第139話 フォルを救え【後編】

※次回は土曜日更新予定!



 要塞村の地下迷宮第三階層。

 そこは未知の古代遺跡が眠る場所だった。


 フォルを動かす魔法文字消滅の原因であるとされるレラ・ハミルトンは、その古代遺跡でアイリーンと同じように幽霊となって存在していた。さらに、フォルを改良した新型をこの遺跡に隠しており、それら十体を再起動させてトアたちの前に立ちはだかる。


「こやつらがお主の切り札か……」

「なるほどね。数日前にアイリーンが実体化したあの薬は……本来なら君が使う予定だったというわけか」

「あれもただの試験薬よ。より安全な本命は私がこの遺跡のどこかに隠してあるわ」


 レラとローザとシャウナ。


 かつて、世界大戦で敵同士であったひとりとふたりは、百年後の現代で再び戦おうとしていた。

 戦いはそれだけにとどまらない。

 色が違うだけであとはフォルとそっくりな自律型甲冑兵のニューモデルたちが、トアたち村民を取り囲んでいた。

 自分が人体実験の道具として扱われていたことに対してショックを受けて身動きが取れなくなっているアイリーンを守るように、トアたちは新型と対峙する。

 フォルの戦闘スタイルは魔法だった。

 だが、この場にいる新型たちは、それぞれ剣だったり斧だったり槍だったりと、持っている武器は全員バラバラ。恐らく、魔法だけでなく物理攻撃も得意なのだろう。さらに、身にまとう甲冑は明らかにフォルの物よりサイズが大きく、耐久性も向上しているように感じた。それだけでなく、先ほど、土煙の中を疾走した様子を見る限り、スピードも遜色はないだろう。


 すべてのスペックがフォルの上位互換。

 それが全部で十体もいるとなると、対処は難しそうだ。

 

「フォルさんを元に戻すためには、あそこにいる幽霊さんを倒さないとダメなんですね!」

「そうだ、マフレナよ。フォルのためにもこの偽物どもを殲滅するぞ」

「わふっ!」


 マフレナとジンの親子は闘志をむき出しにし、特にマフレナは銀狼から金狼へと変身してヤル気満々だ。


「セドリック、遅れるんじゃないわよ」

「任せてくれ、クラーラさん」


 クラーラとセドリックのエルフコンビも剣を構える。


「フォル……待っていろ。すぐに助けるから!」

「行きましょう、トア」

「ああ!」


 トアとエステルの幼馴染コンビも続いた。

 その場にいる誰もが絶望などしていない。仲間であるフォルを救うため、全身全霊をかけて戦うつもりだ。


「バカな連中ね。ここにいる十体はあなたたちが普段目にしているポンコツの試作機とはスペックが違うのよ」

「……お主こそ、あまり彼らを見くびらない方がよいぞ?」


 ローザの言葉を耳にしても、レラは「ハッ」と見下したように息を吐く。


「あそこにいるのは私の最高傑作たちよ? あんな連中、一瞬で蹴散らしてれみせるわ」

「君の言う最高傑作だが……それは百年前の話だろう?」

「なんですって?」


 挑発的なシャウナの態度に、レラのコメカミがピクリと反応する。


「黒蛇……それはどういう意味かしら?」

「少し言葉が足りなかったかな? 君がこの古代遺跡に隠れてコソコソと機をうかがっている間……地上にいる者たちがまったく進歩していないとでも思っているのかい?」

「何を――」


 レラが反論をしようとした瞬間、自分とシャウナたちの間を何かが猛スピードで通過していった。

 その正体を知った時、レラの顔に浮かぶ薄ら笑いが消える。

 それは――レラが最高傑作と語った新型の兜部分だった。


「なっ!?」


 あり得ないとばかりにレラは勢いよく振り返る。そこに広がっていた光景は到底信じられないものだった。

 

「でやあああああ!」


 トアの放つ一撃が巨大な斧を手にした新型を吹き飛ばす。

 それだけではない。

 クラーラの斬撃で。

 エステルの魔法で。

 マフレナの格闘技で。

 ジンやセドリックもあっという間に新型を制圧していった。

 

