第110話 要塞村図書館の日常

※次回は今週金曜日投稿予定!



「わっふふ~♪」


 ドラゴンの卵を前に笑みを浮かべているマフレナ。今彼女はジャネットが運営する要塞図書館にいた。ここが一番静かだし、卵を育てるには申し分ない環境だろうということで孵化するまでここに置かれる運びとなったのだ。


「いつ頃産まれてくるのかな~♪」

「フォルが言っていたじゃないですか。もう動きが大きくなってきているから数日のうちには顔が見られるようになるって」

「そっか~♪」


 ジャネットからそう声をかけられても、マフレナは視線を卵から外さない。今やすっかり母親役が板についてきた。


 そんな張り切るマフレナを微笑ましく眺めているジャネット。すると、図書館へ来客が。


「失礼します、ジャネットさん」


 やってきたのは時々図書館を利用して勉強をしているメルビンだった。その両手は何かが詰められた木箱でふさがれていた。


「こんにちは、メルビンさん。それは?」

「先ほど、エノドア自警団のクレイブ殿が持ってきてくれた届け物です」

「クレイブさんが? ――ああっ! 頼んでおいた新しい本ですね」


 最近、エノドアに書店ができた。

 最新の本から古本まで扱うバラエティーに富んだ店で、以前ジャネットがエノドアへ行った際にその存在を知り、要塞村への物資補給に店で扱っている本を加えてほしいと直接依頼をしにいった。もちろん、トアに許可は得ている。

 

 店主がこれを快諾すると、ジャネットは早速村民たちへ読みたい本がないかアンケートを取り、その結果から店主が何冊か見繕って村へ送ってもらうという手筈になっていた。


「どれどれ」


 一体店主はどんな本を送ってくれたのか。早速中身をチェックしてみる。


《ストリア大陸史》


「これは……歴史の本ですか」


 まずはメルビンが手に取った青い表紙の本。随分と堅苦しい造りになっている本だが、それをリクエストしたのは意外な人物だった。


「アンケートによるとこれをリクエストしたのはシャウナさんみたいですね」

「しゃ、シャウナ殿が?」

「ええ、シャウナさんです。あんなセクハラ授業をした人ですけど、一応は考古学者らしいですからね」


 メルビンは困惑した様子でジャネットに問う。

 無理もない。

 ハッキリ言って、シャウナのキャラに合わない本だ。


「続いてはなんでしょうね」


 なんだか楽しくなってきたジャネットが手にしたのは分厚い本だった。


「これは……《世界ぬいぐるみ大全集》? 女の子のリクエストでしょうか」

 

 メルビンはそう予想を立てるが、これについてはジャネットに心当たりがあった。


「王虎族のミュー殿あたりのリクエストでしょうかね」

「ああ、これはローザさんですね」

「ろ、ローザ殿が!?」

「意外と可愛い物好きなんですよ」


 八極のひとりで枯れ泉の魔女の異名を持つローザだが、実は趣味がぬいぐるみ集めという可愛い物好きの一面もあった。


「なんというか……本一冊でその人の意外な一面が見えてきますね」

「ふふ、趣味趣向は嘘をつきませんからね」


 楽しげに会話をしながら本を棚へと整理していくジャネットとメルビン。この後、外の壁に「新刊あります」の張り紙をすれば完璧だ。――だが、作業が思わぬ方向に荒れていくのはここからだった。


「あら? まだ下の方に本がありましたね」


 木箱の底にもぎっちりと整頓されてしまわれている本。そのうちの一冊を取り出してタイトルを確認してみる。



《幼馴染のあの子といちゃラブ子づくり ~愛情たっぷり幸せ性活!~》



「!?」


 あまりに衝撃的かつ刺激的なタイトルに、思わずジャネットは「きゃっ!」と小さな悲鳴をあげる。それに反応したメルビンとマフレナがどうかしたのかと尋ねてくるが、ジャネットは笑顔を浮かべて虫がいたと誤魔化した。


