第73話 夜の一幕
レナードとヘクターによる会談は滞りなく進んだ。
最初のうちは同席したフロイドがアドバイスを送りながら話をしていったが、次第にレナードひとりでもしっかりと交渉することができるようになり、フロイドは感心しながらそのやりとりを見守っていた。
それはトアも同じだった。
ヘクター町長のペースで進む会談であったが、後半になると緊張が取れたのか、或はフロイドばかりに頼るわけにはいかないと奮起したのか、主導権を徐々に手繰り寄せ、しっかりと町長らしさを見せつけた。その姿には父であるチェイスの面影が重なり、これからの成長を感じさせたのであった。
――成果としては上々であると評価できる会談となった。
エノドアにある鉱山で採掘された魔鉱石の売値を細かく調整し、また、パーベルから他国へ輸出する際に生じる問題点などについても話し合われたが、細部では領主であるチェイスの意見を聞く必要があるとし、改めて今回浮上した課題についてチェイスも交えた会談の場を設けようということになった。
「今回は実に有意義な話ができた。感謝しますぞ、レナード町長」
「こちらこそ。若輩者ですが、これからもよろしくお願いします」
ふたりの町長は最後に力強く握手を交わし、会談は終了した。
会談が終了する頃にはすっかり辺りは真っ暗となり、昼間の喧騒が嘘のように静かな雰囲気であった。
元々今回の遠征では一泊をする予定で来ているので、トアたちはヘクター町長の屋敷に泊まることとなった。
「ふぅ……」
案内された部屋のベッドに腰を下ろしたトアは思わずため息を漏らした。今回の遠征はトアにとって勉強の意味も込められていた。
「凄かったなぁ……レナードさん」
素直な感想が口をつく。
エノドアとパーベルの間で結ばれる協定――要塞村が直接関わることはないのだが、今日のレナードとヘクターの会話には胸が熱くなるものがあった。いずれ、自分も村長としてあのような交渉役を担うことになるだろう。そうなった時、今日のあのふたりのようになれるのかどうか、少し不安を覚えた。
そんなことを考えていたら、なんだかジッとしていられなくなって、少し外へ出ることにした。
夜風に当たりながら、トアはパーベルの海を眺められる通りをゆっくりと歩く。
等間隔に設置された、発光石の埋め込まれているランプの灯りを頼りにして潮風の中をあてもなく進む。
あまり屋敷から離れてもいけないなと思い、足を止める。
そのまましばらく夜の海を眺めていたら、よく知った声にかけられた。
「珍しく辛気臭い顔しているわね」
振り返ると、そこに立っていたのはクラーラであった。
月明かりを浴びて鮮やかに輝く金髪のポニーテールを穏やかな夜の潮風に靡かせているクラーラは、トアの真横まできて同じように視線を夜の海へと送る。
「心配事?」
不意に尋ねられて、トアは返答に困った。
まるでこちらの心中を見透かし方のような言葉に驚いたのだ。
「あなたは割と顔に出やすいのよ。……まあ、付き合いの長いエステルの方がもっとうまく読み取るんでしょうけど」
「いや、でもさっきクラーラに指摘されたことは図星だったんだ。よく分かったね」
「これでも一応、エステルを除く要塞村のメンツの中では、あなたとの付き合いが一番長いもの。それくらいは読み取れるわ。――で、何がそんなに心配なの?」
顔を覗き込まれながら聞かれて、トアは思わずドキッとする。
「ん? どうかした?」
首を傾げるだけの仕草でも、顔が熱くなるほどだ。
トアはなんとか平静を保ちつつ、クラーラからの質問に答えた。
「心配だったのは……俺は今日のレナード町長たちのようになれるかなってところかな」
「レナード町長? 確かに途中からなんというか、頼もしくなったわよね。途中からフロイドさんはほとんど口を挟むことなかったし。ヘルミーナさんはすっかり別人となったそんなレナード町長の姿を見て失神していたし」
「ヘルミーナさんのことは触れないであげて」
レナード町長のキリッとした姿に、途中からヘルミーナは完全に職務を忘れて心を奪われていた。
