第72話 港町パーベル

 エノドアと要塞村に多大な影響を及ぼすであろう港町パーベルとの交流。

 今のところは前向きに検討をしていきたい姿勢を示しているエノドア町長レナードだが、採掘された魔鉱石を他の大陸にある国へ輸出する――つまり貿易となると話はガラリと変わってくる。


 そうした点を解消、或は進めていくためにも、レナードはパーベル町長のヘクターと直接会わなければならないと決断したのだった。


 とはいえ、まだまだ経験の浅いレナードをひとりで行かせるのは難しいだろうと、護衛兵としてヘルミーナを含む自警団の兵士数人と要塞村から選抜兵に元大臣フロイド、そしてトアの合計十三人が同行する運びとなった。


要塞村へ戻ったトアは、村から同行するメンバーとして、トアは護衛役にエステルとクラーラを、連絡要員として空を飛べる冥鳥族のアシュリーを指名した。ローザやシャウナ、それにジンやゼルエスといった伝説の英雄&種族がわらわらと港町に集結しては混乱を招くとして控えてもらうことにした。同様の理由でフォルやモンスター組も留守番ということに。


「仕方があるまい。ここはおとなしく引き下がり、お土産を楽しみにするとしよう」

「気をつけていくのじゃぞ」

「僕は行っても大丈夫だと思うのですが?」

「あんたは自分の存在の衝撃ぶりを過小評価しすぎよ!」


 クラーラのツッコミが示す通り、初めてフォルを見た時のことを思い出すと、余計な混乱を招いてしまうのは確定的なので留守番は決定的なのである。


「パーベルって、確か観光地としても有名よね」

「そうなの? 私はずっとオーレムの森で暮らしていたってこともあって、ここ以外にどんなところがあるのかあまり知らないのよねぇ」

「私もです……」

「じゃあ、今度は仕事抜きで行こうか」

「! ほ、ホント!?」

「いいんですか!?」

「うん。今回は視察って名目だから大人数で行けなかったからね。マフレナやフォルたちも誘ってみんなで泳いだり遊んだりしようか」

「やった♪」

「楽しみです♪」

「よかったわね、クラーラ、アシュリー」

「うん♪」

「はい♪」

「まったく……お主ら、遊びに行くのではないのじゃぞ」

 

 ローザに釘を刺されて我に返る四人。完全にバカンスを楽しむノリだったが、ローザの言う通り、今回は仕事で行くのだ。気持ちを切り替えなくてはとトアは頬をパチンと叩いて気合を注入する。


「まあ、お主らなら大丈夫とは思うが、もし何かあったらジャネットの作った魔力の込められた信号弾を撃ってワシらに知らせるのじゃ。すぐに助けに向かう」

「分かりました」


 大魔導士に大剣豪のジョブを持つ美少女ふたりとこれまた美少女の冥鳥族を連れて、トアは港町パーベルへ向かう準備を開始した。



  ◇◇◇



 翌日。


 早朝にエノドアへと向かい、そこからパーベルの町から乗ってきたという船を停めている場所へと馬車で移動することとなった。

 船が停泊していたのはキシュト川だが、屍の森から少し外れた位置にあるためモンスターの脅威は薄いという。


「……思えば、俺って船に乗るのってかなり久しぶりだな」

「養成所でやった海洋演習以来かしら?」

「わ、私は初めてです……」

「私も初めてね。どんな感じなの?」

「う~ん……まあ、乗れば分かるよ」


 トアもエステルもかなり昔のことなので船の感覚をすっかり忘れていた。



 その結果――



「うおおおぉ……」


 真っ先に船酔いとなったのはトアだった。

 気持ち悪さに目眩も加わり、今は室内でエステルに膝枕をされている状態だ。ちなみに、船舶での移動が初体験となるクラーラはテンション高く外でキャーキャー騒いでいる。

同じく船舶初体験であるアシュリーだが、こちらもトア同様に揺れで気分が悪くなってしまう。しかし、アシュリーは自前の羽で空へと舞い上がることでこれを回避することができたのだ。

