をしているモンスター組に出会い、そこから護衛をしてもらってここまでたどり着いたようだ。
「マリアムさん! お久しぶりです!」
要塞内の修繕を行おうとしていたトアは、急な来客であるマリアムたちを笑顔で出迎えた。
「その節はお世話になりました。――と言っても、今回もまたお願いをしに来たのですけど」
心底申し訳なさそうにマリアムはそう口にした。
「お願い? ……分かりました。ではこちらで詳しいお話を聞きます」
「あ、で、でも、よろしかったのですか? 何か立て込んでいるようでしたけど」
マリアムはそう言うが、町長秘書がわざわざこうして要塞村を訪れたということは余程の理由があるのだろう。そう判断したトアは、友好関係を築くパーベルに起きたことの全容をマリアムへ尋ねることにしたのだ。
「大丈夫ですよ。話を聞かせてください」
「分かりました。よろしくお願いします」
トアの厚意を受け取ったマリアムは、それに甘えることにして案内された部屋へと自警団の面々を引き連れて入っていく。トア側もひとりではなく、エステルとフォル、そして今回はシャウナが同席する運びとなった。
「それで、一体何があったんですか?」
「実は……ここ数日、パーベルの港から出た船を襲う海のモンスターに困っていまして」
「海のモンスター……」
「はい。調べたところ、グラーケンと呼ばれる超大型のイカ型モンスターのようです」
森の中で暮らすトアたちには無縁のモンスターだ。
「しかし、モンスターによる被害ならばセリウス本国が動くのではないか? パーベルといえばセリウスにとって海の玄関口と言って過言ではない位置づけの町なわけだし」
「セリウス本国へも掛け合ったのですが……周辺諸国との緊張状態もあって兵を差し向ける余裕はないとの返事でした。一応、警戒を強めるとのことでしたが……」
「事実上、野放しというわけか」
ため息交じりに言うシャウナだが、その気持ちは分からなくもない。それはトアやエステルも感じていた。
背景にあるのはフェルネンド王国だ。
ダルネスへの侵攻から始まったフェルネンドの宣戦布告。
その侵攻自体は、拠点確保のために攻め入ったオーストンという町に偶然八極のひとりであるヴィクトールが居合わせ、侵攻部隊の中枢戦力であった《赤鼻のアバランチ》を名乗る偽物の巨人族を瞬殺することで大事には至らなかった。
もし、あそこでフェルネンドがダルネスの侵攻に成功していたら、今のような穏やかな時間を過ごせなかったかもしれない。
とはいえ、まだ完全に解決したわけではない。
周辺国家との交易は完全に断たれたようだが、その代わりに海運を通じて他の大陸と交流を深めているという情報も聞かれた。
なので、今度は他の大陸と手を組んで同じ大陸内にある周辺諸国へ再度侵攻を仕掛けていくのではないかという懸念を抱いている国が大半であった。
ゆえに、王都防衛に戦力を集中させておきたいというのが本音だろう。
「とにかく、ここは俺たちに任せてもらえれば大丈夫ですよ」
「お、お願いします」
頼もしいトアの言葉に、ダメ元で訪れたマリアムは感激にも似た感情を抱いていた。
「じゃあ討伐メンバーを選ばないといけませんね。シャウナさん、協力をお願いします」
「任せてくれ」
早速話を進めていくトア。
その様子を眺めているマリアムは改めて要塞村を構成するメンツの凄まじさに驚く。八極であるローザとシャウナをはじめ、伝説的種族のオンパレード。目の前にいるトアとエステルのふたりは同じ人間だが、どちらも大国フェルネンドの王国聖騎隊にいた経歴を持つエリートときている。
以上のことから、マリアムはこんなことを思うようになった。
セリウスやフェルネンドより……要塞村の方が強いのでは?
