第74話 望まぬ再会
「フェルネンドから逃げだした挙句に手配犯にまで堕ちた腰抜けが、こんなところで何やってんだ? 悪党は廃業してお洋服屋さんでも開いたか?」
「「「「ははははは!」」」」
嘲笑が飛び交う。
よく見ると、プレストン以外にも、養成所で見たことのある顔がふたりいた。
「知り合い?」
「元同僚だよ」
トアの元同僚ということは、このプレストンという男も元フェルネンド王国聖騎隊に名を連ねていたということだ。
「ふーん……あなたの同僚ってことは、エステルやクレイブたちとも同僚ってことよね」
「そうなるね」
「……ホントに?」
エステル、クレイブ、エドガー、ネリスといった、聖騎隊の中でもクリーンな兵士しか知らないクラーラにとって、目の前でいやらしくニヤニヤしている男が同じ彼らと同じ職場で働いていたとはにわかに信じられなかった。
「手配犯であるおまえが相手となれば話は別だ。てめぇを捕まえてフェルネンドに送り届ければ懸賞金がもらえるぜ」
「……見たところ、すでに聖騎隊の一員じゃないみたいだけど?」
支給される制服を着用しているわけでもなければ、バカンスを楽しもうという雰囲気でもなさそうだ。ましてや、任務のために訪れたとは到底思えない。
「暴走し始めているからな、あそこは。あのまま残っていたってろくなことにはならないだろうし、だったらもっと人生を楽しもうって思ったから辞めたんだ」
トアが手配犯になっていたのはもう半年近く前で、しかもそれからフェルネンドのダルネス侵攻があったためほとんど風化していた。現に、パーベルに到着してから多くの人々と交流をしているトアだが、誰ひとりとして手配犯だと騒ぐ者はいなかった。それは、ダルネス侵攻以降、フェルネンドへの信用が失墜ている証拠でもあった。
「大人しく捕まれば痛い思いはしなくて済むぜぇ? ま、てめぇの《洋裁職人》のジョブじゃどう足掻いても俺たちには勝てねぇだろうから抵抗するだけ無駄なわけだが。……ただ、そっちのお姉ちゃんが張り切って俺たちの相手をしてくれるっていうなら見逃すことも考えてやらないわけじゃないぜ? おまえにゃエルフなんて宝の持ち腐れだ。俺たちがしっかりと可愛がってやるよ」
「ひゃっひゃっひゃ!」と大声でバカ笑いをする少年たちに対し、さすがに我慢の限界に達したクラーラがぶちのめしてやろうと前に出る。
だが、それをトアが制止した。
「ここは俺がいくよ」
「で、でも」
「俺はバカにされ慣れているけど……クラーラに対するさっきの言動については看過できないからね」
「トア……」
頬を赤らめながら、クラーラはトアの言う通り一歩下がってこの場を任せることに。それに気づいたプレストンの機嫌が一気に悪くなる。
「あぁ? てめぇ、まさか俺たち五人とヤル気か?」
「そのつもりだけど?」
トアに戦う意思があることを知らされたプレストンたちはさらに大きな声で笑う。
「くっはははは! マジか!? おまえそこまでバカだったのかよ!」
「いいから。やるなら早くしろよ」
「…………」
トアの挑発的な物言いに、プレストンがキレた。
それまでとは違い、静かな口調で迫る。
「調子に乗るなよ、カスが。女の前だからとイキったところで、てめぇに待っているのは惨めな敗北だけだ」
プレストンは手にしていた紺色の布にくるまれている細長い物体に手をかけた。
布を取り去ると、現れたのは槍だ。
「役立たずの《洋裁職人》であるおまえが、《槍術士》のジョブを持つ俺にどうやったら勝てるっていうんだ?」
自信と傲慢に満ちた瞳で、槍の切っ先をトアへと向けるプレストン。
「そういえば、おまえの幼馴染のエステル・グレンテスも王都から消えたな。上はその事実を民衆に隠しているようだが……おまえ、居場所を知っているか?」
「……さあ」
エステルへ魔の手が迫らぬよう、トアは咄嗟に嘘を吐いた。
「そうか。てっきり、おまえに見切りをつけ、コルナルド家に色目を使って貴族の座を手にしたとばかり思っていたが……飽きられて捨てられたか?」
「!?」
