第107話 新たな《脅威》の可能性
※次回は22日の木曜日に投稿予定です。
ローザとテスタロッサが再会を果たしていた頃、母竜の捜索網は冥鳥族のアシュリーとサンドラの姉妹が加わり、さらなる拡大に成功していた。
そして、とうとう上空から捜索をしていたアシュリーが母竜と思われるドラゴンの巨体を発見し、詳しい場所を教えてもらってそこへ向かうことにした。さらに、分かれていた部隊は一度合流することになり、捜索隊全員で母竜のもとへと急いだ。近づくほどに母竜の気配は色濃くなり、フォルのサーチ機能にも反応が出たり、マフレナが臭いを感知できるようになっていく。
――が、それによって返ってきたふたりの反応は決して良くはなかった。それが意味するところを、トアや他の捜索隊メンバーはすぐに察する。
「……あの卵の母親かどうかまでは断言できませんが、この近くにいるドラゴンはかなり弱っています」
フォルが冷静に現状を伝えると、トアたちは「やはりそういうことか」と落胆の色を隠せないでいた。それでも、せめて卵が無事なことだけは伝えたいというマフレナの想いに全員が賛同。母竜探しを再開し――ついに大きな滝の近くで体を横たえている母竜を発見することができた。
しかし、フォルやマフレナが示した反応の通り、母竜は全身傷だらけで呼吸も弱く、もはや息絶える寸前であった。
「あれがドラゴンか……」
生まれて初めて見るドラゴンの姿にトアと同じく初見のエステルは圧倒的なまでの存在感に息を呑んだ。
強さの証明ともいえる鋭い牙に、弱っているとはいえ迂闊に近づけば食いちぎられそうな気配を漂わせる瞳。あらゆる生物の中でも上位に位置づけられる生き物――その由縁をこれでもかと思い知らされた。
「……わふっ!」
すると、マフレナが駆け出し、ドラゴンの前に立つ。
「マフレナ様、そちらのドラゴンがあの卵の母親かどうかはまだ――」
「いえ、分かります。あの卵の母親はこちらのドラゴンさんで間違いないです」
フォルが呼び止めようとするが、マフレナはきっぱりとそう言い切った。トアたちは「どういうことだ」と互いに顔を見合わせる。マフレナがそう断言できるだけの要素について見当がつかなかったからだ。
「まさか……母性!?」
クラーラが半ば冗談半分に言うが、ドラゴンへと近づいていくマフレナの背中を見ているとそれもまんざら見当違いではなさそうだ。
「あの!」
弱っているドラゴンにも聞こえるよう大きな声で話しかけるマフレナ。その声が耳に届いたようで、ドラゴンの視線がゆっくりとマフレナに向けられる。ドラゴンに自分たちの言葉が通じるのかという懸念はあったが、今の行動を見る限り通じているように思える。
「あなたの卵は私たちの村で大事にしています。安心してください」
マフレナがそう告げると、ドラゴンは目を細めた。見ようによっては笑っているようにも映る。それから、ドラゴンは巨体をゆっくりと動かし、顔をマフレナへと近づける。その鼻先へ手を添えたマフレナは目を閉じて優しく語りかける。
「……分かりました。あの子は私たちが大切に育てますよ」
マフレナの言葉に対し、ドラゴンは「グオオ……」と弱々しく声をあげる。そのやりとりはまるで本当に会話を交わしているようだ。
「マフレナ……あれもう会話してないかな?」
「ドラゴンと会話ができる能力ってこと?」
トアとクラーラはマフレナの隠されていた力に驚愕をするが、反対にフォルは落ち着いた口調で自身の考えを述べる。
「言葉というより、相手のドラゴンの細かな仕草からそう伝えているのだろうと予想しているのではないでしょうか。狩りに出ている時のマフレナ様はよく『狩りのコツは獲物の気持ちになることですよ!』と力説しているので」
「だとしても……あそこまでくるともう普通の会話と変わらないんじゃないか?」
「或いは、マフレナ様に秘められた力が開花した瞬間かもしれませんね。あらゆる生物と会話ができるという」
「マフレナの場合はちょっと違うんじゃないかしら」
そう言いだしたのはエステルだった。
「無邪気で優しくて元気いっぱい……世界中の誰とでも友だちになれちゃいそうな感じがしない?」
