第212話 (恋愛スキル)ゼロの副団長【後編】

※次回投稿は来週の月曜日(27日)になります。



 ヘルミーナとロニーの初デートから一週間が経った。

 あれ以降も、ふたりはちょくちょく顔を合わせているらしい。

 自警団員たちの間でも、ふたりの仲を応援しようという流れになっていた。

 そんなある日、元フェルネンド王国聖騎隊の一員で、現在はパーベル港湾警備隊に勤めるジャン・ゴメスから、ある情報がもたらされた。

 自警団長のジェンソンはミーティングの際にその件について触れる。


「ジャン氏による情報だと、最近パーベルの港付近に所属不明の武装船が出没しているそうなんだ」


 ジャンからもたらせた情報に対して怪訝な表情を浮かべたのはクレイブだった。


「ここは海に面していない内陸の地。海賊の類とは無縁の場所と思うのですが」

「そうなんだが……一応川でつながっているからな。念のために、だ」

「なるほど。それ以外に何か情報は?」

「情報というほどでもないかもしれんが……その武装船の船体には大きなカラスの絵が描かれていたらしい」

「カラスだって?」


 今度はエドガーの表情が曇る。

 それに気づいたジェンソンが尋ねた。


「なんだ、エドガー。心当たりがあるのか」

「えぇ……姉貴から聞いた話っす」


 エドガーのいう姉貴とは、以前、シスター・メリンカと子どもたちをこのセリウスへ移住させる際に尽力した従妹のナタリーのことだ。


「ここ数年の間に異常なまでに急成長している商会があるらしいっす……ただ、その正体は謎に包まれていて、分かっていることは商会の幹部クラスに同じカラスのタトゥーが彫られているってことくらい」

「カラスのタトゥー……聞いたことはないな」

「私も」

「右に同じく!」

 

 クレイブ、ネリス、タマキの三人はその商会について知らないようだ。


「うちも警戒はしているが、情報が少なくてなぁ……噂だが、非合法の代物ばかり扱っている裏の組織って話だ」

「そんな連中がこの近くに現れたとなると厳戒態勢を敷いておく必要がありそうだな」

「そうですね。今やこのエノドアは大陸でもトップクラスの魔鉱石の採掘地。彼らが裏取引に使うため、狙ってくる可能性があります」

「うむ。おまけに敵の規模が不透明というのも不気味だ。念のため、要塞村にも応援要請を出しておこう」

「分かりました。その件は私とタマキで対応します」

「任せたぞ。――ああ、それから、ここへ残る者はヘルミーナが戻り次第、詳細な情報を伝えておいてくれ。それと、彼女にはここに留まり、町の様子を見守ってほしいとも付け加えておいてくれ」


 ヘルミーナをデートで欠く自警団だが、この時はそれでも十分に対応できる問題だと考えていた。

 


  ◇◇◇



 エノドア鉱山での業務終了後。

 自警団から派遣された十五人の団員が、魔鉱石の保管されている倉庫周辺を厳重に警備していた。鉱山の奥は夜の暗闇でまともに視界が利かないため、もしもその悪党が狙ってくるならここだろうと想定しての守りだった。


「さて、何事も起きなければいいが」

「これだけ守りを固めているんだ。そう易々と攻めてはこれねぇだろ」


 倉庫正面を警備するクレイブとエドガー。

 発光石が埋め込まれたランプに照らされる倉庫周辺に警戒の目を向けていた。

 すると、


「む?」


 最初に異変を察知したのはクレイブだった。

 周囲に気配を感じる。

 それはごくわずかで、注意をしていればかろうじて感じられるほどであった。

 相当の使い手が複数――話にあった、カラスのタトゥーをした者たちが取り仕切る商会の仕業か。


「エドガー、気づいて――っ!?」


 横にいるエドガーへ声をかけた瞬間、クレイブは苦悶の表情を浮かべながら、その場に崩れ落ちた。さらにほぼ一緒のタイミングでエドガーも同じように倒れ込む。


「ぐっ……くぅ……」


 全身の痺れから、それは神経毒の類だと思われた。

 だが、なぜ急に――クレイブの疑問はすぐに解消することとなった。


「やっと効いてきたようだね。結構きつめに調合したのに効果が出にくかったなぁ……君たちのタフさは称賛に値するよ」


 倒れているクレイブとエドガーに近寄る人影があった。


「強力な拘束力の割に臭いはそれほど強くないから気づかれにくい。《調合士》のジョブを持つ僕の集大成ともいえる薬の効き目はいかがかな?」

「お、まえ、は」


 痺れる口元から、クレイブは必死に男の名を呼ぶ。


「ロ、ロニー」

「やあ♪」


 ヘルミーナにプロポーズをしたロニーだった。

 ロニーはいつもの調子でニコニコと笑いながら話を続ける。


「あのヘルミーナって女からエノドア自警団や鉱山の情報を聞き出そうとしたけど、思いのほか口が堅くてね。パーベルの港湾警備隊が僕らの存在をかぎつけたせいで時間もなくなっちゃったし……君たちには申し訳ないけど、強行策を取らせてもらったよ」

