第480話 年の瀬の要塞村【後編】

 エノドアを出たトアとエステルは、フロイド元大臣に教えてもらった場所へ向かって馬を走らせる。

 そこへ近づくたびに、ふたりの記憶の奥底に眠っていた故郷の姿が浮かび上がってきた。


「ねぇ、トア」

「うん? どうした?」

「あそこを流れている川を見て」

「えっ? あっ」


 エステルの指さした場所にあった小川。

 そこに、トアは覚えがあった。


「ここって……釣りに来たことがあったよね」

「そうそう! うちの家族とトアの家族で来たよね!」

「あぁ……それで、俺が釣った魚を取ろうとして川に落ちたんだ」

「あったあった!」


 自然とテンションが高くなっていくふたり。

 今見れば、川も浅くて流れも弱いから溺れることなどないのだが、あの頃は全員が大慌てとなった。


「それで、私たちのお父さんが裸になって飛び込んだんだけど」

「川がめちゃくちゃ浅くて、ふたりともおでこを強打したんだよな」

「結局トアは自分で立ち上がってるし」


 当時のことを思いだして笑い合うふたり。

 あの頃は本当に平和だった。

 村に年齢が近い子どもはトアとエステルだけ――なので、ふたりの仲がよくなるのは必然のことであった。

やがてその想いは友情から愛情へと変わる。今でこそ要塞村で楽しく暮らしているが、ちょっとしたすれ違いでしばらくふたりは別々の生活を余儀なくされていた。

 

「「…………」」


 思い出に浸りつつもシトナ村のあった場所へ向けて再出発するふたり。

 脳裏に浮かんでいた想いは、どちらも同じだった。


 ――もし、村に魔獣が襲来しなかったら。


 両親は未だに健在だったろうし、トアもエステルもシトナ村から出ることなく暮らし続け、そのまま結婚していたかもしれない。


 クレイブ、エドガー、ネリスと会わず、追放されて無欠要塞を発見せず、クラーラにもマフレナにもジャネットにも会わない未來。


どちらがよかったなんて選べない。

今ある現実を生きていこう。

語らずとも、ふたりの想いは一緒だった。



 小川から馬を飛ばしておよそ十分。


「ここだ! ここに間違いない!」


 ついにトアたちは故郷シトナ村の跡地にたどり着いた。

 今、自分が立っているこの荒れた道は、エステルの手を引いて魔獣から逃れるために走っていた道――当時の記憶が鮮明によみがえってくる。


「あの時、トアが怯える私を引っ張っていってくれたから、今こうして生きていられるの」

「そんな……あの時は無我夢中だったから……」


 両親の死を目の当たりにし、エステルだけは絶対に助けたいと思った。

「よかったよ。エステルまでいなくなっていたら……俺は……」

「大丈夫。どこにもいなくならないかな」


 エステルがそう言うと、ふたりはまた笑い合った。

 


 それから、トアは近くにあった巨岩を聖剣エンディバルで削り、そこにエステルが魔法で文字を刻んでいく。

 シトナ村の生き残りであるふたりが作り上げたのは慰霊碑だった。

 

「さあ……そろそろ帰ろうか」

「そうね。みんなも帰ってきている頃かしら」

「そしたら年越しの宴会をしないとな」

「ふふふ、来年も賑やかそうね」

「ははは、まったくだ」


 故郷シトナ村でのひと時を満喫したふたりは、再び馬へまたがると第二の故郷である要塞村へと走りだしたのだった。

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