第138話 フォルを救え【中編】
フォルに刻まれた魔法文字は時間が経つごとにひとつずつ消えていった。
ジャネットによると消える速度は一時間に一文字。魔法文字は全部で四十刻まれており、すでにひとつ消えている――残された時間は約三十九時間。
その時間が多いのか少ないのかもハッキリとはしないが、この文字がすべて消えた時、フォルは元の物言わぬ甲冑に戻ってしまうということだけは分かっていた。
フォル救出のための選抜メンバーは地下迷宮へと潜り、今回の事件の首謀者と思われるレラ・ハミルトンを追った。
「じゃあ、手分けして探しましょう」
「いや、トア村長……それには及ばないよ」
迷宮内を分かれて探そうと提案したのはトアに、シャウナが待ったをかける。
「シャウナさん?」
「場所についてはすでに検討をつけてある」
そう言って、シャウナは第二階層へ下りて正面にある壁に手を添える。
「大体は解読し終えたからこれでいいはず……間に合っていて本当によかった」
「解読? あ、以前言っていた帝国の暗号ですね!」
「そうだ。――それがこの扉を開けるヒントだったのだ」
シャウナは目を閉じるとぶつぶつと何やら呟き始めた。
「――――」
意味はまるで分からない。
この世の言葉ではないようにさえ聞こえる。
「あれが……帝国の暗号」
「何を言っているのかまったく理解できないわね」
「わ、わふぅ……」
エステル、クラーラ、マフレナは困惑気味だった。それは他のメンバーも同じで、本当にあれで合っているのかと疑問に思う者が大半であった――が、しかし、シャウナが呟き始めて一分が経つ頃、異変が起きる。
「? あれ? 地面が揺れてる?」
トアはわずかな横揺れを感じていた。
直後、ゴゴゴ、という音を立てて目の前の壁が上へと持ち上がっていく――そこは壁ではなく扉だったのだ。
「さっきの言葉が合言葉ってわけか……」
「そういうことだ」
「あんな難しそうな言葉……よく解読できましたね」
「慣れだよ。私は考古学者という仕事柄、こうした文字の解読は得意だし人一倍興味を持っているものでね」
シャウナからの言葉を受け、トアは彼女が考古学者という顔も持っていることを今になって思い出していた。
「さて、それじゃあ……行ってみようか。第三階層へ」
「そこに……死んだはずのレラ・ハミルトンがいるわけですね」
「ヤツ自身がおるかどうは定かではないがのぅ」
トアとシャウナの背後から、ローザが会話に参加する。
「仮に生きておったとしても齢は百を超えておる……ワシと同じように、真っ当な生き方を捨て、ここに戻ってきた可能性が高いのぅ」
「……一体、何がレラ・ハミルトンをそこまでさせるんでしょうか」
「その答えはこの階段の先にあるはずだ」
シャウナの視線の先――壁の向こうにはさらに地下へと進む階段が現れる。後方で様子をうかがっていた面々からは「おおっ!」と感心と驚きの混じった声が聞こえてきた。
「では、行ってみるとするかのぅ」
「はい!」
第三階層へと続く階段は、まずシャウナとローザが先行して下りていく。そのまま待機していると、シャウナから「いいぞ」という合図が出される。それを機に、トアたち後続が地下へと向かっていった。階段はかなり長く、進めば進むほど光の届かぬ薄暗い空間となり、不気味さが一層際立つ。
そして、トアは初めて第三階層の秘密を知る。
「な、なんだここは!?」
最初のリアクションは驚きであった。
まず広い。
そして、広大な地下空間に点在する謎の建築群。
石と泥で構築されたそれらはどのような意味を成すものであるのか、知識のないトアたちには皆目見当もつかなかった。
「ふっ、まさか要塞の地下に遺跡が隠れていたとはね……」
これにはさすがのシャウナも動揺しているように映った。
広大な第三階層は――明らかに人的な力を使い建造された古代遺跡群だったのだ。
「一体いつ頃の遺跡なんですか?」
「こればかりは調査してみないことにはなんとも――む?」
突然、シャウナの顔つきが険しくなる――と同時に、上空から女性の声がした。
「あらら? 思ったより早い到着だったわね」
全員の顔が天井へと向けられた。
その先にいたのは、空中をふよふよと漂う下半身のない成人女性。
「えっ!? ちょっ!? どうなってんのよ、あの人!?」
「あ、アイリーンちゃんみたいに半透明です!」
クラーラとマフレナは動揺。
だが、もっとも衝撃を受けたのはアイリーンだ。
「あ、あなたは……ハミルトン博士!」
宙に浮かぶ女性に向かって、アイリーンはそう叫んだ。それにより、周囲のざわつきはより強いものとなる。
