第108話 真夏の夜の恐怖

※次回は明後日土曜日に投稿予定です。



 周辺調査を終えて戻ってきたフォルたちの話を聞くと、周囲に魔獣の痕跡は確認できなかったという。

 恐らく、この地よりも遠くの場所で襲われ、卵を抱えるようにして逃げてきたのではないかという仮説が立てられた。しかし、その真相を知る術はなく、警戒を強めていくということで落ち着いた。


 そして、卵の母親としてトアが任命したのはマフレナだった。

 第一発見者であることと、母竜の最後を看取り、その気持ちを汲んだところが決定の要因となった。


「私がこの子を必ず幸せにしてみせます!」


 卵を抱えながら、マフレナは決意表明。だが、もちろんマフレナひとりにすべてを任せるのではなく、村民が一丸となってドラゴンを育てようということで意見が一致していた。


「しかし、こうなってしまうとマフレナ様は未婚の母になるわけですね」

「う、う~ん……そうなるのかなぁ……」

「こうなったらマスターが父親役として――」

「「…………」」

「エステル様とクラーラ様の顔がかつてないほどの迫力を!?」


 さすがにトア=父親役はあらゆる方面に支障をきたしそうなので却下となった。


「しかし……ドラゴンの育成とはのぅ」


 いつの間にか村に戻っていたローザが卵を眺めながら言う。


「やっぱり……難しいですかね?」


 トアが不安げに小さな声でローザに尋ねる。だが、ローザは首を横に振ることでトアの心配をかき消した。


「ドラゴンには間違いなく親子の情がある。産まれた時からしっかりと教え込めばきっと強い味方になってくれるはずじゃ」


 ドラゴンが守る要塞――そう聞いただけで、大抵の侵略者は尻込みして逃げ出しそうなインパクトはあった。もちろん、それはあくまでも副産物的なものとして考えている。あくまでも親を亡くしたドラゴンの親代わりとして自分たちがしっかり育てていこうという考えが根底にあった。


「まあ、心配はいらんじゃろう」


 楽観的に聞こえるローザの言葉だが、裏を返せばそれくらい余裕の態度で構えていても問題はないともとれる。

 とにもかくにも、こうして要塞村によるドラゴン育成計画はスタートしたのだった。



  ◇◇◇



 同日――深夜。


「ふああ~……」


 大きなあくびをしながら体を伸ばしたのは工房にこもるジャネットであった。


「いけない……もうこんな時間……トアさんに夜更かしはほどほどにするよう言われていたのに、これではまた怒られてしまいますね」


 目をこすりながらそんなことを言うジャネットの視線の先には、イスに腰かけたフォルの姿があった。しかし、今のフォルは魔力供給を遮断した状態にあるため、喋ることも動くこともない、ただの甲冑の状態だった。フォルのメンテナンスをする際は基本的にこのような状態で行う。

 ちなみに、フォルは夜間も現在のように活動停止になっていることが多い。生活リズムを人間に近づけるためだという。目覚める時は事前に設定した時間に魔力供給が自動で行われるようになるため、以前とは違い、誰かの手を借りずとも起きられるようになっている。


「それにしても……研究すればするほど、フォルを作り上げた人は凄いですね」


 まじまじとフォルを眺めながら、ジャネットはそんなことを思う。


「自律型甲冑兵の発案者は確かレラ・ハミルトンという名前でしたね……帝国が生んだ天才女性魔法学者の名に恥じない仕事ぶりです」


 フォルの開発者についてはローザが持っていた本から情報を得ることができた。

 ザンジール帝国軍所属。

 レラ・ハミルトン。

 帝国が生んだ天才魔法学者。

 自律型甲冑兵だけでなく、神樹ヴェキラの制御にも成功するなど、二十四歳という若さにして帝国軍を支えていた彼女は、終戦後、その身柄を連合軍に拘束された。そして、自由にする代わりに彼女がこれまで携わってきた魔法に関する情報を提出するよう求めたが、結局、彼女はそれに従わず、牢獄の中で自害したと言われている。

