第106話 ローザとテスタロッサ

※次回は20日の火曜日に投稿予定です!



「あなた……もしかしてローザ? どうしてそんな縮んでしまったの? 昔はもっと背も胸も大きかったでしょう?」

「いろいろあったんじゃよ」

「そう」


 昔に比べるとかなり劇的な変化なのだが、テスタロッサは軽く流した。ローザ・バンテンシュタインという女の性格からして、そういうことをしそうだと納得したのだろう。


「ともかく、久しぶりね」

「そうじゃな。お主は勲章授与式にも参加しなかったらな。――で、ワシの質問に答えてもらおうか? ここで何をしている?」

「ちょっと探し物があったのよ」


 表情を変えず、あっけらかんとした態度でテスタロッサは答えた。



 八極のひとり――死境のテスタロッサ。

 彼女は死んだ人間の恋人をよみがえらせようと死霊術士となり、禁忌魔法のひとつである死者蘇生を実行するも失敗してダークエルフとなった。間違いなく、八極の中でもっとも辛く厳しい過去を持つメンバーであった。



 そんな彼女が屍の森にいる。

 ローザはその理由が知りたかった。


「探し物じゃと? ……まさかお主、まだアンドレイをよみがえらせようと!?」


 アンドレイというのはテスタロッサが愛した人間の男性の名前だ。ローザはテスタロッサの目的が禁忌魔法である死者蘇生の実行だと踏んだが、実際は違うようでテスタロッサはゆっくりと首を横へと振った。


「あの失敗はもう取り戻せない。どう足掻こうと、死者をよみがえらせることは叶わないと知ったから」


 テスタロッサは一度の過ちで理解していた――自分では禁忌魔法を発動させられないということを。


「本当ならあなたに依頼をしたいところだけど」

「ワシはそのような魔法に手を付けるつもりはない」

「知っているわ。冗談よ」

「冗談? ……お主、冗談など言えたのか?」


 かつて、八極として共に戦場を駆けていた頃はそのような素振りなど微塵も感じさせなかった。淡々と、そして黙々と、立ち向かってくる帝国兵をなぎ倒していくその姿はまるで名画を眺めているような感覚にさせるほど美しく、力強かった。

 その一方で、八極のメンバーとの交流は少なく、ローザやシャウナが話しかけても最低限の返事にとどまることがほとんどであった。

 なので、ローザからすると今のように冗談を言うなんて以前のテスタロッサからは想像もできないことだったのだ。


「風の噂で、終戦後は神樹ヴェキラの研究に熱を入れていると耳には入っていたけれど……あなたがいるということはこの森が屍の森かしら」

「なんじゃ、知らずにここまで探し物を求めてきたのか」

「あのドラゴンを追うのに必死でそこまで頭が回らなかったわ」

「ドラゴンじゃと?」


 今、自分たちが探しているのもドラゴン――ローザはもしやとさらに詳しい情報を聞き出そうと話を続ける。


「奇遇じゃな。ワシらも今ドラゴンを探しておるのじゃ」

「ワシ『ら』?」


 ローザ単体だけでなく、複数人で探しているところにテスタロッサは疑問を抱いたようだった。


「あなた、ひとりで研究をしているのではないの?」

「いろいろと訳ありでな。今はここに新しくできた村の一員として、ここらにいるはずのドラゴンを探しておる」

「村? ハイランクモンスターがうろついているここに?」

「ただの村ではない。あそこは――」


 不意に、ローザは口をつぐんだ。

 要塞村の話をしようとした時、頭の中にある少女たちの姿が浮かんだからだ。


「…………」

「どうかしたの?」

「お主……クラーラという少女を覚えておるか?」


 ローザがクラーラの名を口にすると、テスタロッサはこれまでに見たことがないほどの動揺を見せた。


「な、なぜあなたがクラーラの名前を?」

「あの子も今、その村に住んでおるのじゃ。クラーラだけではない。メリッサ、ルイス、セドリック――それ以外にもエルフ族の若者たちが要塞村で暮らしている」

「要塞村……そういえば、この森には無血要塞と呼ばれるディーフォルがあったわね。あそこに暮らしているというの?」

「これがまた面白いジョブを持った男がおってな。……そうじゃ!」


 話の途中で名案を思いついたローザがポンと手を叩く。


「お主も要塞村へ住め!」

「私が?」

「そうじゃ! 同じく八極に名を連ねたシャウナも一緒にそこで暮らしておるぞ」

「あの気まぐれな黒蛇が定住なんて……にわかには信じられないわね」

「それほど住み心地の良いところなのじゃよ。それに……クラーラたちはお主に会いたがっておるぞ」


 再びクラーラの名を出すと、テスタロッサの表情に暗さが増す。

 ローザは感じ取っていた。

 死霊術士となり、禁忌魔法に手を付け、ダークエルフとなってオーレムの森から永久追放処分となったことに対して、後ろめたい気持ちがあるのだ、と。

 クラーラたち若いエルフにとってのテスタロッサは強くて優しい頼れるお姉さんという感じであった。そんな自分が、ダークエルフとなっていることを知られたくはないのだろう。


「テスタロッサ……お主は……」

「せっかくのお誘いで悪いけれど――私はまだあの子たちのもとへ戻れないわ」

「そうか……」


 案の定、テスタロッサは要塞村入りを拒んだ。しかし、ローザはしかと聞いていた。断りの中に「まだ」という単語が含まれていたことを。テスタロッサは自分の中でひとつの決着をつけようとしている。それが終われば、きっとまたクラーラたちのところへ帰ってくるだろうと確信した。


「では、お主の気が変わるのを気長に待つとするかのぅ。――で、お主の探し物というドラゴンの居場所についてじゃが……そもそもなぜドラゴンを探しておる」

「あのドラゴンは死ぬ寸前だった。けど、強い心残りを感じたのよ。このままでは死んでも死にきれない。その強い無念の想いをそのままにしておくわけにもいかないから、私の死霊術で魂を封印した後、その理由を聞き出そうと思って」

「お主、ドラゴンと会話ができるのか?」

「生前のドラゴンとはできないけれど、魂となれば話は別よ。――それで、あなたたちはなぜドラゴンを?」

「村に住む銀狼族の若い娘がドラゴンの卵を持ち帰ってのぅ。この近くに親がいれば返そうと思ったのじゃが」

「卵? ……なるほどね。あのドラゴンが抱いていた強い気持ちがなんなのか分かった気がするわ」


 テスタロッサはおもむろに手を前へと突き出す。すると、青白く光る小さな球体が手の周りを飛び交い、それはやがて一ヵ所に集まると本へと姿を変えた。


「私の従霊たちを総動員して捜索に当たらせるわ。あのドラゴンはひどいケガを負っていたからそう遠くへは行っていないはず。それに、恐らく、そのドラゴンの無念の正体はあなたの住む村人が持ち帰ったという卵にあるようだから」

「じゃろうな。では、ワシは箒で空から探るとしよう」


 ローザは箒を魔法で呼び出し、それに跨って上空へと舞い上がる。一方、テスタロッサは本を開くと、白紙のページにそっと人差し指を添えた。


「出てらっしゃい」


 そう呼びかけると、白紙のページからいくつもの光が飛び出してくる。それはやがて人の形へと姿を変えてテスタロッサの前に跪いた。


「この森のどこかにいるはずのドラゴンを探してきなさい」


 テスタロッサが命じると、従霊たちは方々へ散っていった。

 八極のひとり死境のテスタロッサも加わり、母竜の捜査網はさらに拡大をしていく。

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