第104話 トアの結婚騒動【後編】
※次回投稿は8月16日の金曜日を予定しています。
マフレナの妊娠疑惑に端を発したトアの結婚騒動は、たちまち要塞村を混乱のどん底へと追いやった。
「いやぁ……驚いた……おじいちゃんになるのか……」
しみじみと思いにふけるのはマフレナの父親であり、銀狼族のまとめ役を担うジン。王虎族のゼルエスと冥鳥族のエイデンが、そんなジンを祝福している。
「おめでとう、ジン殿!」
「初孫ですか。うちも、いつかはアシュリーやサンドラに赤ちゃんが……いかん。想像しただけで泣けてきた」
「おふたりとも気が早いですよ! まだそうと決まったわけではないのですから!」
そう語るジンだが、娘のマフレナが子供を作ろうとする相手など村長のトアに以外に考えられない。まず間違いなく、マフレナのお腹にいるのはトアの子だろう。
ただ、気がかりなことがある。
「それで、肝心のマフレナ嬢はどこに?」
ゼルエスからの質問を受けると、ジンの顔はちょっと険しくなる。
「実は先ほどから姿が見えなくて……」
「まあ、これだけの大騒ぎになりましたからな。きっと当人としては恥ずかしいのでしょう」
「確かに……あの子は普段無邪気ではあるが、根っこは純粋というかまだまだ初心なところがありますからな」
「あっはっはっ」と笑い合うおっさん三人組。
だが、そんな調子で浮かれているのはここだけではなく、要塞村全体が似たような空気に包まれていた。
◇◇◇
トアとマフレナの結婚騒動で浮かれる要塞村において、冷静さを保っている数少ない存在であるフォルは地下迷宮の入り口に立っていた。
「ここのようですね」
ジャネットがつけてくれたサーチ機能を使い、逃げたマフレナの居場所を突き止めようとしたフォル。だが、今日はこの機能が不調のようでいまひとつ明確な位置が掴めないでいた。それでも、なんとか居場所を地下迷宮に絞り込む。
早速地下迷宮へ向かおうとしたフォル――だが、その時、突如異変を知らせる警告音が鳴り響く。
「!? 複数人がこちらへ接近中!? しまった……先ほどからサーチ機能がうまく作動しなかったのは不調ではなく阻害魔法を使われていたのか」
フォルを尾行していることに気づかれないため、阻害魔法で自分たちの存在を消していた追跡者たち。彼女たちは立ち尽くすフォルの前へと姿を現した。
「水臭いわね、フォル」
「マフレナのところへ行くのでしょう?」
「ならば私たちも一緒に行きます」
エステルとクラーラとジャネットだった。
「みなさん……」
フォルは身構える。トアへの想いが強いこの三人が、今回の騒動を静観するなどまずあり得ない。特に、マフレナのお腹の膨れ具合を直接目の当たりにしたクラーラは、当初あまりのショックに放心状態であった。
しかし、今フォルの前に立つクラーラにはいつもの自信溢れる彼女らしい姿があった。どうやら、一緒にいるエステルやジャネットが大きくかかわっているようだ。
「マフレナが妊娠したっていう話だけど……真実は別にあるんじゃない?」
さすがにエステルは冷静だった。
恐らく、クラーラが消えた後、真っ先に訪れたのはエステルのもとだったのだろう。そこで事の顛末を耳にしたエステルが「それはおかしい」と疑問を持ち、一緒にいたフォルならば何かを掴んでいるのではとこうして尾行してきたのだ。
「エステル様……いつの間に阻害魔法を会得したのですか?」
「いろいろと便利だなと思ってローザさんに基礎から学んだのよ? おかげでとても重宝しているわ♪」
笑顔でピースするエステル。要塞村へ来て、ローザに弟子入りをしてからしたたかさが増えたエステル。思わぬ難敵にフォルは思わず笑ってしまう。
「エステル様の言う通り、マフレナ様は妊娠などしていないでしょう。今朝は朝食の席をご一緒しましたが、その時は至って普通の状態でしたし」
「い、言われてみれば……気づいていたのならさっさと教えなさいよ!」
「それを告げるよりも先にクラーラ様が立ち去ってしまったので」
「ぐっ……」
「まあまあふたりとも、今はマフレナを探すことに集中しましょう」
ジャネットが間に入り、一息ついた後、一行はマフレナを探すため地下迷宮第二階層へと潜っていく。
地下迷宮第二階層は静まり返っていた。
そもそも普段から決してにぎやかな場所ではないのだが、それでも潜れば少なくとも五人は出くわす。だが、この日に限っては人っ子ひとりいない。
