第105話 母竜の居場所
マフレナの妊娠騒動の真相が発覚し、事態は収束をたどる――はずであったが、持ち帰ってきたのがドラゴンの卵だったことがフォルのサーチ機能で判明し、村長トアは今後の方針についての話し合いをするため各種族の代表者を集めて緊急集会を行った。
「ドラゴンの卵とは驚いたのだ~」
「きっと母竜は探し回っていることだろう」
大地の精霊代表のリディスと王虎族代表のゼルエスは平静を装いつつも、険しい空気を醸し出している。レア種族であり、実力も伴うこのふたりがそのような態度をとることから、ドラゴンと呼ばれる種族がいかに驚異的であるのかがうかがえた。
そして、それは銀狼族も同じだった。
「マフレナよ……森で見つけた物を誰にも報告せず持ち帰ったのは軽率な行動だったな。トア村長に一言でも相談をしていれば、もっと慎重な判断ができたはずだ」
珍しく娘のマフレナに厳しい言葉を投げかけるジン。
「わふぅ……ごめんなさい」
それを受けて、マフレナは耳も尻尾もペタンと萎れ、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「……いやしかし、素直に自分の過ちを認め、謝罪できたことは素晴らしい。うん。それはとてもいいことだぞ」
娘の落ち込む様を見かねてか、やっぱり甘くなってしまう父ジンであった。
「それにしてもドラゴンとは……俺はまだ本物を見たことがないんだよなぁ」
「私もそうね」
とりあえず話を進めようとトアがそう切り出し、エステルも続いた。
「ドラゴンねぇ……オーレムの森にいた頃、一度だけ空を飛んでいるところを見たことがあるわ」
「私は鋼の山の中腹辺りで羽を休めている姿を目撃したことがあります」
エルフ族のクラーラとドワーフ族のジャネットはさすがに長く生きているだけあって目にしたことがあるようだ。――しかし、その生態などについては詳しく知らないらしい。
「実際のところ、ドラゴンって人を襲うことがあるんですか?」
トアがそんな疑問を投げかけたのはローザだった。世界最高の魔法使いである枯れ泉の魔女ならば、ドラゴンについての知識も豊富だろうと踏んでの人選だった。ローザはトアの期待にしっかりと応えた。
「正直に言うと、断言はできん。ドラゴンも我らと同じで個性というものがある。好戦的な者もおるし、もちろん平和主義者なヤツもおる。一概にドラゴンだからどうだと括れるものではないな」
「なるほど……」
さすがは八極。分かりやすく丁寧な解説だとトアは感心する。
「ただ、すべてのドラゴンに共通しておるのは……ヤツらは魔獣を敵対視しており、世界中のあちこちで魔獣とドラゴンの死闘は目撃されておる」
「魔獣……」
その言葉が聞こえた途端、トアとエステルの表情が曇る。故郷を滅ぼし、両親を殺した魔獣の恐怖は未だに拭い去れていないのだ。
「でも、だとしたらドラゴンと私たちは共闘できるんじゃない?」
トアとエステルが過去を思い出して暗い空気が漂い始めた中、そんな流れを払拭しようと切り込んだのはクラーラだった。
「確かに、敵が共通しているのならば共に戦うという選択肢もあるじゃろうが……実現はまず不可能じゃろうな」
「相互理解が必要になりますからね。そうなってくると、ドラゴンの言葉を理解し、会話のできる能力を持った人物が不可欠となるでしょう」
「ふふ、そうじゃな。しかし、そのような都合の良い能力を持った者などさすがにおらんじゃろう。仮にいたとすれば、その者は重宝されることじゃろう」
フォルの語る「ドラゴンと話せる人物」について、ローザは夢物語だと言わんばかりの反応だった。
「ともかく、今はこの卵を母竜に返すことが先決です」
復活したトアはそう宣言し、すぐに捜索隊を結成して卵のあった場所の周辺を詳しく調査してみることにした。
捜索隊結成の準備をしている途中、トアのもとへマフレナがやってきた。
「トア様……本当にごめんなさい」
マフレナは自身の勝手な行動を後悔し、トアへと謝罪する。
だが、トアには分かっていた。森の中で卵を発見し、辺りに母親の気配を嗅覚から察知することができなかったマフレナは、このまま放置しておくとモンスターのエサとなってしまうことを可哀そうに思い、この村へと持ち帰ったのだと。父ジンの言っていたことも最初から理解していた。それでも放っておけなくて、だから誰にも見られないよう隠しながら卵を持って帰ってきたのだ。
「大丈夫だよ、マフレナ」
優しいマフレナの行為――だがそれは、一歩間違ってしまうと母竜の逆鱗に触れ、村の壊滅へとつながる可能性もあった。
が、トアはマフレナを安心させるため頭を撫でる。
「あの卵が心配で持ち帰ったんだろう?」
「……はい」
「だったら、あの卵はなんとかしないとな」
