第215話 思い出の絵
要塞村地下迷宮。
ザンジール帝国が魔法兵器の開発を進めるため、時には非人道的な、いわゆる人体実験なども行っていたと噂されるそこには、今もモンスターが住み着いていたり、全体的に薄暗くて不気味な空気が漂っているなど、調査を拒むような雰囲気が充満している。
以前は要塞村の若者たちが頻繁に潜っていたが、最近では地下古代遺跡で魔法陣が発見されたこともあって、そちらの調査が優先となり、半ば放置状態になっていた。
それに、広大な面積を調べるには明らかに人員不足。
ただ、これについては現在解決策が村長トアと領主チェイスの間で協議されており、近いうちに何かしらの案が打ち出される予定となっている。
そんな地下迷宮だが、今日はふたりの少女が潜っていた。
「いつ来てもここは薄気味悪いわね」
「わふぅ……」
エルフのクラーラと銀狼族のマフレナである。
ふたりは新しい技が閃くと、ここでザコモンスターを相手に試し打ちをして、ドロップしたアイテムをパーベルにあるテレンスの店に持っていく。この一連のやりとりがここ最近のクラーラとマフレナのルーチンワークとなりつつあった。
今日もそのつもりで朝から地下迷宮へと潜り、技の練度を上げるために鍛錬をしていたわけだが、その際に、ふたりは思わぬ物を発見する。
「ひゃっ!?」
第一発見者はクラーラだった。
「どうしたの、クラーラちゃん」
「い、いや……誰かに見られていると思ったんだけど、絵だったみたい」
クラーラが悲鳴をあげた原因は、目の前に壁にかけられた一幅の絵画だった。縦が三十センチ、横は二十センチほどのサイズで、仲睦まじく、微笑み合って寄り添う二十代中頃の若い男女が描かれていた。
「わふぅ……ご夫婦でしょうか」
「どうだろう……あ、もしかしたら、フォルが何か知っているかもしれないわね」
「わふっ! じゃあ、この絵を持ち帰って、見てもらいましょう!」
「そうね」
マフレナからの提案に乗る形で、ふたりは壁にかけられた絵を地上へと持ち帰ることにしたのだった。
地上へと戻ると、早速、第一階層でアイリーンと楽しげにおしゃべりをしているフォルのもとへと向かった。
「クラーラ様? なんですか、その絵は」
「ちょうどよかった。アイリーンにも見てもらいたいの」
「わたくしにも、ですか?」
帝国の施設であり、ここに幽閉されていたアイリーンならば、たとえフォルが見たことなくても、この絵について何かを情報を持っている可能性があった。
というわけで、ふたりに絵を見てもらったわけだが、
「「う~ん……」」
フォルとアイリーンは揃って首を傾げた。
「申し訳ありません。まったく見たことのない絵ですね」
「わたくしもです」
「そうなの?」
「わふぅ……これで手掛かりはなくなっちゃいましたね」
謎の男女が描かれた絵画。その真相を探るはずが、あっという間に座礁に乗り上げてしまう形となり、四人はひたすらにとうしたものかと唸る。しばらくすると、そこへトアがやってきた。
「何やってるの?」
「トア? ここへ来るなんて珍しいじゃない」
クラーラが言うと、トアの視線はフォルへと向けられた。
「この後、ファグナス様のお屋敷にフォルと行くことになっていたから呼びに来たんだよ」
「おや、もうそんな時間でしたか」
「ファグナス様? ――そうだ!」
名案を思いついたといわんばかりに、クラーラはパンと手を叩く。
「もしかしたら、ファグナス様が何かを知っているかも」
「? 知っているって……何を?」
「わふっ! この絵ですよ!」
マフレナは地下迷宮から持ってきた絵画をトアへと見せる。
「へぇ、綺麗な絵だね。それに……この絵に描かれているふたりは、なんだか凄く幸せそうに見えるよ」
「でしょ? だから、もし持ち主が分かれば持っていこうと思って」
「なるほど……それでファグナス様に聞いてみよう、と」
帝国の要塞だった場所に、なぜこのような不釣り合いともとれる幸せそうな男女の絵画あったのか。原因を追究することを考えていたクラーラたちだったが、いつしか描かれている男女の方に関心が移っていた。
そして、それはトアも同じだった。
「……そうだね。さすがにもう描かれている人たち自身はこの世にいないだろうけど、もしかしたらお子さんがいるかもしれないし」
ここにあるということは恐らく描かれているふたりは元帝国の人間。となると、年齢的にもうこの世にはいないと考えるのが妥当だ。
しかし、それにフォルが待ったをかける。
「それがそうでもなさそうなんですよ」
「え? どういう意味だ、フォル」
「使用されている絵具の劣化具合などから、この絵が製作された年代を計算してみたんですが……どうやら、今から五十年ほど前に描かれたものであることが分かりました」
「えっ? 五十年前?」
「割と最近ですわね!」
この絵が五十年前に製作されたものだとしたら、描かれているふたりはまだ生きている可能性がある。一気に盛り上がる中、マフレナが新たな提案を出す。
「だったら、ローザさんにも話を聞いてみましょう!」
「うん。確かに、ここでの生活が長いローザさんなら、何か分かるかもしれない」