「……聖騎隊にいた頃はあんな感じじゃなかったんだけど」
別に今のヘルミーナが悪いとは言わないが、過去の姿からのギャップが凄すぎて戸惑っているのがトアの本音だった。
――話を戻そう。
「ともかく、レナード町長は分かっていたんだ。何が必要なことか……レナード町長はその辺の理解力が高いんだろうなって思ったよ。俺なんかとはまるで違う」
だから不安を感じる。
自分はあんな器用に立ち回れるのか、と。
いつか自分の失敗で村民たちを失望させてしまわないか、と。
心を覆い尽くすドス黒い感情に呑まれようとしていた――そんなトアへクラーラが投げかけたのは「はあっ~……」という盛大なため息だった。
「あなたねぇ~……レナード町長の凄さに自信をなくすのはいいけど、だからって大切な存在を忘れていない?」
「た、大切な存在?」
「なんのために私たちがいると思っているのよ。村長だからって全部自分で解決しようとしなくてもいいのよ」
「そ、それは……」
大切な存在。
それは仲間である自分たちだ。
それがクラーラからのメッセージだった。
「この前、フォルにも言ったことだけど、もっと仲間を――私たちを頼りなさいよ。それとも私たちじゃあなたの不安を解消させられないかしら?」
「そ、そんなことは……クラーラにはずっと助けられているよ。もちろん、他の村人のみんなにもだけど」
「ならそれでいいじゃない」
「え?」
クラーラは笑顔でトアの心に渦巻く暗雲を振り払った。
「私はいろいろ深く考えるのが苦手だから思っていることをそのまま伝えるけど、私たちのことを信用しているのならもっと頼ること! いいわね?」
「クラーラ……ありがとう。君には元気をもらいっぱなしだね」
「じゃあ何かで返してもらおうかしら」
「うっ……あまり高価な物はやめてくれよ? それ以外ならなんでもいいから」
「物じゃないわよ! ……て、なんでもいいの?」
「う、うん」
「……そう。それについてはじっくりと検討する余地がありそうね。村に戻ってから考えることにするわ♪」
ニヤニヤと頬を緩ませるクラーラに、トアはちょっとだけ自分の迂闊な発言を後悔するのだった。
――その時である。
「へへっ、今夜のターゲットは~っけ~ん♪」
なんとも間の抜けた声がした。
トアとクラーラがそちらへ視線を移すと、自分たちとさほど年齢の変わらない少年五人が薄気味悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。
「おいおい見ろよ、女の方はエルフだぜ?」
「しかもめちゃくちゃ可愛い子じゃねぇか」
「今夜はツイてるぜ。金だけじゃなく女も手に入るとはよぉ」
下品な会話を繰り広げる少年たちだが、全員が短剣やナックルダスターなど目につきにくい武器を装備している。怪しまれないようにするためだろう。その手口からも常習であることが窺えた。
「はあ……せっかくいい雰囲気だったのに、台無しね」
ため息を漏らしながらそう言うクラーラだが、今は特に武器を手にしていない。それはトアも同じで、まったくの手ぶら状態だった。
しかし、ふたりは武装した少年たちに対して微塵も恐怖心など抱かず、ただガラの悪い彼らをどうやって追い返すべきか思案していた。
すると、リーダー格と思われる灰色の髪をした少年が一歩前に出る。
「なあ、兄ちゃん。黙って金と女を置いていけばあんたには危害は加えねぇよ。――ただ、置いていった金の額が俺たちを満足させる値に達しなかった場合はその限りじゃねぇがな」
灰色の髪の少年が言い終えると同時に下卑た五人分の笑いがこだまする。
これ以上は聞くに堪えないので、トアは早々にお引き取り願おうと要求を却下する旨を伝えようとするが――その灰色の髪の少年と目が合った時、両者は思わず目を見開いた。
「けっ! 誰かと思ったら、ゴミクズジョブ持ちのトア・マクレイグか」
「プレストン……か?」
トアと灰色の髪の少年――プレストンは顔見知りだった。
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