 恐らく、彼女が今も健在であったなら、世界最高の魔法使いという称号はローザのもとになかったかもしれない。


「……是非一度、お目にかかりたかったですね」


 ジャンルは違うが、技術者として天才レラの話を聞きたいと、ローザから借りた書物を読んでジャネットは常々思っていた。もっとも、すでに彼女はこの世を去っているため、それは叶わぬ願いなのだが。


「さて、と……私もそろそろ寝ましょうかね」


 簡単に片づけを済ませて、ジャネットは自室へ戻るため工房のドアへと手をかけた――まさにその時。



 ――カサカサカサ。



「!?」


 ジャネットは大慌てで振り返る。

 が、室内のどこにも目立った変化は見られない。


「…………」


 じっとりと汗で肌が濡れる。

 去年までは一度も見かけなかった《ヤツ》が、この神聖な工房に足を踏み入れたようだ。


「くっ!」


 自分ひとりではどうしようもできないと悟ったジャネットはフォルを再起動させる。


「……? ジャネット様? まだ朝ではないようですが?」


 突然起こされたフォルは状況把握のためジャネットに情報を求めるが、何か怯えた様子のジャネットは著しく冷静さは欠いた状態にあり、フォルへの説明もままならない。

 すると、ジャネットはある案を思いついてそれをすぐにフォルへと伝える。


「フォル! すぐにサーチ機能を発動させてください!」

「え? で、でも、一体何を――」

「いいから早く!」


 いつもとは異なるジャネットの反応に驚きつつ、フォルはサーチ機能を発動させる。


「それを使って、この部屋に私たち以外の生き物がいないか確認してください」

「分かりました」


 全身から淡い光を放ち、周囲を見回すようにしてサーチ機能を使用するフォル。その分析結果はすぐに出た。


「ジャネット様」

「どうでしたか!」

「現在、この部屋にいる僕たち以外の生物反応は――全部で七つ確認できます」

「なっ!?」


 ジャネットは思わずふらつく。敵は一匹ではなく複数いるのか。――だが、まだ救いの手はある。


「な、七つといっても、それはすべて違う生物なのでしょう?」

「詳しい解析は難しいですが……大きさや動き方からして同種の生き物――これは昆虫ですかね? ともかく同じ生き物と思われます」

「!?」

「黒光りするボディによく動く二本の触覚……それにしても随分とすばしっこいですねぇ。あと、テーブルや棚の裏側に隠れるような形で活動している……他の昆虫とは少し生態が異なるようです」

「…………」

「あ、この昆虫がよく言われるゴ――」

「ストップ!!」


 恐れていた敵の特徴をスラスラ述べるフォルに、ジャネットはとうとう待ったをかけた。とにもかくにも、ここにその敵が潜伏していることは間違いないようなので、ここはフォルにその退治を依頼する。


「フォル……悪いのですが、その敵を速やかに駆除していただけませんか?」

「? もしや、苦手なのですか?」

「え、ええ」

「それは妙な話ですねぇ」


 ジャネットが敵の存在を恐れていることに、フォルは違和感を覚えているようだ。しかしジャネットからすれば、フォルのその反応こそ違和感がある。


「ど、どういう意味ですか?」

「どういうって……ジャネット様はてっきり慣れているのかと」

「……なぜそのような判断を?」


 さらにジャネットが追及すると、フォルは静かに語り始めた。


「ジャネット様の私室」

「私の部屋?」

「あの部屋にもいるじゃないですか」

「!?」

「それも……この工房よりもたくさん」

「!?!?!?」

「ですから平気なのだとばかり――ジャネット様?」


 無言になり、俯くジャネットを心配して歩み寄るフォル。だが、次の瞬間、夜の静寂を切り裂くがごとく放たれたジャネットの悲鳴に、村民は全員たたき起こされ、何事かと大騒ぎになったのである。




 その後、衛生的にもヤツらを野放しにしておくのは危険だというジャネットの魂の訴えにより、害虫侵入を防ぐための簡易結界魔法が張り巡らされることになったのだった。

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