一方、自分の名を呼んだ少女がアイリーンであることを知ったレラは不敵な笑みを浮かべていた。
「大体百年ぶりね、アイリーン・クリューゲル。あなたにかけた霊体化の魔法はまだ試験段階だったけど……こうして今もその魂が地上に残り続けているということは成功していたようね」
「お主……アイリーンを実験体にしたのか?」
静かに、だが確かな怒りを込めた声で、同じ魔法使いのローザはレラに問う。
「ローザ・バンテンシュタイン……あなたがいろいろとこの要塞内を嗅ぎ回っていたのは気づいていたけど、まさかここまでたどり着くのにこれほどの時間を要するとは思ってもみなかったわ。まあ、おかげでこちらのやりたいことを満足いくまでやれたけれどね」
「質問に答えぬか!」
声を荒げたローザの姿を初めて見るシャウナ以外の村民たちはギョッとする。だが、当のレラは涼しげな――というか、どこか見下したような目つきをしていた。
「そんなムキにならなくてもいいしょうに。あなたの言う通り、アイリーン・クリューゲルには私が生み出した新しい魔法の実験体になってもらったわ。もちろん、ちゃんとクリューゲル家の当主――つまり、アイリーンの父親には了承を得ているわよ」
「! お父様が!?」
実の父親が、自分を実験体として扱うことに許可を出した。
侵略戦争を仕掛けることに積極的だった父に対し、娘アイリーンは和平路線に進むべきだと反発したため、まだ十三歳と幼かったアイリーンはこの無血要塞ディーフォルへと送られ、閉じ込められていた。
その話をアイリーンから聞いた誰もが、それでも親子の情はまだ残っていると思っていたのだが、どうやら父にそのような情はもう残っておらず、「用無し」という扱いになっていたようだった。
ショックを受けて激しく動転するアイリーンを、マフレナやエステルが必死になだめる。その傍らでは、クラーラが剣の柄を握る手に力を込めていた。クラーラだけでなく、その場にいた者たちは静かに臨戦態勢へと移行していた。
「……そうか。で、レラよ。なぜフォルの魔法文字を消そうとする? お主の狙いは一体なんじゃ?」
「フォル? ……ああ、あなたたちと生活を共にしていたあの出来損ないね」
その口ぶりから、レラはトアたちが要塞で暮らしていることを知っているようだった。――が、それよりもトアたちが強く反応を示したのは「出来損ない」という言葉だ。
「出来損ない?」
トアが言うと、レラは深いため息をついてから話を再開する。
「私としても不本意だったよねぇ。帝国から「人間ではない兵士を造れ」なんて無茶振りされたから、冗談半分に自律型甲冑兵の試作案を出したんだけど……まさか採用されるとはって感じ。まあ、そういう無理なことも可能にしてしまうのが私なんだけど、さすがにこればっかりはまったく未知の領域だったからいろいろと手探りで始めたのよねぇ」
フォルの生みの親でもあるレラはどこか懐かしむように語る。
「でも、あの子には改良余地がありすぎたから途中で廃棄しちゃったのよ。でも、その判断は正解だったみたいね」
「どういう意味じゃ?」
「初期に設定した命令はシンプルに『この要塞を守れ』だった。けど、神樹からの魔力供給が再開されたにも関わらず、あなたたちのような部外者が住み着いているところを見ると……そんな簡単な命令さえ守れないポンコツってわけでしょ? 私が作った物の中にそんな出来損ないがいるなんて、これ以上ない汚点だわ」
そこで、レラの顔が凶悪に歪む。
「だから――なかったことにしようって決めたの」
そう言った直後、遺跡の各所で謎の爆発が発生。辺りが土煙に包まれる中、村民たちはそこを凄まじいスピードで移動する何かの影を目撃する。
土煙が晴れていくと、その影の正体が明確となり――全員が息を呑んだ。
「私は帝国に使われるままの犬で終わる気なんてさらさらなかったの。どうせ連合軍には負けるだろうから、あいつらが滅び、世界が平和ボケを起こし始めた頃、このディーフォルに隠しておいた魔法兵器と共に世界を牛耳る……《この子たち》はそのための先兵よ」
気がつくと、トアたちを囲むように六つの赤紫色をした自律型甲冑兵が立っていた。その姿は色が違うだけでフォルと瓜二つだ。
「あの出来損ないの集めた情報をまとめて新たに改良を加えたこの新型があなたたちの相手をするわ! さあ、倒せるものなら倒してみなさい!」
レラ・ハミルトンの宣戦布告が地下の古代迷宮にこだまする。
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