「あ、あれ、は、え、えん、ぎ、だ、と」

「その通り♪ 三十路間近の独身女から情報を引き出すにはこれに限るからね。相応のリスクを背負ってこの若さを保っているわけさ。……今回は残念ながら失敗したけど」


 その後、ロニーは周囲を見回すと、指をパチンと鳴らす。すると、周辺に隠れていた彼の配下たちが姿を現した。その数は三十人ほどだろうか。


「彼らには解毒薬を飲ませているから、この毒の霧が充満する空間でも自由に動ける。……さて、と。おしゃべりはそのくらいにしてさっさと魔鉱石をいただいて帰ろう」


 ロニーが「やれ」と小さく顎を動かして配下たちへ指示を飛ばす。彼らは大きな麻袋を手にすると、採掘されたばかりの魔鉱石が保管された倉庫へと近づいていく。


「や、やろ、う」

「く、そ」


 クレイブとエドガーは気力を振り絞って立ち上がった。

 目の前で悪党に魔鉱石を奪われることも許せないが、ふたりの怒りに火をつけたのは「ロニーがヘルミーナをだましていて、おまけに侮辱した」という点だった。


「驚いたね。まさか立ち上がれるなんて。大型のモンスターでさえ、二時間は身動きが取れないはずだけど」

「そこ、らの、もん、す、たあ、とは、き、たえ、かたが、ちが、う」


 呂律が回らず、視界もぼやけている。 

 まともに戦える状態ではないが、このまま放置しておくわけにはいかない。


「やれやれ、往生際が悪いというか……」


 大きくため息をつき、呆れた様子のロニーは腰に携えていた鞘から剣を抜く。


「君たちはこのまま放っておくつもりだったけど……その反抗的な態度が気に入らないから少し痛い目を見てもらおうかな」


 ニ、三回剣を振ったロニーがゆっくりと近づいてくる――と、その時、地面が大きく横揺れを始めた。


「な、なんだ!?」


 思わず足元がふらつくロニー。揺れはおさまる気配を見せず、しばらくすると地面の一部が大きく盛り上がり始めた。そして、土を突き破って地表に姿を現したのは――


「きょ、巨大モグラだと!?」

「あ、あれ、くす?」


 現れたのはエノドア鉱山で働くモグラ型モンスターのアレックスだった。


 ――アレックスだけではない。


 アレックスの頭に、何者かが腕を組み、仁王立ちしていた。


「!? ば、バカな……」


 その人物の姿が発光石の淡い光に照らしだされた時、ロニーは絶句した。




「私の大切な部下たちに随分な仕打ちをしてくれたな」




 怒りの形相を浮かべるヘルミーナだった。


「ヘルミーナさん!!」

「ど、どうしてここに――て、あれ? お、おいクレイブ! なんか体の痺れが取れてねぇか!?」

「ほ、本当だ……」


 ロニーのばらまいた毒で体の自由を奪われていたはずが、いつの間にか元に戻っていた。その原因は、ふたりの背後に立つひとりの少女。


「間に合ったみたいでよかったわ」

「「エステル!?」」


 元同期のエステル・グレンテスが、愛用の杖を手に微笑んでいた。どうやら解毒魔法を使ったらしい。

 援軍はそれだけではなかった。


「はあっ!」

「わふっ!」


 要塞村のクラーラとマフレナが、倉庫から魔鉱石を盗みだそうとしている男たちを蹴散らしていく。そこに、ヘルミーナやいつの間にか合流していたネリスにタマキ、他の団員たちも加わって、その場を制圧した。


「こ、こんなことが……ぐっ!」

「貴様の野望もここまでだ」


 逃亡しようとするロニーの前に、ヘルミーナが立ちはだかる。ロニーは手にしていた剣で半ばやけくそ気味にヘルミーナへと襲い掛かるが、


「はっ!!」


 ヘルミーナの右ストレートがロニーの鼻っ面をとらえる。あまりの衝撃に顔は歪み、鼻血をまき散らしながらロニーは吹っ飛んでいった。


「うへぇ……いたそ」

「自業自得よ!」


 容赦のない一撃に、少し同情を見せるエドガーだが、ネリスはそれでも足りないくらいの怒りようだった。




 それからしばらくしてトアと領地を治めるファグナス、そしてセリウス王都からも大勢の兵が駆けつけてロニーたちを連行していった。

 その際、ヘルミーナの一撃を食らって吹っ飛んだロニーの衣服は破けており、そこからのぞく彼の左腕にはカラスのタトゥーが彫られていた。セリウスは組織の全容解明のため、これから尋問を行うのだという。

 王都へと連行するため、檻付きの馬車に乗り込むロニーの背後を、ヘルミーナはどこか寂しげな表情で眺めていた。

 この時ばかりは、トアたちもかける言葉がないとただ静かにヘルミーナの背中を見つめていた。




 ――数日後。



「ぬわああああああああああああにいいいいいいいいいいいいいいいい!?(訳・何ぃ!?)」



 またもヘルミーナの元気な絶叫が轟いた。


「こ、今度はどうしたの?」

「同じだよ。元聖騎隊の同期が結婚するそうだ」

「またですか……」

「しかし、元気になってくれたようで何よりだ」


 ネリス、エドガー、タマキ、クレイブは笑ってはいけないと思いつつ、ふさぎ込むことなく以前の調子を取り戻したヘルミーナにホッと安堵するのだった。



「絶対に私も幸せになってやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」





【 あとがき 】


いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。


本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。


現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。

これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>


キャライラストや予約情報などはこちらから! 

https://twitter.com/EsdylKpLrDPcX6v/status/1219019552924692480


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る