「トア様……」
「マフレナの抱える悩みは、俺たち要塞村に住むみんなで解決していけばいい」
「っ! はい!」
トアからの想いを受け取ったマフレナは、それまでの悲しげな表情から一転して明るく「らしい」笑顔を浮かべるのだった。
そのやりとりを、エステル、クラーラ、フォルの三人が眺めている。
「……いいなぁ」
「……ええ」
どうやらマフレナが撫でられているのを羨ましがっているようだ。それを知ったフォルは早速ふたりをいじることに。
「それにしても卵ですか。まさに男と女の愛の結晶というヤツですね」
「あんたからそんな言葉が出てくるなんて意外ね」
「確かに、僕は普段あまりそのような発言はしませんが……なんだかあのおふたりを見ていると思うんですよ」
「何を?」
「卵――つまり子どものことについて話し合っているあのふたりはなんだか本物の夫婦に見えますよね」
「「!?」」
エステルとクラーラが物凄い勢いでトアとマフレナへ向き直る。
「もし、母竜が見つからないのであれば、きっとあの卵の育て役にはマフレナ様が就任するでしょうからね。そうなると、きっとふたりは今以上に夫婦っぽい感じになると思うのです」
ここらでクラーラから「うっさい!」と鉄拳が飛んでくるはず――と、身構えていたフォルだが、ふたりは予想外の反応を見せていた。
「「トアの子ども……」」
これまでに感じたことのない異様なオーラに包まれるエステルとクラーラ。これはよろしくない事態だと察したフォルはすかさずフォローへと回る。
「あ、あの、おふたりとも? 今の発言はいわゆる甲冑ジョークというものですので本気にしないでくださいよ?」
「「…………」」
「せめて何か言ってください!」
とうとうフォルは涙声になった。
――結局、いつもいじられている腹いせに一芝居打ったとふたりから説明されるまで、フォルの弁明は続いたのだった。
◇◇◇
捜索隊のメインとなるのはフォルと銀狼族であった。
まず、フォルのサーチ機能に期待が寄せられたのだが、これには有効範囲があるらしく、森全体をカバーすることはできないのだという。なので、森を歩き回る必要があった。
一方、銀狼族はその嗅覚を利用してドラゴンを探すこととなった。
「よし、じゃあ行こうか」
村長トアはマフレナを中心にエステル、ジャネット、ローザの五人組で捜索に当たることとなった。ちなみに、グループ分けは中心となるフォルと銀狼族以外くじ引きという公正な手段によって決められた。
「…………」
「クラーラ様、そのように怖い顔をしてくじを眺めても結果は変わりませんよ?」
「うっさいなぁ! 分かってるわよ!」
トアと同じグループになれなかっただけでなく、そこにはライバルたちが集っていることにクラーラは焦りを覚えているようだった。
ともかく、グループ分けが終わったので早速森の中へと入り、母竜の捜索が始まった。
マフレナからの証言によると、卵を発見したのはいつも金牛の狩りに利用している場所なのだという。ただ、その近辺から他の生物の臭いを感じなかったので、卵の近くに母竜がいたというわけではないようだ。
捜索隊は卵が発見された場所を中心に手分けして探すため散開する。
――二時間後。
未だ手掛かりすら掴めていない状況に、トアは焦りをのぞかせた。
「しかし、こうも捜索範囲が広いとなかなか厄介ですね」
一緒に探しているローザへ語り掛けたつもりであったが、そこにローザの姿はなかった。ついさっきまで横にいたはずなのに、と辺りを見回すがどこにもローザの姿は見えない。
「ローザさん……?」
行方をくらましたローザ。
果たして、彼女はどこへ消えたのか。
トアがローザを見失うおよそ五分前。
母竜捜索中にある気配を感じ取ったローザは、トアたちには何も告げずにこっそりと捜索隊を離れて森の奥深くまで足を運んでいた。
決して、母竜の気配を察知したからではない。もっと別の存在を確認したため、それが正しいのかどうか見に来たのだ。その結果――ローザの察知した通りの人物がそこにいた。
「ここで何をしておる?」
森のど真ん中――木々に囲まれ、木漏れ日が薄っすらと地面を照らすその場所でローザが見つけた女性。彼女は呼びかけに応えてゆっくりと振り返った。
白髪で、褐色の肌。そして特徴的な尖った耳。何よりも印象深かったのは、彼女が手にしている自分の身長より大きいのではないのかと思われる巨大な鎌だ。
ローザは女性がこちらを向いたと同時に口を開く。
「終戦後にこうして直接顔を合わせるのは初めてかのぅ……テスタロッサよ」
その人物とは八極のひとりである《死境のテスタロッサ》であった。
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