あくまでも純粋な戦闘力のみの比較になるが、百人にも満たない要塞村のメンツの方が一万を越えるセリウスやフェルネンドの軍勢より強い気がしてならない。というか、両国が連合を組んで挑んでも、要塞村のメンツに勝てる気がしなかった。
ただ、当人たちにそのような自覚はない。
のんびりまったりと日々の生活をエンジョイしているだけで、今ある力をもって世界を牛耳ってやろうとか、そういった思惑は一切感じさせない。それもこれも、村長として村をまとめるトアの人柄のおかげだろう。
マリアムが要塞村のポテンシャルに脅威を感じていた頃、トアはシャウナからのアドバイスを参考に人選を進めていた。
「問題なのは海中に潜む敵をどうやっておびき出すかだ」
「そうですね……何か案はありますか?」
「……たったひとつだけ方法がある」
トアからの質問に、シャウナは険しい表情で答える。
「この方法ならば確実に敵をおびき出せる。だが、リスクを伴う作戦だ」
「リスク……ですか」
「まあ、そこは我々でカバーをしていけば問題ないだろう。で、肝心の人選なんだが……本当はマフレナに来てもらうのが最適だったのだが……」
現在、ドラゴンの卵が孵化間近に迫っていることから、母親役に任命されているマフレナはつきっきり状態。さらに、卵の状態変化を常にサーチ能力でチェックしているフォルも外せない。
「ひとりでは少し威力不足だと思うのだ……少なくともふたりは欲しい。それで、片方はエステルで賄えるが、あともうひと枠を誰にするか――むむ?」
人選を悩んでいたシャウナの視線に飛び込んできたのはマリアムだった。
「マリアム、君に協力をしてもらいたい」
「わ、私ですか!?」
突然の指名に驚くマリアム。
「で、でも私、戦闘はからっきしで――」
「心配はいらない。君にはある特殊な格好をして海に潜むモンスターを誘い出してもらいたいんだ」
「お、囮というわけですね?」
「そうだ。だが安心してほしい。君の身の安全は我々が必ず保証する」
力強く宣言するシャウナ。それについては十分すぎるほどの説得力があった。何せ、安全を保障すると言ったのはあの八極のひとり《黒蛇のシャウナ》だし、作戦に参加する他のメンツが誰であろうと、伝説的種族が揃う要塞村の村民ならばとても頼りになるからだ。
「分かりました。その役目、引き受けます! パーベルを救うために!」
「よし、では早速準備にかかろうか、トア村長」
「はい!」
こうして、パーベルを救うための海洋モンスター討伐作戦が発動した。
◇◇◇
港町パーベル。
観光用ビーチ。通称・癒しの砂浜。
夏も終わりに差しかかってはいるが、それでも日中の気温は高く、また、この辺りは湿度も高いため立っているだけでも汗がにじみ出てくる。
例年通りなら海水浴客などがいてにぎやかなこの砂浜だが、件のモンスターが出現するようになると立ち入り規制が行われたため、今は閑散としている。
「さて、では着替えているエステルとマリアムが来るまで……この砂浜で楽しむとするか!」
やけに晴れやかな笑顔でテンション高めのシャウナ。
それを遠巻きから怪しむトアとクラーラ。
「なんか……怪しくない?」
「さっきエステルたちにおびき出すための衣装を渡していたみたいだけど……あの時の驚きに満ちた表情がなんか引っかかるんだよなぁ……」
トアとクラーラがひそひそ話していると、着替えを終えたエステルとマリアムが三人のもとへとやってくる。その姿に、トアとクラーラは絶句した。
「ほ、本当にこれでいいんですか……?」
「うぅ……恥ずかしいです……」
ふたりは水着姿であった。それも、布面積がかなり小さく、いろいろと際どいタイプの水着だ。
「な、何着せてるんですか!?」
「あれじゃほとんど裸じゃない!?」
トアとクラーラから早速クレームが飛んでくるが、仕掛け人であるシャウナは至って冷静な顔つきで対処する。
「これもすべてはパーベルを救うためだ」
「ど、どういう意味ですか?」
「グラーケンは……人間の女性が大好物なんだ」
「「……へ?」」
大真面目によく分からんことを口走るシャウナに、トアとクラーラの目が点になる。
「それもただの女性ではダメだ。ある特定条件を満たさなければヤツは出てこない」
「と、特定条件?」
「それは……巨乳であることだ!!」
「ああ……だからクラーラは攻撃側に――はっ!?」
迂闊にも決して口にしてはならないことを言ってしまったトアは、背後から伝わる殺意の波動に身震いが止まらなくなる。