「い、今の本は……いわゆる官能小説というジャンル?」


 物書きとしての顔も持つジャネットだが、そちらは完全に専門外であった。

 というわけで、最初は誤魔化したが、メルビンにだけは事実を打ち明け、この本をどう処理するか緊急会議は開かれた。


「リクエストしたのは誰ですか?」

「それが……用紙が見当たらないんですよ」


 リクエストをした本には必ずリクエスト用紙が挟まっているはず。だが、この謎の本だけはそれがなかったのだ。

 手掛かりはない――と、思われたが、むしろ決定的ともいえる証拠が本のタイトルに記されていた。


「「幼馴染……」」


 ジャネットとメルビンは同時に呟く。

 この要塞村で幼馴染の関係といえば決して少なくはない。クラーラとメリッサたち、それに銀狼族や王虎族の子どもたちも幼馴染同士と言えた。

 だが、背表紙に書かれたあらすじや表紙絵を見る限り、この本は人間同士の恋愛(性描写あり)を主題において書かれたものと推測される。だとすると、リクエストしたのは人間――それも幼馴染同士となると限定されてくる。


「ジャネット?」

「「わああああああああああああっ!?」」


 いきなり声をかけられて驚くジャネットとメルビン。それもそのはず、声をかけてきたのはまさに今疑惑を抱いた人物だった。


「え、ええ、エステルさん!?」

「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもないです」

「? そう? あ、それより、本が届いたって本当?」

「え、ええ……」

「あ、それ、私が頼んだ本だわ」

「「!?」」


 やっぱりか、と心中で叫ぶジャネットとメルビン。だが、エステルが実際手に取ったのはまったく違う本だった。


「これこれ! 《世界の魔法辞典》! これで子どもたちへ魔法を教えやすくなるわ!」


 ウキウキしながら本を抱きしめたエステルは、「これ少し借りていくわね♪」と言い残して足早にその場を立ち去った。


「……エステルさんじゃない?」


 最重要人物と思われたエステルは魔法辞典だけを持って去っていった。仮に、本当にリクエストをしていたとして、受け取りにくさがあったとしても、もう少し態度に表れてもよさそうなものだ。

 すると、メルビンが別の一冊を木箱から取り出してジャネットへと差し出す。


「ジャネットさん……これも似たような本ではないかと」

「まだあるんですか!?」


 だが、次の本の内容次第ではリクエストした者を特定できるかもしれない。早速ジャネットはタイトルへと目を通す。


《国を追い出された俺とツンデレエルフの新婚生活! ~公認子づくりで大ハッスル!~》


「種族名が書かれてるぅぅぅぅ!!」


 再び叫ぶジャネット。

 卵を見守っていたマフレナもおろおろしながら「ど、どうしたの?」と心配している様子であった。が、このような書物を純粋無垢なマフレナへ見せるわけにはいかないと、ジャネットは「大丈夫ですよ」と平静を装う。


「これは完全に……クラーラさんですよね」

「『国を追い出された俺』っていうのがなんとなくトアさんの境遇と似ていますし……ツンデレエルフとかまさにクラーラさんそのものですからね。間違いないでしょう」

「何? 私のこと呼んだ?」

「「わああああああああああああっ!?」」


 本日二度目の大絶叫。


「な、何よ! どうしたっていうのよ!」

「い、いえ、なんでもありません」

「とてもそうは見えなかったけど……まあ、いいわ。それより新しい本が入ったんでしょ?」

「え、ええ」


 目を輝かせながら本について尋ねるクラーラ。すると、山積みにされていた本から自分のお目当ての本を見つけて手を伸ばす。

 

「これよこれ! 《世界の剣豪伝》! これで世界中にある剣術の流派を知ることができるわ!」

「そ、それがリクエストされていた本ですか?」

「そうよ。じゃ、これちょっと借りていくわね」

 

 本を小脇に抱えると、クラーラは上機嫌のまま去っていった。


「……クラーラさんじゃない?」


 またしても当てが外れた。

 となるとあと可能性がありそうな人物は相当に限られてくる。


「まさか……トアさん?」


 幼馴染とツンデレエルフのふたつのワードに該当するのはもうトアしかいなかった。おまけに読書が趣味だということでより疑惑が深まる。


「ま、まあ、トアさんも年頃の男性ですし、こういった書物に興味を抱かれるのは致し方ないかと……ドワーフものとかないんですかね」

「ありますよ、ドワーフもの」

「えっ♪」


 ちょっと浮かれながら、ジャネットは本のタイトルへ目を通す。


《禁断の師弟愛 ~親方、俺もう我慢できない~》


「思ってたのと違あああああああああう!!」


 裸のドワーフ(♂)ふたりが抱き合う表紙絵が描かれた本を手にしたジャネットの叫びはむなしく図書館内に響き渡った。




 ――ちなみに、三冊の本はすべて本屋の店主の私物であり、誤って混入したことが後日発覚した。

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