クラーラだけでなくエステルをもバカにする言葉に、トアの怒りは頂点に達した。
拳を強く握り、意識を集中させる。
《洋裁職人》ではなく《要塞職人》として目覚めた当初は、要塞の外に出ると魔力供給が遮断されていた。しかし、それは徐々に解消されていき、アシュリーたちが神樹にたどり着いた時からは要塞からどれだけ離れていようが変わりなく力を発揮できるようになった。
それは今も変わらない。
「退く気はねぇみたいだな」
愛用の槍を器用にクルクルと回して戦闘態勢に入るプレストン。
一方、武器もなく素手のトアも腰を落として構えた。
「手配書には生かして連れてこいとは書いてなかったからなぁ……てめぇの面さえしっかり分かれば問題ねぇわけだ――」
言い終えたと同時に、プレストンは地面を強く蹴ってトアとの距離を一気に詰めた。
「串刺しにしてやるよ!」
そのスピードは速い――が、あくまでもそれは一般的な視点での場合。
神樹の加護を受け、屍の森で日々ハイランクモンスターを相手に戦っているトアにとっては手加減をされていると勘違いしてしまうほど遅い攻撃だった。
プレストンの渾身の一撃をあっさりと回避し、向かってくる彼の顔面目がけて神樹から得られる魔力の込められた右ストレートを思い切りたたき込んだ。
「ぐぼあっ!?」
その威力は凄まじく、吹っ飛ばされたプレストンは近くにあった倉庫の壁に背中を打ちつけるが、それでも勢いは止まらず壁をぶち破って倉庫内までぶっ飛びようやく止まった。
「し、しまった……」
怒りに我を忘れ、全力をもってプレストンをぶちのめしたトア。
クラーラは「よくやったわ!」とはしゃいでいるが、その様子を目の当たりにした他の四人の少年たちは青ざめた表情で呆然としていた。
「ば、バカな……」
「あいつのジョブは戦闘向きじゃない《洋裁職人》だろ? なんで《槍術士》のプレストンを一撃で倒せるほどの力があるんだ!?」
トアのジョブについて誤った情報を持つ元聖騎隊の少年たちは信じられないといった様子であった。
◇◇◇
その後、騒ぎを聞きつけて集まってきた町の自警団によって少年たちは取り押さえられ、過去に起きた連続恐喝事件の犯人として連行されることになった。
事態を知ったエステルやレナードたちが駆けつけてくれたが、彼らはトアの実力を知っているので心配というよりは「変なのに絡まれて災難だったな」と同情気味だった。
事件自体はこれで解決なのだが、同僚である元聖騎隊の人間が他国の町で連続恐喝事件の首謀者であったことは少なからずショックだった。
プレストンは性格にこそ難はあったが、実力は確かなものがあり、演習を見学していたヘルミーナも「かなりの腕前だな」と褒めている。
トアはこの事実をエステルにも伝えた。
エステルもトア同様にショックを隠し切れない様子であった。
ふたりの気分は沈んだが、悪いことばかりではなかった。
連続恐喝犯を捕まえたとしてトアはパーベルの町人たちから深く感謝された。実はこれまでも捕まえようと自警団が見回りを強化していたようなのだが、《槍術士》のジョブを持つプレストンを止められるほどの実力者がいなかったため、なかなか捕まえることができなかったのだという。
それが今回、意図しなかった展開とはいえ、トアが犯人たちを捕まえたことで一躍有名人となったのである。
「ま、まいったな……」
「いいんじゃない? 感謝されているのだから素直に受け止めるべきよ」
「クラーラの言う通りよ、トア。――で、クラーラ?」
エステルはクラーラを呼ぶとそのまま少し離れた位置で何やらコソコソと話しあっていた。そこにはアシュリーも加わって何やら盛り上がっているようだが、トアは入り込みにくい空気になっている。
「……気になる」
遠巻きに女子たちを眺めながら、トアはボソッと呟いた。
何はともあれ、こうしてエノドアとパーベルの両町長による会談は終了し、トアたちは要塞村へと戻る帰路についたのだった。
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