書籍化記念【番外編】 前日譚・ローザ編

 トア・マクレイグがフェルネンド聖騎隊を去り、屍の森に放棄されていた無血要塞ディーフォルにたどり着く遙か昔。




 ザンジール帝国の侵攻に頭を悩ませる各国は一致団結し、連合軍を結成して対抗することとなった。しかし、急造の軍隊ということで指揮系統に混乱が起きやすく、時には内紛が発生することもあった。


 こうした連合軍のドタバタを嘲笑うかのように、ザンジール帝国は着実に植民地を増やして戦力を増強させていった。

 そんな中で事態の収束に立ち上がったのが、伝説の勇者ヴィクトールを含む八人の戦士たち。彼らはその圧倒的な力で帝国軍を瞬く間に制圧。植民地を解放していき、とうとう最重要拠点値である帝都さえもたった八人で陥落させてしまった。

 世界を救った彼らに人々は感謝し、称え、いつしか彼ら八人は《八極》と呼ばれ、その軌跡は神格化されるようになっていった。

 連合軍は彼らに最大の名誉である勲章を授けようと呼び出したのだが……


「ど、どういうことだ!?」


 授与式を仕切るのは連合軍を構成する国のひとつ――ロッパ大陸にあるイーリス王国の国王は、授与式に参加するはずの八極控室を訪れてそう叫んだ。

 なぜなら、その場にいたのはたったのひとりだけだったからだ。


「うるさいわねぇ……レディがお茶を飲んでいる時は静かにする者よ?」


うんざりしたようにそう言ったのは八極のメンバーであり、世界最高の魔法使いと称される人物だった。

 その優雅で華麗な振る舞いに、国王や取り巻きの兵士及び大臣たちは皆一様にこう思っていた。



『う、美しい……』



 その美貌に、居合わせた全員が思わず見惚れてしまっていた。


「? 何かしら?」

「――はっ!? う、うぅん!」


 国王は我に返ると咳払いを挟み、威厳たっぷりに話し始めた。


「そなたが世界最高の魔法使いと言われる枯れ泉の魔女だな?」

「あら、そうなの? 自覚はないのだけれど」


 それでも否定しないところを見ると、自覚はないと言いつつ、「世界最高の魔法使い」と呼ばれることに対して満更でもないのだろう。


「他の七人については……まあ、気まぐれな人が多いから、そのうちやってくるんじゃないかしら」

「そ、そんな……」

「あ、ちなみに私はちゃんと授与式に出るわよ? 勲章は欲しいし、私が八極だと知れ渡れば鬱陶しい連中に絡まれることもなくなるでしょうし」

「む、むぅ……」

「ただ、少なくとも、あなたたちが待ちわびているヴィクトールだけは絶対にこの場へ姿を現さないわ。これだけは保証してあげる」

「えっ!?」


 国王や大臣は驚きの声をあげる。それは、ヴィクトールが来ないという事実についてもそうなのだが、ローザがまるでこちら側の意図をすべて知り尽くしているぞという口調の方が衝撃の度合いとしては大きかった。


「言っておくけど、その気になれば帝国なんて彼ひとりでも潰せたのよ? 単純に面倒で数も多いから私たちを呼んだだけ。だから……くれぐれも彼を自国の兵力として取り入れようなんて思わないことね。彼の機嫌を損ねたら、たぶん、他の八極が全員本気で戦ってようやく取り押さえられるかってくらい強いから」

「うっ……」


 ゾクッと国王や兵たちは震えあがる。

 ヴィクトールが強いというのは当然だが、目の前にいる枯れ泉の魔女を含む他の八極も常軌を逸した戦闘力を誇る者たちばかり。そんな彼らが束になってかかってようやく押さえられるかもしれないというレベル――これだけで、ヴィクトールの戦闘力の凄まじさは十分に伝わったといえた。


 ただ、ローザは重大なことを隠していた。


「……ま、これだけ脅しておけば彼を引き入れようとするバカな国は減るでしょうね。まったく、最後の最後まで世話が焼けるんだから」


 先ほどのヴィクトールに刺客が向かわぬよう、釘を刺すための嘘であったのだ。




 結局、この後に授与式参加のためやってきたのは百療のイズモと黒蛇のシャウナの三人だけだったが、それでも世界を救った英雄の姿を見ようと王都には人が押し寄せていた。


「やれやれ……お祭り騒ぎね」

「まったくだな」

「某としては……こうした華やかな場は性に合わん」


 歓声を浴びる三人は複雑な表情を浮かべながら熱狂する人々を授与式の舞台の上から眺めていた。


「それで、ローザ……君はこれからどうする?」


 不意に、シャウナがそんなことを尋ねてくる。


「これから、というのは?」

「おっと、これは野暮な質問だったね。この後、ヴィクトールの後を追うのだろう?」

「……いいえ」


 ローザが否定したことで、シャウナは「え?」と素で驚きの声を漏らした。


「彼は好きに生きる……私に彼を縛りつけておくことなんてできないわ……昔も今も……そしてきっとこれからも」

「ローザ……」


 帝国を倒した後で、ローザとヴィクトールの間に何かが起きたことを察したシャウナは、それから一度もヴィクトールの話題を出さなかった。



 

 授賞式終了後。

 イズモは同行していたヒノモトの兵たちと共に故郷へと戻り、シャウナは昔から興味があったという考古学の研究に勤しむため旅に出た。

 こうして、世界を救った英雄たちはそれぞれの道を歩みだしたのである。




 ――それからおよそ百年後。




 屍の森。

 ローザの家。


「ぬ?」


 その日、長い昼寝から目を覚ましたローザは、これまでに感じたことのない強大な魔力の気配が漂っていることに気づいたローザは慌てて外へと飛びだした。


「魔力の漂ってくる方角からして……間違いない。眠り続けていたはずの神樹が目覚めたようじゃな」


 黒いとんがり帽子を頭に乗せ、同じような色合いのローブを身にまとったローザは、杖に跨ると神樹を目指して空へと舞い上がる。


「それにしても……一体なぜ今になって……自然発生か、それとも何者かが……だとしたらどうやって神樹をよみがえらせたんじゃ?」


 長年研究していても一向に分からなかった神樹ヴェキラの復活方法。

 その真相を知るため、ローザは無血要塞ディーフォルを目指した。




 そこに、自身の人生を大きく変える出会いが待っていることなど、この時は微塵も想像していなかったのである。






【 あとがき 】


いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。


本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。


現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。

これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>


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