第109話 教えて! エステル先生

※次回投稿は8月27日の火曜日です!



 要塞村には幼い子どもも多い。

 種族別の内訳としては、銀狼族と王虎族の子どもがほとんどを占めている。他に、冥鳥族のサンドラだったり、エルフ族にもまだ小さな子がいる。また、モンスター組ではゴブリンがこちらにカウントされていた。


 子どもたちは積極的に村の運営の手伝いをしてくれる。

 精霊族が管理する農場で野菜の収穫を行ったり、狩りで獲物を仕留めるためのサポート役だったり、とにかく自分たちのやれる範囲でお手伝いに一生懸命取り組んでいた。


 大人たちはその働きぶりに感心しきりなのだが、そんな時、あるひとりのエルフ族の少女の発言が大きな物議を巻き起こした。



「この村には学校はないの?」


 

 クラーラやメリッサの話では、オーレムの森には幼いエルフたちが大人からいろいろと教わる教育機関が存在しているのだという。だが、それはトアやエステルがいた王国聖騎隊養成所ほど堅苦しいものなのではなく、あくまでも生きていくうえで必要な知識を覚えさせることが目的だという。


「学校か……」


 冥鳥族のメイデンとニアム夫妻にはついこの間、赤ちゃんが生まれたばかり。この先、きっと赤ちゃんは増えるだろうし、そうなると子どもの数も増えてくる。  オーレムの森のエルフ族がやっているように、格式ばった学校ではなく、みんなで楽しみながらいろんなことを学べる場所があってもいいとトアは判断し、要塞村にも設置しようと決めた。


 トアの提案が集会を通じて村民たちへ伝えると、子どもたちは熱狂した。

 学校と呼ばれるものの存在はなんとなく知っている。だけど、具体的に何をするのかは分からない。ただ、トア村長の話を聞く限りとても面白そうだというニュアンスは伝わっているようだ。


 まだまだ準備期間が足りていなかったが、子どもたちからせっつかれる形になり、急遽予定を早めて最初の授業が行われることとなった。

 

 要塞内にある魔道具実験用の部屋。

 広く、そして天井が高めに設計されたこの部屋を、トアはリペアとクラフトの両能力を駆使して教室へとリフォーム。机とイス、それに黒板とチョークも用意し、授業をするに最低限の準備は整った。

 ここに、まだ不完全ではあるが、要塞学校が誕生したのである。


 記念すべき第一回目の授業で教師に抜擢されたのは、


「はいみなさん。勉強を始めますよ」

「「「「「「はーい!!!」」」」」


 エステルだった。


 座学の成績はトアやネリスをおさえて同期一位だった彼女が適任だということでトアが依頼をしたのだ。

 エステルが教えるのは人間との交流に欠かせない文字の読み書きや簡単な計算についてだった。要塞村はすでに鉱山の町エノドアと港町パーベルのふたつと良好な関係を築いている。そうしたことから、今後、子どもたちが多くの人間と接する機会が増えるだろうと想定してこの授業が実施されたのだ。


 子どもたちは熱心に勉強をした。

 これまで知り得なかった人間の知識に興味津々で、時には仲間同士で教え合ったりするなど他者との関係構築にも一役を買っていた。


 その初授業を観覧していたのは村長トア、フォル、クラーラ、ジャネット、マフレナ、そして各種族から大人たちが総勢二十人以上。皆、子どもたちの真剣な姿に目を細め、中には親バカ発言をしている者まで現れた。


「やってよかったね、学校」

「そうですね」


 活気溢れる様子に、村長トアとフォルも一安心する。



 ――が、異変は授業が終盤に差しかかった時に起きた。


「はい」


 教師エステルに質問をするため挙手をしたのは王虎族のミューだった。


「どうぞ、ミューちゃん」


 エステルから指名されたミューは真剣な眼差しでこう質問した。



「赤ちゃんはどうやったらできるんですか?」



 その瞬間、観覧していた大人たちは一斉に脳天から稲妻を食らったような衝撃に襲われる。


「純粋ゆえの爆弾……ミュー様、恐ろしい子です」

「で、でもまあ、子どもなら思い浮かんでもおかしくはない疑問だよ」

「エステル……なんて答えるのかしら」

 

