第213話 獣人族の郷土料理

 新しく要塞村の近くにできる獣人族の村。

 ふたつの村の間にはキシュト川が流れており、その広い川幅では泳いで横断するのも苦労する。そこで、両方の村の行き来をもっと簡単にすべく、要塞村のドワーフたちと鋼の山のドワーフたち、さらに獣人族の村に住む人々の協力もあって、予定よりもずっと早く橋は完成すると見込んでいた。


「おぉっ! ここまで完成していたか!」


 建設中の橋を眺めながらそう叫んだのは、この地を治める領主のチェイス・ファグナスであった。

 チェイスにとっても、獣人族の村が新しく領地に加わることは喜ばしいと同時に不安の種でもあった。というのも、ここに住む者たちは元々フリカ大陸という別の土地で暮らしていた者たちばかりなので、ストリア大陸の環境に馴染めるかどうかという点で不安があったのだ。

 しかし、それも要塞村の存在がすべてを解決した。

 あの村にはとんでもない伝説的な種族が勢揃いしている。しかも銀狼族、王虎族、冥鳥族と獣人族関連が多い。だが、チェイスがもっとも頼りにしているのは彼ら獣人族たちの中でも飛び抜けた実力を誇る黒蛇のシャウナだ。

 世界を救った八人の英雄のひとりであるシャウナは、他の獣人族たちからも一目置かれる特別な存在。ジン、ゼルエス、エイデンという長たちでさえ、シャウナを特別視している節があった。

 もちろん、獣人族の村に住む者たちにとってもシャウナの存在は別格だ。おまけに彼らの代表者である白獅子のライオネルとシャウナは旧知の仲であり、親交がある。それもまた、チェイスが要塞村の近くに新たな村を作ることを提案した理由のひとつであった。

 

 そういった事情もあるので、この橋の建設は是が非でも成功させてほしいとチェイスは願っており、それが叶いそうだということを確認できたためか、表情は晴れ晴れとしていた。


「でも本当に大きな橋だなぁ」

「それに頑丈そうですね。しかし、いくら頑丈な橋でも、クラーラ様のエルフ族とは思えない強力な一撃の前には――」

「……あんたごと真っ二つにしてあげようか?」

「訂正してお詫びします」


 チェイスの護衛兼視察としてトア、フォル、クラーラの三人も同行していた。三人はその他にも建設に携わっているジャネットたちドワーフ族へ差し入れを届ける役目も担っていた。

 

「あ、トアさん! それにクラーラさんにフォルも!」


 要塞村の仲間たちを見つけたジャネットが、ニコニコ笑顔を浮かべながらやってきた。


「お疲れ様、ジャネット。差し入れを持ってきたんだ」

「メリッサの新作スイーツよ」

「わあ♪ ありがとうございます!」


 要塞村から差し入れが届いたということで、午前の作業は終了となり、みんなで昼食をとることにした。


 本日振る舞われたのは、ここに住む獣人族たちの故郷フリカ大陸の料理だ。

 まずは火をおこし、そこにドワーフ手製の金網を乗せて熱すると、串に刺された肉や野菜を焼いていく。


「豪快な料理ね」

「本当に……」


 調理の様子を眺めながら呟くクラーラとジャネット。


「シンプルだからこそ誤魔化しが利かない……簡単なようで奥が深いですね」


 同じく調理の過程を眺めていたフォルはいつしか料理人の顔つきになっていた。しばらくすると、鹿の獣人族のご婦人が食材にかけているパウダーに興味を抱き、話しかける。


「それはなんですか?」

「香辛料ですよ」

「なるほど……しかし、この香りはこれまでに嗅いだ経験がありません」

「私たちの故郷フリカ大陸ではポピュラーなものですが、こちらでは珍しいみたいですね」

「よろしければ少し見せていただいても?」

「もちろん。どうぞ」


 すっかり料理談議に花を咲かせているフォル。一方、焼き網ではすでに焼きあがった串を手にして味わっている者も出始めていた。


「さあ、焼けてきたぞ! どんどん食えよ!」


 いつの間にか、チェイスが焼き網の前に立ち、調理を仕切っていた。


「ああいうところを見ると、貴族っぽくないよね、ファグナス様」

「まあ、そういったところが信頼される由縁なんでしょうけどね」

「同感です」


 手渡された串焼き料理を楽しみながら、積極的に領民たちと交流しようという姿勢を見せるチェイスに感心するトアとクラーラとジャネット。

 そこへ、村長を務めるライオネルと通訳係のウェインがやってくる。


「『我らの故郷の味はいかがですかな?』とボスは言っています」


 シャイなライオネルは大変声が小さいため、側近のウェインを通してでないと会話が難しいのだ。

「とてもおいしいです! 香辛料のスパイシーな味つけも最高ですよ!」

「私もそう思います!」

「うちの料理長にもこの味を覚えてもらわなきゃね」


 クラーラが獣人族の奥様方と料理トークに夢中となっているフォルへ視線を送りながらそう言うと、ライオネルは満足そうに微笑んだ。


「そういえば、串焼きの他にもおすすめの料理があるんですよ」

「え? なんですか?」

「これです」


 ウェインは自身が手にしていた皿をジャネットの前に差し出す。それを見た瞬間、ジャネットは大絶叫。すぐさまトアの後ろに隠れた。


「な、何? 何を見たんだ、ジャネット」

「む、むむむ、虫……」

「虫?」


 そう。

 ウェインの皿に盛られていたのは串焼きと同じように香辛料を使ってスパイシーな味つけがなされた大きめのアリだった。


「む、虫を食べるなんて……」

「へぇ、結構いい匂いね」

「クラーラさん!?」


 怯えるジャネットとは対照的に、クラーラは虫料理に興味津々。


「いただいてもいい?」

「どうぞどうぞ」

「じゃ、遠慮なく♪」


 クラーラは臆する様子を微塵も見せず、アリを摘まんでそのままパクリ。


「! おいしい! なんていうか、触感はエビに近いわね」

「こちらにもまだありますよ」

「どれどれ♪」


 ウェインが持ってきた虫料理を抵抗なく頬張っていくクラーラ。その光景を目の当たりにしたトアも続く。


「俺ももらおうかな」

「トアさん!?」

「聖騎隊の野外訓練の一環で食べたことあるけど、味はいいし、栄養も豊富なんだよね。さすがに、アネスが成長する時に現れたような大物は食べたことないけど」


 虫を食することに関しては経験済みのトアもまた抵抗なく口に放り込んでいく。


「うまっ! フェルネンドで食べた虫料理よりもずっとうまいぞ!」

「やっぱり味の決め手は香辛料かしらね」

「サクサクの触感とも相性抜群って感じだよね」

「お酒のつまみにもなりそうじゃない?」

「そうだね。シャウナさんやケイスさんは喜びそうだ」


 虫料理の話題で盛り上がるトアとクラーラ。

そんなふたりの後ろで青ざめた表情のジャネット。




 その後、香辛料を使用した虫料理を要塞村でも出さないかとフォルへ提案しようとしたトアだったが、ジャネットの涙交じりの訴えによりあえなく却下となったのであった。




【 あとがき 】


 いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。


 本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。


 現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。

 これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>


 キャライラストや予約情報などはこちらから! 

https://twitter.com/EsdylKpLrDPcX6v/status/1219019552924692480





 そして次回は書籍化記念の番外編第1弾「前日譚・ローザ編」をお送りします!


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