第214話 アネスとシャウナ

「きゃははは♪」


 要塞村に元気な子どもたちの声がこだまする。

 ここで暮らす子どもたちは、日中、エステルが中心となって仕切っている学校でいろんなことを学ぶ。人間の言葉や決まり事などの社会的なことから、運動まで行う。手の空いた大人たちも入って一緒に勉強や体を動かしたりするので、子どもたちにとっては楽しみながらさまざまなことを学習できるのだ。


「今日はボールを使って遊ぶわよ」

「「「「「は~い!!」」」」」


 エステルの言葉を受けた子どもたちは元気いっぱいに返事をする。

 すると、そこへ、


「おや? 今日はなんだか賑やかだね」


 地下古代遺跡の調査から一旦地上へと戻ってきたシャウナだった。

 そのシャウナを視界に捉えた子どもたちは、一斉に彼女のもとへと走り寄る。


「シャウナさん! 一緒に遊ぼう!」

「やろうよ、シャウナさん!」

「はっはっはっ、まあ落ち着きたまえ、美少女&美少年たちよ」


 シャウナは子どもたちから絶大な支持を得ていた――約一名を除いて。


「…………」


 シャウナの周りに集まる子どもたちだが、たったひとりだけ、エステルの背中に隠れてしまっている子がいた。


「……まだ怖いの?」

「うぅ……」


 エステルの服をギュッと掴んで離れないのは、幼い女の子の姿こそしているが、大地の精霊たちをまとめる精霊女王アネスだ。

 まだアネスが小さい赤ん坊だった頃から、シャウナに対してはなぜだか苦手意識があるようで、シャウナが近づくだけで泣いていた。それは成長した今も変わらないようで、シャウナが近づくだけでエステルやトアの背中に隠れてしまうのだ。


 そのことに気がついたシャウナは一瞬表情に影を落としたが、すぐさま「すまないが、まだ仕事が残っていてね。また今度にさせてもらうよ」と言って子どもたちのもとから去っていった。


「シャウナさん……」


 なんとかしてあげようにも、アネス自身にもなぜ苦手なのかが分かっていないようで、対処のしようがなかった。

 地下古代遺跡へと戻っていくシャウナの背中は、どこか寂しげに映った。



  ◇◇◇



「――ということが昼間あったのよ」

「なるほど」


 その日の夜。

 フォルが店主を務める要塞村おでん屋台にて、エステルは昼間の出来事をトアに報告していた。


「アネスがシャウナさんを苦手にしている理由がなんなのかさえ分かれば、対処法も考えられるんだけどなぁ」

「それについてはワシも知りたいのぅ」


 トアとエステルがおでんを食べながら話をしていると、そこへローザがやってくる。


「ローザさんも知らないんですか?」

「まあのぅ。むしろシャウナは子どもに好かれるタイプなんじゃ」

「確かに、アネス以外の子どもたちは凄くシャウナさんに懐いていますからね」


 ここが謎を呼ぶ一番のポイントだった。

 要塞村では気さくでセクハラが好きな残念美人考古学者という印象しかないが、その正体はかつて、三千人を超える大部隊をたったひとりで全滅させてしまうほどの力を持つ英雄のひとりである。


 そうした、いわゆる強者の傍若無人な振る舞いを見た子どもたちから畏怖の対象として見られる可能性もあった。が、前述の通り、シャウナの要塞村での働きは一部を除いて村民たちから信頼を得るに値する働きをしている。だから、要塞村に住む子どもたちはシャウナに対して恐怖心など抱かず、むしろ積極的に絡んでいくのだ。


「一体何が原因なんでしょうか……」


 アネスとシャウナの間を取りもってあげたいと願うエステルはなんとかしようと頭を悩ませる。すると、そこへ今まさに話題となっている人物が屋台に顔を見せた。


「やあ、こんばんは」

「「「シャウナ(さん)!」」」

「な、なんだい? 随分と熱烈な歓迎だね」

 

 三人が声を揃えて叫ぶと、いつも飄々としているシャウナもさすがにビックリした様子だった。着席したシャウナが三人の反応について尋ねると、エステルが説明を始める。


「実は……アネスのことで」

「アネス? ……ああ、昼間のことだね」


 シャウナは店主フォルにおでんの大根と牛すじと卵、そしてヒノモト産の酒を注文してからその件について語り始める。


「昔の話だし、仕方がないとも思っているので黙っていたのだが……エステルがそこまで思い悩んでいるなら、白状した方がよさそうだ」


 何やら含みのある言い方をするシャウナ。ただ、その口ぶりから分かることがひとつある。

 