 トア、フォル、そしてエルフの森で学校に通っていたことで真実を教えてもらっているクラーラの三人はエステルがどう答えるのか、また、状況によっては助け船を出す必要があるとかいろいろ思案する。

 だが、その爆弾は思いもよらぬ方向にも仕掛けられていた。


「わふっ。そういえば私も知らないです」

「言われてみれば私も知りませんね」

「「「!?」」」

 

 マフレナとジャネットのまさかの発言に、トアたち三人は目を見開いて驚いた。


「あ、あのふたりも知らなかったのか……」

「ガドゲル様とジン様……娘を思うあまり言えなかったのでしょう」

「娘を思っているなら逆に教えるべきでしょうに」


 困惑する三人はエステルの方へと顔を向ける。どう答えようか悩んでいるのかと思いきや、その表情は余裕さえうかがえた。それゆえに、トアたち以外にも手助けしようとしていた各種族の大人たちは黙って様子を見ている。

 エステルは「コホン」と咳払いをした後、ミューをまっすぐ見据えて語り始める。


「ミューちゃん……赤ちゃんというのはですね」


 ゴクリ、と息を呑む大人たち。

 エステルの出した答えは――



「好きな人とキスをするとできるんです!」



 その場にいた大人たちは盛大にズッコケた。

 



 まさかのオチで強制終了となった第一回目の授業。

 その原因は「エステルの《そっち》関連の知識不足」という予想もしなかったものだった。


「はっ! そういえば私、小さい頃お父さんのほっぺにチューしたことがあります!」

「うっ……い、言われてみたら、私も……」


 マフレナとジャネットはエステルの言葉を信じてしまい、父親の子を妊娠したというとんでもない誤解を抱くことになってしまった。それを解消したのが、エルフの学校に通い、正しい知識を得ていたクラーラであった。


「それ何年前の話よ。大体、もし本当に妊娠していたのなら、もう出産して子どもがいなくちゃおかしいでしょ」

「「「なるほど」」」

 

 クラーラがエステルたちに教えを説くという珍しい光景になっていた。

 しかし、こうなってくると自然に湧き上がってくるのが真実を知りたいという欲求である。


「ねぇ、クラーラ」

「何、エステル」

「なら、どうやったら赤ちゃんができるのか、その仕組みを教えて」

「ふえっ!?」


 そうなるわけだ。

 オーレムの森で正しい教育を受けたクラーラは当然知っている。だが、ここでエステルたちに教えるのは内容的に躊躇われた。


「あ、え、えっと、そ、それは……」

「仕方がありませんね。ここは口で説明するよりも知識を持っているマスターとクラーラ様が実技をもってみなさんに教えると――」


 ドゴォッ!

 凄まじい打撃音ののち、フォルの頭は壁に深々とめり込んだ。


「うーん……」


 一方、トアは腕を組んで何やら考え込んでいた。

 マフレナやジャネットはしょうがないにしても、エステルが知らないというのはおかしな話だ。なぜなら、こうしたいわゆる性知識に関する内容は聖騎隊養成所の座学で教わるはずだからである。

 確か、あの時は男女でクラスが分かれたため、一緒に授業を受けたわけではないが、真面目なエステルがサボるとも思えない。原因は他にあると分析したトアは必死に当時の記憶を思い出し、


