第544話 旅気分

 この日、要塞村にスタンレーとラウラの二名が鉄道の進捗状況を報告するためやってきた。

 

「――と、いうわけで、少し作業に遅れが生じているものの、それ以外については概ね予定通りになっています」

「なるほど……わざわざありがとうございます」

「何をおっしゃる! セリウス鉄道の目玉はこの要塞村! あなた方の協力なくしては実現しませんでしたからね!」


 もともと、鉄道は旧帝国の技術であり、要塞村の地下迷宮内で発見された資料を参考にしてつくられている。そういう意味では、トアたちも鉄道の完成に大きく貢献したと言ってよかった。


 特に、この鉄道運営に力を注いでいるバーノン王は深く感謝していた。先日行われた収穫祭でも、訪れた国民たちの前で要塞村の重要性を説くなど、今やセリウスの政治に要塞村は欠かせない存在となりつつあった。


 とはいえ、村長であるトアは政治への関心が薄い。

 領主であるチェイス・ファグナスへの定例報告の際に、彼を通じてさまざまな情報を得ているが、それ以外では村の運営に全力を注いでおり、政界への進出などまったく頭に入っていなかった。


 報告を受け、スタンレーとラウラを見送ったあと、村長室に戻ったトアは室内の壁に張ってあるセリウス王国内の地図に目を通す。そこには、鉄道が走る予定となっている場所が赤く記されていた。


「大陸を横断するくらいの規模だな」

「そうね。これが本当に実現するなら、交通の便は大幅に改善されるでしょうね」


 同じく地図を眺めていたクラーラが言う。

 ちなみに、彼女の出身地であるオーレムの森には鉄道が通っていない。さすがに、あそこが人でごった返すのはまだ難しいとアルディが判断したため断念したのだ。


「でも、たくさんの人が気軽に遠方へ足を運べていいわよね」

「わふっ! 旅が楽しくなります!」

「そうですね」


 エステル、マフレナ、ジャネットの三人も、鉄道が完成するのを楽しみにしていた。

 もっとも、彼女たちの場合は移動手段というより、これまで乗ったことがない鉄道という乗り物自体への関心が強い。

 何せ、要塞村にはローザの使い魔である巨大怪鳥のラルゲやドラゴンのシロとクロ、さらにはユニコーンのユニなど、ある意味、鉄道よりよっぽどレアな移動手段を有していたからだ。


「旅ですか……僕も行ってみたいですねぇ。どうせなら別大陸とか」


 この話題に、フォルが乗っかった。


「別大陸かぁ……フォルにしてはまともなことを言うじゃない」

「クラーラ様、それでは僕が普段からおかしなことばかり言っているようじゃないですか」

「何か間違ってたかしら?」


 けん制し合う両者――だが、いつものやりとりだと、他の者は深く取り合おうとはしなかった。

 それよりも、フォルの言った「旅」というワードに反応する。


「旅ですかぁ……いくならどこがいいでしょう?」


 ジャネットが言うと、真っ先に口を開いたのはエステルだった。


「やっぱり、ここはフリカ大陸じゃないかしら。あそこには解錠士アンロッカーと呼ばれる特殊なジョブを持った人たちがいるみたいだし、ダンジョンも多いという話だから、楽しい冒険ができそうじゃない?」

「エステル様、あちらではジョブではなくスキルと呼称するらしいですよ?」

「あら、そうなの?」

「私はやっぱりジア大陸かしら。最近になって本格的に調査が始まったっていう離島へ行ってみたいわね」

「私は霊峰ガンティアでしょうか。領主が変わって随分と発展したという噂を商人さんから聞きました」

「わふぅ……悩みますねぇ……」


 それぞれに行きたい場所を口にする四人。

 

「なら、いつかそこへ行こうよ」


 トアがそう呼びかけると、四人は嬉しそうに笑顔を浮かべて「うん」と頷く。

 まだまだ要塞村は忙しくて、長期間にわたり離れることは難しいが、いつの日か必ずそこへ行こうとトアは心に誓うのだった。

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