要塞村ができる前から屍の森に住み、神樹の研究を続けてきたローザならば、ここに絵がある理由について何か知っているかもしれない。
五十年前に描かれた絵だとするならば、すでに大戦は終わり、帝国が消滅してから、地下迷宮へ飾られたことになる。屍の森と呼ばれて恐れられているここに来る者は決して多くないはずなので、ローザが何か覚えているかもしれないとにらんだのだ。
「とりあえず、ファグナス様との約束の時間が迫っているから、まずはお屋敷に向かうとしよう」
「そういえば、そのためにフォルを呼びに来たって言っていたわね」
「わふっ! 私たちも行きましょうよ、クラーラちゃん!」
「そうね。あの絵が一体誰の絵なのか、こうなったら徹底的に調べてやりましょう!」
トアとフォル、それにクラーラとマフレナも加わった四人は、アイリーンに留守番を頼んでファグナス邸を目指して村を出た。
◇◇◇
「う~む……」
ファグナス邸を訪れたトアは、用件を済ませると地下迷宮から持ち帰った絵を見せて心当たりがないかどうか尋ねる――が、その反応は芳しくなかった。
「やっぱり見たことないですか?」
「……この絵自体は見たことがない。ただ」
「ただ?」
「描かれている男は……どこかで見たことがあるような……」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出すトア。
「だが、どこの誰だったかは……それに直接会ったわけではなく、似たような絵をどこかで見たというだけで……」
どうやら曖昧な記憶しかないらしく、描かれている男性がどこの誰かまでは分からないという。
とうとう手詰まりになったかと思ったその時だった。
ガシャーン!
突然、何かが割れる大きな音が室内に響き渡る。音のした方へ全員が視線を向けると、そこには手にしたティーセットを床に落として呆然とするチェイス専属の執事ダグラスの姿があった。
「だ、大丈夫ですか、ダグラスさん!」
トアが駆け寄ろうとするよりも先に、ダグラスが口を開く。
「その絵を……一体どこで!?」
いつも物静かで落ち着いた感じのダグラスだが、そこからは想像できないほどひどく動揺していた。
「えっと、要塞村の地下迷宮ですが」
「おぉ……やはりそこでしたか」
「わふっ? ダグラスさんはこの絵を知っているんですか?」
「知っているも何も……そこに描かれているのは私自身です」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
ファグナスを含め、その場にいた全員が飛び上がるほどに驚いた。
ダグラスの話をまとめるとこうだ。
ファグナス家の先代領主は、無血要塞ディーフォルの調査を行うため、兵や自分の配下の人間を百人規模で編制した部隊を何度も送っていたらしい。結局、六度目で断念したわけだが、ダグラスは二度目の調査隊に参加していたという。
当時まだ新婚だったダグラスは、ハイランクモンスターがうろつく屍の森へ向かうことになったことで、もしかしたら死ぬかもしれないと心配し、妻との絵を画家に二枚描いてもらってそのうちの一枚を持って調査に参加したのだという。
ダグラスは現在の地下迷宮を調べていたが、そのうちに迷ってしまい、とうとう体力も尽きてしまって死を覚悟した。
だが、あきらめずに捜索をしてくれた仲間に助けられてなんとか無事に帰還。命は助かったが、大切にしていた絵はその時に紛失してしまった。
その絵が――何十年という時を越えて今再び自分の目の前にある。
「見つけてくれてどうもありがとうございます、クラーラさん、マフレナさん」
真っ直ぐに、面と向かって礼を言われたクラーラとマフレナは照れ笑いを浮かべていた。
ちなみに、ダグラスの奥さんは五年前に病でなくなっているのだという。さらに、奥さんの棺の中に絵を一緒に入れたため、手元にはもう一枚も残っていなかった。
だから、クラーラとマフレナが見つけてくれた絵は、ダグラスにとって奥さんとの大切な思い出が詰まった最後の宝ともいえた。
ダグラスはクラーラとマフレナから絵を譲り受けると、チェイスが「日頃の働きに対するささやかな礼だ」とサイズに合う綺麗な額縁を特注で用意し、プレゼントした。
にこやかに微笑む夫婦の絵は、今もダグラスの私室に飾られている。
【 あとがき 】
いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。
本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。
現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。
これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>
キャライラストや予約情報などはこちらから!
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