第543話 導く者

 要塞村からもっとも近い位置にある町――エノドア。 

 前日に行われた要塞村収穫祭における興奮の余韻が未だに残る中、自警団のクレイブ、エドガー、ネリスの三人はエルフのケーキ屋で働くルイスとメリッサの姉妹から緊急の呼び出しを受けていた。


「やれやれ、こっちはまだ収穫祭での楽しみ疲れが残っているっていうのに……」

「あんたねぇ……自警団には休みなんてないのよ」

「分かってるって。――んで、美人メイド姉妹はなんで俺たちを?」

「詳細は店に来てからという話だったが……」


 自警団の事務員であるモニカから「至急向かって」とだけ言われ、慌てて飛びだしてきたのはいいが、町はいつも通りの雰囲気で、何か非常事態が起きているという様子は全く見られなかった。


 それでも、ルイスとメリッサがいたずらで通報をするわけがないと分かっている三人は現場であるケーキやとやってくる。

 店に一歩踏み入れると、すぐさま妹のメリッサがやってきた。


「待ってたわよ」

「何があったんだ、メリッサ」


 クレイブが代表して尋ねる――が、メリッサは何やら答えにくそうに口ごもっており、しばらくすると視線を店内にあるひとつのテーブル席へと向けた。

 どうやら、そこで問題が発生しているらしい。


「あん?」

「あら?」

「む?」


 三人の視線に飛び込んできたのは――今にも死にそうな顔をしている青年だった。


「か、彼に何があったんだ?」

「ド派手に振られたとか?」

「あんた基準で考えるんじゃないわよ」

「入店した時からあんな調子なのよ……なんだか声をかけづらくって」


 メリッサの訴えはよく分かる。

 それくらい、青年の表情は暗く、今にも死にそうな感じだったのだ。

 しかし、さすがにこのままというわけにもいかない。とりあえず声をかけようとした――その時だった。


「おーい、様子はどうだ?」


 通報を聞き、現場へとやってきたのは自警団のリーダーであるジェンソンだった。


「ジェ、ジェンソンさん!?」

「おぉ、メリッサか。この前はおいしいスープの差し入れ、ありがとうな。おかげで体が温まったよ」

「い、いえ、喜んでもらえてよかったです……」

「スープの差し入れ? そんなのいつ――いでぇ!?」

「空気を読みなさいよ」


 ネリスがエドガーの足を踏んづけ、言葉を遮る。スープはジェンソンに想いを寄せるメリッサが個人的に差し入れた物だったのだ。


「で、話は変わるが……何があったんだ?」

「あそこの席に座る青年が、少し不穏な感じで」

「どれどれ? ――むぅ、確かに」


 クレイブからの報告を受けたジェンソンはそれだけ言うと、ゆっくりと青年へと歩み寄っていった。


 心配するクレイブたちをよそに、ジェンソンは気さくに青年へと話しかける。


「やあ、どうかしたかい?」

「えっ? あ、あなたは?」

「この町の自警団の者さ。君が随分と思い詰めているように見えたのでね。何か心配事があれば話を聞くぞ?」

「じ、自警団……?」


 最初はどこか警戒心が働いているように見えた青年であったが、ジェンソンの飾らない態度を見て徐々に心を開いていき、自分の将来に悩んでいるという胸の内を明かした。

 それに対し、ジェンソンは自身の体験談を織り交ぜながら青年に進むべき道をアドバイスする。彼の話を聞いた青年は吹っ切れたのか、「ありがとうございました!」と元気よくお礼の言葉を述べて店をあとにしたのだった。


「へぇ……」

「やるじゃない、団長」

「さすがはベテランといったところか」


 普段、どこか頼りないところを見せているジェンソンが見せた大人の対応に、三人は感心しきりだった。


「とりあえず、最悪の事態は免れたようだな」

「そうっすね。――それにしても、見直したっすよ!」

「本当に」

「お見事です、団長」

「? な、なんだ、おまえら……今月は財布がピンチだから飯は奢ってやれないぞ?」


 素直に自分をほめてくる部下たちに怯えるジェンソン。

 そんな様子を目の当たりにし、もう少しビシッとしてくれたなぁ、と思うクレイブたちだった。



 ――ちなみに、今回の件でジェンソンに対するメリッサの好感度はカンストした。

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