なので、体調不良を訴えて動けなくなっているのはトアひとりだけだった。


「大丈夫?」

「ふ、船ってさ、こんなに揺れたっけ……?」

「そんなに揺れてはいないと思うけど?」

「うぅ……情けない」

 

 ケロッとしているエステルを見ると、ダウンしている自分が惨めに思えてくる。


「そんなことないわ、トア。あなたはいつだって素敵よ」

「エステルぅ……」


 弱っているところに優しい言葉をかけられて感涙のトア――が、視界の先に映る物から目を背けようと首を真横へ移動させる。


「? どうしたの、トア。そんな無理な体勢だと首を痛めちゃうわよ?」

「い、いいんだ。これが楽な姿勢だから」


 もちろん、それは嘘である。

 エステルに嘘を吐くのは心苦しいが、アレを直視し続ける辛さと天秤にかけた結果が今の行動であった。


 トアの視界に映ったものとは――エステルの胸だった。膝枕をして正面を向いていたらどうしたってそこに視点が合ってしまう。しかも、明らかにそのサイズは一年前の適性試験の時よりも大きくなっている。具体的なサイズは知らないが、それはもう一発で判断できるくらいの成長ぶりだ。

しかし、その成長の軌跡を凝視し続けるのは紳士としてあるまじき行為。

トアは船酔いからの回復とエステルの胸の直視を避けるため目を閉じ、パーベル到着まで眠ることにした。



  ◇◇◇



 船に揺られることおよそ一時間。


 たどり着いた港町パーベルは活気に溢れていた。

 風に乗って潮の香りが鼻をくすぐり、何隻もの船が港に停泊している。屍の森ではまず見られない光景に、クラーラのみならずトアやエステル、そして引っ込み思案のアシュリーさえも興奮気味だった。


「エノドアも賑やかといえば賑やかだけど、ここは段違いね」

「フェルネンド王都にも負けていない熱気だわ」

「あわわ……」


 クラーラとエステルは感心し、アシュリーは大勢の人々を前にして船酔い以上に体調を悪化させていた。

 とりあえず、町長レナードとフロイド、そしてトアの三人はこのパーベルの町長であるヘクターに会うため町長の住む家に向かうこととなった。

 ちなみに、町長レナードの横にはヘルミーナがピタリと横についている。


「あ、あの、ヘルミーナさん?」

「何かおかしな点がありましたか、町長」

「距離が近いと思うのですが……」

「これも町長を守るためだ」


 とは言うものの、どう見ても腕を組んで歩いているようにしか見えない。

 そんなヘルミーナの頑張りを生暖かい目で見つつ、一行は石造りの道を進んでいく。

人波で体調を崩したアシュリーはクラーラに肩を借りながらなんとか歩けているという状態であったが、なんとかついていけた。


そうこうしているうちになんとか町長宅である屋敷に到着。

 閂付きの門の前では町長ヘクターが待ち構えていた。

 すでに昨日の段階で使者のひとりが先行してパーベルへと向かい、町長ヘクターへ来訪する旨を伝えていたのだ。


「お待ちしておりました、エノドアと要塞村のみなさま」


 パーベル町長のヘクターは爽やかな笑顔でエノドアと要塞村の面々を迎えた。

 早速エノドア町長レナードがヘクターと握手を交わし、続いて要塞村の村長トアとも固く握手を交わした。それから同行者たちにもひとりひとり丁寧に挨拶をしていくヘクター。

 年齢は見た目からして二十代後半と、レナードより年上とはいえこれだけの賑わいを見せる港町の町長というにはだいぶ若いように思える。こんがりと日焼けした肌に、太陽の光を浴びて輝く黄金色の髪。相当鍛えているのか、分厚い胸板に太い二の腕と護衛で来ている自警団員にも見劣りしない肉体だ。


「立ち話はこの辺にしておいて、続きは屋敷の中でいたしましょう」


 ヘクターに案内されるまま、トアたちは屋敷へと入っていった。

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