「ふん! こんなヤツらがフォルの改良型なんて悪い冗談だわ!」


 暴れ足りないのか、手にしていた剣を勢いよく地面に突き立てたクラーラが叫ぶ。


「ば、バカな……どうして!?」

「まだ気づかぬか?」


 信じられない光景に動揺を隠せないレラに、ローザが声をかける。そこには敵意よりも何かを諭すような気持が込められた声色だった。


「お主がポンコツの出来損ないと評したフォルじゃが……この上の階にある元ディーフォルの地下迷宮で発見された、恐らくお主が考案したと思われる強化案を参考にして、ドワーフたちが改装を行った」

「な、なんですって……」

「私たちの住む要塞村には、特に凄腕のドワーフがいてね。しかもメガネが似合う美少女ときている――ああ、それは関係のない情報だったな」


 クスクスと笑いながら語るシャウナ。

 そこで、レラは察する。


 このふたりは、自分の最高傑作よりも要塞村の村民たちの方が圧倒的に強いことを最初から見抜いていたのだ。


「レラよ。お主は昔、神樹から放たれる魔力を制御したと豪語しておったが……その認識は誤りじゃ」

「誤り? バカを言わないで! 私は神樹を完璧に制御できた! 神樹から得た魔力を応用してさまざまな兵器を生み出し、帝国を勝利に導いてきた!」


 レラの主張は満更的外れなものではない。

 現に、ローザとシャウナもつい最近まではそうだと思っていたから。

 だが、この村でトアたちと共に生活をするようになり、神樹を制御することがどういうものなのか、その真相を知り得たからこそ言える言葉だった。


「お主がやっていたことは神樹から溢れ出る魔力のおこぼれをもらっていたにすぎない」

「! そ、そんなはずは……っ!」

「神樹の魔力を得るということはああいうことを言うんじゃないかな?」


 シャウナが指さす先にいるのは要塞村の村長トア・マクレイグ。

 その全身は金色の魔力に覆われていた。


「っ!?」


 レラは絶句する。

 トアのまとう金色の魔力――あれは間違いなく、自分がこの目で見た神樹が放つ魔力であった。トアはその魔力をさも自分のものであるかのように扱っている。自分はあのような自然な振る舞いはできなかった。あれに比べたら、自分のしていたことなど――


「ぐっ……!」

「負けを認めて降参するのじゃな。歩みを止めて過去にすがっていたお主に、前進を続ける彼らを止める術はない」

「! おのれ!」


 レラは半ばやけになり、自らの両手に闇色の魔力を集めだすとそれはやがて大きな球体となった。その魔力の標的となっているのは明らかにトアであったが、当の本人はまったく慌てる様子もなく、意識を集中して金色の魔力を練る。その大きさはレラの生み出した闇色の球体を遥かに凌駕するものであった。


「俺たちの大事な仲間であるフォルを死なせはしない」

「たかが兵器風情に生も死もあるものか!」


 レラは怒りに任せて魔力を放つ。


「――あるさ。俺たちと一緒に生活をして、同じ時を過ごしているフォルは――ちゃんと生きているんだ」


 対峙するトアはまったく動じる素振りを見せず、迫りくる闇色の魔力を振り払うように剣を振った。その斬撃は一瞬でレラの放った闇色の魔力を引き裂き、それでも勢いが衰えることなく、そのままレラへ本人と向かっていく。


「おのれぇ!」


 防御魔法を展開して攻撃を防ごうとするレラだが、それすら簡単に打ち破られてしまう。トアの放った斬撃は、霊体であるレラの体を両断した。


「そ、そんな……」


 直後、真っ黒な光に包まれたレラは断末魔をあげながら消滅した。


「帝国の野望と共に眠れ、レラ・ハミルトン……もう我々が表舞台に立つような時代ではないんだ」


 シャウナは静かにそう告げ、横に立つローザは黙って頷く。

 ふたりの視線の先には勝利に沸く若き勇士たちの姿があった。

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