「あ」


 とある容疑者の姿が思い浮かんだのだった。



  ◇◇◇



 結局、エステル、ジャネット、マフレナの三名は改めて講師を呼び、正しい知識を身につけるための講義を受けることになった。

 一方、トアとクラーラはエステルに誤った知識を植え付けた犯人を捜すためエノドアへとやってきていた。


「ここに犯人がいるの?」

「ああ……思い出したんだ」

「? 何を?」

「あの日……例の授業が行われた日だけど、エステルは風邪を引いて欠席したんだ」

「! じゃ、じゃあ!」

「確かネリスが代わりに内容を教えるって話になったはず」


 容疑者はネリスだった。

 ふたりがエノドアの町中を歩いていると、町の子どもたちに剣術を教えていたネリスを発見する。


「あら、どうしたの?」


 いつもと変わらぬ調子で尋ねてきたネリスに、トアとクラーラは神妙な面持ちで疑惑を投げかけた。


「ネリス……実は――」


 さすがに「子どもの作り方についてだけど」などとストレートに聞くことはできなかったので、やんわりとそれっぽいニュアンスを漂わせて問い詰める。

 その結果、


「そう……とうとうバレちゃったのね」


 ネリスは容疑を認め、自供した。


「どうしてあんな嘘を……」

「もちろんダメだってことはわかっていたわ。だけど……真実を知ったらショックを受けると思って」

「ま、まあ、気持ちは分からなくはないけど……」


 クラーラはネリスの葛藤に対して理解を示した。トアも、同期生にあの内容を伝えるのは酷だろうなと思っている。

 だが、ネリスからさらに恐るべき真実が語られた。


「まさかコウノトリさんに運んできてもらったなんて言えないわよね」

「「は?」」


 ここでもまさかのすれ違いが発生。

 どうやらネリスも間違った知識を教えられていたらしい。


「な、なら、諸悪の根源は――はっ!?」


 トアは気配を察知して振り返る。

 そこにはレナード町長とにこやかに話をするヘルミーナの姿が。


「……そういえば、あの時、女子側の講師はヘルミーナさんだったな……」


 それを思い出したトアはふたりへと近づき、ヘルミーナから詳しい事情を聞きとることにした。


「こんにちは」


 ふたりに軽く挨拶を交わすと、早速本題をぶつける。


「ヘルミーナさん。実は――」


 トアがここまでの流れをヘルミーナに説明すると、その表情はだんだんと分かりやすく曇っていった。このことから、トアとクラーラは確信に至る。


「やはり……ネリスやエステル――いや、当時の女子たちに誤った知識を与えたのはあなただったんですね」

「……だって、言えるわけがないじゃないか」


 声を震わせながら、ヘルミーナは自供する。


「男の×××を女の×××に×××して×××したあと×××に至り×××を×××することで×××するなど、大勢の女子生徒の前で言えるわけがないだろ! なんなんだあの羞恥プレイは! 私だってまだ経験したことないのに!」

「ヘルミーナさん! 外! ここ外だから!」

 

 レナード町長とトアとクラーラが取り乱すヘルミーナを必死になだめる。

 ともかく、こうして誤った知識を流布した犯人は特定されたのだった。




 その後、ネリスも加えて正しい性知識を覚えようと講義が開かれたのだが……講師がいけなかった。

 立候補したのは美少女へのセクハラを趣味とする八極の黒蛇ことシャウナだった。シャウナは大変生々しい表現を駆使して女子生徒たちに男女の営みについてしつこいくらいに詳しく解説をした。

 そのため、講義終了後、エステル、ジャネット、マフレナの三人のトアに対する反応がどことなくよそよそしくなるという事案が発生。さらにエノドアでも混乱を招いていた。


「お、戻ってきたか、ネリス」

「飯食いに行こうぜ」

「っ! 近寄らないで!」

「「!?」」


 ネリスはしばらくの間、クレイブやエドガーをはじめとする男性団員の顔をまともに見ることができなかった。

 こうして、黒蛇によるセクハラ講義の誤解が解けるまで、要塞村とエノドアではちょっとしたパニックが起きたのであった。

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