「トア……」
「く、クラーラ!?」
案の定、剣を構えるクラーラ。ヤバいと感じたトアはすぐさま言い訳モードへ突入。
「お、落ち着いて、クラーラ! お、俺はクラーラの胸とてもいいと思うよ!」
「…………」
「な、なんていうか、形がいいよね!」
「トア村長……さすがにもう少し言い方というものがあるだろう」
煽った張本人であるシャウナも呆れる言い訳。だが、当のクラーラの反応はというと、
「そ、そうかな?」
頬を朱に染め、まんざらでもない様子だった。
「チョロいなぁ……」
「これが若さか」と目を細めるシャウナに、マリアムが声をかけた。
「あ、あの、胸が大きい人が好きなら、わざわざこんな格好をしなくてもいいのでは? 仮に水着を着用するにしてももう少し控えめな物でも……」
マリアムからの正論に対し、シャウナは「やれやれ」とため息交じりに首を横へと振ってこう答えた。
「風情がないじゃないか」
「風情!?」
どうやらシャウナなりのこだわりがあるようだ。
と、その時、海面が大きく盛り上がったかと思うと、ついにお目当てのモンスターであるグラーケンが姿を見せた。
「! 出たぞ!」
「ふん! すぐにバラバラの刺身にしてやるわ!」
トアとクラーラは臨戦態勢をとる――が、敵の狙いは当然ながらセクシー水着のエステルとマリアム。その長い足を触手のごとく伸ばしてあっという間にふたりを捕えた。
「きゃあ!」
「いやあ!」
エステルとマリアムの体にグラーケンのヌメヌメした足が絡みついていく。水着は脱げ落ちそうになり、ふたりはほぼ裸の状態だった。
トアとクラーラは助け出すために攻撃を仕掛けようとするが、ふたりを前面に押し出して盾代わりにされたため、手も足も出せない状態だった。トアはシャウナに援護を頼もうと振り返る。
「しゃ、シャウナさん!」
「待ってくれ。今イーゼルを組み立てているから」
「この状況を描こうとしている!?」
シャウナは半ば戦闘放棄状態だった。
ここはふたりでなんとかするしかないと開き直ったトア――だが、次の瞬間、エステルとマリアムに絡みついていたグラーケンの足がバラバラに千切れ飛んだ。
「!? エステル!」
いきなり解き放たれたエステルを救出するため、トアは決死のダイブ。なんとかエステルを抱きかかえて大事には至らなかった。一方、マリアムの方はシャウナが受け止めていた。先ほどまで戦闘に参加する素振りを微塵も感じさせなったシャウナであったが、突如豹変して海に鋭い眼光を走らせている。そのあまりの迫力に、トアの肌は一瞬にして粟立つ。
普段はふざけていても、やはり世界を救った英雄のひとり――《黒蛇のシャウナ》の名は伊達ではないと改めて感じたトアだった。
その後、グラーケン討伐に成功したということでヘクター町長からは大いに感謝され、たくさんのお土産を持って要塞村へと帰還することになった。
帰り際、トアはシャウナを呼びに埠頭へと向かう。
そこでは、夕日に照らされて橙色に染まる海を眺めるシャウナの姿があった。
「どうかしましたか?」
トアはずっと気になっていた。
グラーケンを倒したのは誰だったのか。そして、その直後にシャウナの様子が急変したのはなぜなのか。教えてはくれないかもしれないが、トアは一応尋ねてみた。
「あのグラーケンを倒したのって……」
「……たぶん、私たちの元同僚だな。グラーケンが攻撃をされた際、微かだがあの子の気配を確かに感じた」
トアはハッとなる。
シャウナの同僚といえば八極だ。
トアが知らない八極はあとひとりなのだが、実はその最後のひとりに関しては名前すら王国戦史の教本に書かれていなかった。本来はメンバーに加わる予定ではなかったと以前シャウナは言っていたが、それと何か関係があるのだろうか。
ともかく、すべてが謎に包まれた八人目――それが、自分たちを助けたのだとシャウナは推測していたのだ。
「どうして顔を見せなかったんでしょうか?」
「何か理由があるのだろう。……だが、そうか。このパーベル近くの海にも来ていたか」
シャウナは「ふっ」と小さく笑うと、踵を返して歩きだした。
「さあ、帰ろう。みんなが待っているぞ、トア村長」
「は、はい!」
謎多き最後の八極の正体は分からないままであったが、トアは村民たちが待つ要塞村へ帰るため、急ぎ足で合流地点へと戻っていった。
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