第140話 解決! そして……

 旧型であるフォルの魔法文字を消し去り、改良した自律型甲冑兵と共に世界を牛耳ろうとしていたレラ・ハミルトンの野望は要塞村の面々によって打ち砕かれた。


 トアたちが工房へと戻ってくると、そこでは大粒の汗を流すドワーフたちの姿が。その中心にいたジャネットがトアたちへ告げる。


「みなさん! フォルが――フォルが元に戻りました!」


 そういった直後、ジャネットの背後からフォルがやってくる。


「みなさん、お騒がせしました」


 申し訳なさそうに言うフォルに、エステルやマフレナ、さらにジンやセドリックも飛びついて喜んだ。


「……ったく、心配かけて。まあ、元に戻ったのならそれでいいわ。あんたがいないとそれはそれで静かすぎるし」

「目覚めて早々に素敵なツンデレをありがとうございます、クラーラ様。しかし、僕にはアイリーン様という心に決めた方が――」

「調子に乗るなぁ!」


 クラーラの飛び蹴りが炸裂し、いつものようにフォルの頭が壁に突き刺さった。


「うーん、やはり一日一撃は食らわないと落ち着きませんね」


 見慣れた様子を前に、村民たちから笑顔がこぼれる。




 その後、地下迷宮へと向かったフォルはアイリーンと再会。

 新たに発見された地下の古代遺跡にレラが隠したという霊体から実体化する薬を探すため、この遺跡の調査に全力を注ぐと闘志を漲らせていた。



 何はともあれ、こうして要塞村にいつもの雰囲気が戻ったのだった。



  ◇◇◇



 一夜明け、トアは事の顛末を領主チェイス・ファグナスへと報告するため、ローザ、シャウナと共に屋敷へと向かった。


「精霊女王に続いて帝国の亡霊か……いよいよ神樹を狙う輩が大っぴらに行動を開始したという感じだな」

 

 チェイス自身も、その強大な魔力を目当てによからぬ連中が集まってくるのではないかというのは懸念事項として持っていた。だが、要塞村で暮らすメンツを思うと、忠告が無意味に思えてしてこなかった。


 そもそも、目の前にいる村長トアを挟むふたり――《枯れ泉の魔女》と《黒蛇》が顔を揃えているだけでも牽制としては十分だ。


 もちろん、このふたりを欠いたとしても、要塞村には頼もしい戦士たちが数多くいるのでチェイスはなんの心配もしていない。それに、トアの人間性も高く評価している。これだけの戦力を有すれば、邪な思考も浮かびそうなものだが、トアからはそのような気配を一切感じ取れない。だからこそ、あれだけの数の伝説的種族が集まったとも言える。


「……ふふ」

「? どうかしましたか?」

「ああ、いやすまない……ふと、君に初めて出会った時のことを思い出してね」


 目を細めたチェイスの視線は正面のトアを捉えている。その姿は一年半前に見た、フェルネンド聖騎隊を抜けたばかりの幼い少年の姿と同一人物とは思えない。その成長ぶりに、チェイスは思わず唸る。


「俺と初めて会った時のことですか?」

「そうだ。あの時に比べて君は随分と頼もしくなった。まあ、あの頃も銀狼族や王虎族の長たちに信頼され、只者ではないとは感じてはいたが」

「あ、え、えっと、ありがとうございます」


 セリウス王国でも五指に入る名門貴族のファグナス家当主に褒められて、トアは縮こまって礼を言う。そういった謙虚なところもまた、村民たちが慕われる要因なのだろうとチェイスは思った。

 トアがすべての報告を終えると、チェイス・ファグナスからふたつの提案がなされた。

 ひとつは新しく発見された地下の古代遺跡について。

 まだ詳しい調査は何もしていないが、レラ・ハミルトンと戦った際、かなりの数の魔道具があった。恐らく、あそこはレラが帝国にも隠ししていた秘密の研究所なのだろう。

 チェイスはこの遺跡の調査をセリウス王国公認のもと正式に要塞村へ依頼するつもりなのだという。その代表者に選ばれたのは考古学者としての顔も持つシャウナだった。


「その提案には俺も大賛成です。頼めますか、シャウナさん」

「ファグナス家当主とトア村長のふたりにそう言ってもらえるのは光栄だね。謹んでお受けしよう」


 シャウナは快諾し、地下迷宮に新たなスポットが誕生したのであった。


 ふたつ目だが――恐らく、チェイスとしてはこちらが本命だったのだろう。


「実は……セリウス王家の人間が君に会いたがっている」


 その言葉を受けて、トアだけでなくローザとシャウナも驚きの表情を見せた。

 さすがに王家の人間と会うとなったら、これまでと同じような対応を取るわけにはいかないと感じているようで、警戒色が強まった。


 というのも、三人が真っ先に思い浮かべたのは王家による要塞村の戦力の利用。

 今や国家戦力と比較しても劣らぬ――いや、むしろ勝っているともいえる要塞村の力は、大陸でも屈指の大国であるセリウスなら喉から手が出るほど欲しいものだろう。


 だが、要塞村の面々は嬉々として戦闘しているわけではない。

 あくまでも自分たちの穏やかな生活を守るために、言ってみれば自衛のために戦っているのだ。精霊女王アネスや帝国の亡霊レラとの戦闘だって、決して自分たちからけしかけたわけではない。


 むろん、それはチェイスも重々承知をしていた。


「もちろん、君たちに会いたいというのはその強大な力を軍事目的にしようというわけではない。純粋に君たちとの交流を望んでいる」

「……ちなみにじゃが、交流を言いだしたのは誰か分かるかの?」


 そう尋ねたのはローザだった。

 ローザは元々神樹を研究するために屍の森に住んでいた。

 その領地を治めるファグナス家――ひいては、そのファグナス家を支配下に置くセリウス王家の人間とも一部顔見知りだったのだ。


「要塞村との交流を言いだしたのが誰なのか……それは分かりません」


 しかし、チェイスの答えはなんとも歯切れが悪いものだった。


「分からない? お主にも教えられておらぬのか?」

「ええ。ただ、長男のバーノン王子は現在騎士団を率いて遠征の最中ですので、言いだしたのは次男のケイス王子か三男のジェフリー王子かと」


 そのふたりのうちのどちらかが、要塞村との交流を望んでいるらしい。


「俺としては問題ないと思いますが……」

「まあ、セリウス王国の王子たちは皆優秀だと聞いているから私も問題なしでいいと思うぞ」


 トアの言葉にシャウナは賛成の意思を示す。それから少し遅れて、ローザも「話くらいなら聞いてやるかのぅ」と賛成に回った。


「では、先方にはそのように伝えておきます」

「うむ」

「何から何まですみません、チェイス様」

「はっはっはっ! 構わんよ! これからも楽しい報告を期待しているぞ!」


 チェイスはかしこまるトアの肩をバシバシ叩いてからサムズアップをしてそう言った。




 要塞村に襲い掛かる脅威を退けたトアたちだが、その行為はセリウス王国内で神樹と村民たちの強大な力の評判をさらに広げていく結果となったのだった。

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