発光石の照らす薄暗い地下迷宮を進んでいくと、少しだけ開けた空間に出た。そこに、膝を抱えて丸まっているマフレナの姿を発見する。
「「「マフレナ(さん)!」」」
エステルとクラーラとジャネットの三人に名を呼ばれたマフレナは体をビクッと強張らせながらもゆっくりと顔を上げた。その瞳は真っ赤に充血し、頬には涙が伝った跡がある。
「どうしたの、マフレナ!?」
「一体何があったの!?」
「訳を話してください!」
三人が駆け寄ると、堪えてきた感情が一気に爆発したのか、マフレナはエステルたちに飛びかかるようにして抱き着いた。
マフレナを落ち着かせた後、本人の口から真相を聞くことにした。
「あの時、お腹が膨らんでいたのは一体なんだったの?」
「そ、それは……」
クラーラから事件の核心に迫る言葉を向けられると、マフレナは黙ったまま視線を右側へと移動させた。つられるように三人がそちらを向くと――そこには茶色をした卵があった。
「た、卵?」
「それに……かなり大きい」
「なるほど、こいつを衣服の下へ隠すように抱えていたのであのような体型になったというわけですね」
卵は卵なのだが、そのサイズはエルフたちが営む要塞牧場で飼育されている金剛鶏の卵より遥かに大きかった。
「一体なんの動物の卵なの?」
エステルが尋ねると、マフレナは首を横へと振った。
「それが……分からないんです」
「分からない?」
「今朝、いつものように狩りをしに森へ入ったら、この卵が落ちていて……周りに母親の姿も気配もなかったのでなんだか心配になって」
「これだけ大きな卵ですからね。他のモンスターからすればいい栄養源でしょう」
「つまり、落ちていた卵が可哀そうに思えてきて思わず持ち帰ったと?」
クラーラがそう尋ねると、マフレナは静かに頷いた。
「でも、それならどうして私たちに相談をしてくれなかったの?」
「そうよ。ちゃんと話してくれたら手伝ったのに」
「そ、それは……クラーラちゃんたちに見つかった時、迷惑をかけちゃうかなって思って……」
いつも天真爛漫だが、それでいてきちんと周りに気配りのできるマフレナだからこそ、自分が持ち帰った卵が原因で誰かに迷惑をかけるという発想に至ったのだろう。しかし、どうやら打ち明けられなかったのには他にも理由があるようだ。
「そ、その後でやっぱりみんなに話そうってなって、探していたけど……えっと……トア様と私が……」
「マフレナさんがトアさんの子どもを妊娠して結婚するという噂話が暴走した結果、言いだせない空気になっていた、と?」
ジャネットが言うと、マフレナは再び静かに頷いた。
「そういうことね。……て、なんで?」
「大方、クラーラ様がエステル様たちを探している途中、大声で『マフレナがトアの子どもを妊娠した! ふたりは結婚する!』とか叫んでいたのではないですか?」
「…………――っ!?」
どうやら図星らしい。
長考の末に「なんで分かったのよ!」みたいな表情をしながら赤面するクラーラの行動がすべてを物語っていた。
「ともかく、これにて騒動は一件落着ですね。あとは地上で大騒ぎをしている村民のみなさんへ事実説明をすれば万事解決です」
フォルはそうまとめた後、視線を卵へと戻す。その様子を見たマフレナが恐る恐るフォルへと質問する。
「あ、あの、卵はどうなっちゃうんですか?」
「そうですね……とりあえず、なんの生物の卵か確認してみましょう」
「そんなことできるの!?」
「僕の持つ機能ならば可能です」
言い終えると、フォルの額部分から赤く細い光線が放たれ、卵に当たる。その光線はやがて卵に絡みつくような形になり、中身を分析し始める。
「ふむふむ……おっと、この卵はどうやら孵化直前のようですね。あと数日のうちには産まれるでしょう」
フォルの分析結果を、女子四人は興味深げに聞き入っている――と、ここでフォルの様子が一変した。
「! みなさん! 卵から離れてください!」
突如叫ぶフォルの様子に、四人は驚きを隠せないでいた。さっきまでの和やかなムードから一転して緊張感が辺りを包む。
「な、なんなのよ、フォル」
「クラーラ様……これはとんでもない生物の卵です」
フォルは四人を見回し、少しの間を空けてから卵の正体について述べる。
「これは――ドラゴンの卵です」
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