「シャウナよ……お主、アネスが怖がっている理由に心当たりがあるのか?」

「最近思い出したんだ……あれはまだ私が君たち八極のメンバーと出会う前だ」

「そ、そんなに昔なんですか!?」

「ああ。その時に出会ったアネスは以前ここを襲ってきた時の姿だったんだ」

 

 精霊女王アネス。

 今でこそ、子どもの姿で村民たちから愛されている彼女だが、初遭遇した時は成人女性と変わらぬ見た目で、神樹の放つ強大な魔力を我が物とするために要塞村を襲撃したのである。

 だが、その時は神樹の加護を受けたトアが圧倒し、それに対抗しようとしたアネスが魔力を使い果たして赤ん坊の姿になってしまった。

 シャウナが出会ったのは成人女性の頃だったらしい。


「森を歩いていたら難癖をつけられてね。そのうち『あなたの力を私の栄養にするわ!』とか言いだして襲ってきたので……その……」


 抵抗したのだろうと予想したトアとエステル、そしてフォル。

 だが、ローザだけは少し違った反応を見せた。


「お主まさか……変身したのか?」

「まあ、ね」


 バツが悪そうに答えるシャウナだが、トアたちにはあまりピンと来ない話だ。


「あの、ローザさん。変身って?」

「人間形態でなく、獣としての姿――シャウナの場合は大蛇じゃな」

「? でも、蛇くらいなら別に……」

「ヤツの姿は並みの蛇とは比べ物にならん。別格じゃよ」


 そう語るローザの表情は明らかに強張っている。どうやら、獣状態のシャウナの姿は相当恐ろしいようだ。


「そういうわけだから、彼女が怖がっている原因というのはその時の私を前世の記憶として覚えているからだろう」

「えぇ……」


 なんだか腑に落ちない気もするが、それ以外に当てはまる理由に見当がつかないというシャウナは涙ながらに語った。


 結局、その日は夜通しシャウナを慰める会へと変わったのだった。



  ◇◇◇



 二日後。

 トアへの定期報告のため、地下古代遺跡から村へと戻ったシャウナのもとに、なんとアネスが駆け寄ってきた。


「あ、アネス!?」


 怖がっていたアネスが近づいてきたことで驚くシャウナ。そんなシャウナを尻目に、アネスは目の前までやってくると手にしていた一枚の紙を手渡してくれた。


「こ、これは?」

「頑張って描いたんだよ!」


 表情にはまだぎこちなさが残っているが、エステルやトアの背後に隠れていたこれまでに比べたら、かなり進歩したと言える。

 その進歩にも驚きつつ、シャウナは紙を広げてみた。


「おぉ……」


 そこに描かれていたのはシャウナ自身であった。


「私の似顔絵か……」

「うん!」

「ふふ、ありがとう、アネス。これは宝物にさせてもらうよ」


 シャウナはニコリと微笑んでアネスの頭を撫でていた。

 その光景を、少し離れた位置から見守るトアとエステル。


「とりあえずは成功、かな」

「でも驚いたわね。まさかアネスの方からシャウナさんと仲良くしたいって言いだすなんて」

「きっと、不安だったんだと思うよ。周りが平気で、自分だけが訳も分からず苦手だったって状況が。それも今日で終わりになるだろうけど」

「そうね」


 ふたりが肩を並べてアネスの成長に頬を緩めていると、


「いやいや、そうしているとおふたりは本当の夫婦のようですね」


 どこからともなく現れたフォルがからかってくる。


「や、やめろよ、フォル」

「今さら照れなくてもいいでしょうに」

「そうね。その必要はないわね」


 ドスの利いた低い声に、フォルはビクリと体を震わせる。


「クラーラ様……」

「ねぇ、フォル。私最近新しい趣味ができたの」

「ほう。鍛錬とマスター以外にあまり興味を抱きそうにないクラーラ様が……どんな趣味でしょうか?」

「この剣で甲冑を細切れにするってことよ」

「随分とニッチな趣味をお持ちのようで……」


 剣を振り回すクラーラに追いかけられるフォルの姿を見つめながら、トアとエステルは苦笑いを浮かべるのだった。




【 あとがき 】


いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。


本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。


現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。

これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>


キャライラストや予約情報などはこちらから! 

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