「それはそうですが……それと本件の因果関係は――」
「あるのよ。マフレナは誰とでもすぐに打ち解ける。それがたとえドラゴンでもあっても」
エステルのマフレナ評に、クラーラも賛同する。もちろん、トアもそう思っているし、ああは言ったものの、フォルもマフレナのそういった魅力は理解しているつもりだ。
その後、卵の母親であるドラゴンはマフレナに抱かれながら息を引き取った。このまま野ざらしにしておくのはよろしくないと考えたトアにより、ドラゴンを埋めるための作業を始めるようにドワーフたちへと伝える。ジャネット率いるドワーフ族はこれに応え、早速大がかりな穴掘りの準備を始めた。
その様子を眺めていたフォルは、トアへと近づくと小声で話しかける。
「マスター」
「うん? どうした?」
「あのドラゴンの死因についてですが……」
「分かっている。全身についた傷は自然にできたものじゃない。誰かにつけられたものだ」
ドラゴンが衰弱する原因となった痛々しいたくさんの傷。全生物の中でも屈指の戦闘力を誇るドラゴンをそこまで弱らせるだけの力がある存在は限られる。
そんな中で、トアはある生物の存在を気にしていた。
「魔獣……かもしれないな」
かつて、自分とエステルが住んでいたシトナ村を襲った魔獣。その体躯は目の前で横たわるドラゴンよりも大きかったと記憶している。
当時はまだ小さかったし、状況が状況なだけに記憶が脳内で勝手に改ざんされているという懸念もあったが、聖騎隊の魔獣生態学の講義では少なく見積もっても50~60メートルはあると書かれていた。
その際、謎とされているのが普段の生息地だ。
これだけの巨体が誰にも知られず生きていけるとは思えない。それに、魔獣の数は数体レベルではなく、複数個体発見されている。その種類は現在判明しているだけで20種以上になると言われている。
これだけの大きさと数のある生き物が巣にしている場所はこれまで誰も見たことがないというのは不自然極まりないが、その不自然さがかえって魔獣という生物の不気味さを演出しているともいえた。
「……僕もそう言おうと思っていました。マスター、僕はもうしばらくこの辺りを調査していきます」
「分かった。でも、無茶はしないようにな」
「心得ています」
トアは孵化が近いという要塞村に残してきた卵のことが気になるので、マフレナやエステルなど数名と共に一旦戻ることにした。その一方で、ドラゴンを傷つけた原因調査のため、フォルやクラーラはドワーフたちと共に森へ残ることとなった。
「あとはローザさんたちだけど……」
「あの人は心配いらないと思うわよ」
「わふっ! きっとお腹が空いたら戻ってきますよ!」
「だね」
八極のひとりであるローザが道に迷ったりはしないだろうと踏んだトアたちは、先に村へ戻ることにした。
◇◇◇
トアたちが分かれる数分前。
「やれやれ……ワシらが本腰を入れて捜索をしようと思った矢先に見つけるとはのぅ」
ローザとテスタロッサは村人たちがドラゴンを見つけ、また、亡くなったドラゴンのために墓を作っているところに遭遇した。
「あれが要塞村の住人たち……」
「そうじゃ。驚くじゃろ? あれだけの種類の種族が同じ村で協力しながら生活を送っておるのじゃ」
誇らしげに、ローザは言う。
「今から百年前……ワシらが理想として描いていた世界の姿が、この村にはある。いつか、すべての国が要塞村のようになれれば……ワシはそんな夢を描いておる」
「…………」
ローザの語りに耳を傾けながらも、テスタロッサの視線は愛弟子であるクラーラに注がれていた。
「気になるか?」
それに気づいたローザが声をかけるが、テスタロッサは特に答えることもなく、背を向けて歩きだした。
「お主も……自分の中で決着をつけてきたらこの村に住むといい」
「……考えておくわ」
死境のテスタロッサは小さく手を振ってローザの呼びかけに応えると、深い森の中にその姿を溶かしていった。
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