第340話 オヤジたちの夜

 夕方。

 エノドアに流れる鐘の音。

 それは、鉱山での仕事の終わりを告げる音だ。


「ふい~、疲れたなぁ」

「どうする? 一杯やっていくか?」

「今日はフロイドの旦那の店に行こうぜ」


 仕事を終えた鉱夫たちの楽しみは、酒とおいしい料理。その両方を提供してくれるのが、元フェルネンド王国大臣のフロイド・ハーミッダが経営する宿屋兼食堂だった。


「旦那ぁ! 今日も来たぜ!」

「おう。まったく、おまえたちも飽きないな」

「店の売り上げに貢献しているんだ。もうちょっと気の利く言葉をくれよ」


 若い鉱夫たちにとって、軽口を言い合えるフロイドは、今やいい兄貴分であった。最近は髭を生やしたり、フロイドも鉱夫たちのワイルドさが移りつつあった。


 店が男たちで騒がしくなった頃、新たな来客がふたり。


「失礼する、店主」

「相変わらず賑やかだな、ここは」

「ジン! それにアルディまで! 久しぶりじゃないか!」


 店にやってきたのはマフレナの父で銀狼族の長でもあるジン。そして、クラーラの父でオーレムの森の長であるアルディのふたりだった。


「今日はどうした?」

「いや、メリッサの件をトア村長へ報告しに来たのでね」

「わざわざ長であるアルディ自身が?」

「クラーラの様子も見たかったしな。元気そうで何よりだったよ」

「それはよかった。なら、最初の一杯は俺の奢りだ」


 そう言って、フロイドはジンとアルディに酒とつまみを差し出す。その後、なんでもない世間話をしている三人――その横で、ひとりの若者が泣きながら酒を飲んでいた。


「うおぉ……」


 嗚咽を酒で流し込もうとしているようだが、酔いが回ってさらに泣きだすという悪循環。褒められた酒の飲みかたではない。たまらず、ジンが声をかけた。


「どうかしたか、若者よ」

「えっ?」

「む? 君は……」


 ジンは若者に見覚えがあった。

 彼はエノドア自警団設立時からいる古参メンバーで、要塞村へも何度か顔を出していた。


「確か、タイラーくんだったか」

「お、覚えていてくれたんですか?」

「君の真面目な仕事ぶりは評判だからな」


 好青年であるタイラーだからこそ、泣きながら酒を飲む姿が気になった。


「一体何があったんだ?」

「じ、実は……」


 タイラーはやけ酒の理由を語る。――と、言っても、とてもシンプルな理由だ。


「振られた?」

「え、ええ……」


 そう。

 タイラーは失恋していたのだ。

 

「それは辛いだろうが、だからといってその酒の飲みかたは勧められんな」

「す、すみません……」

「まあ、今日は私たちが君の愚痴を聞き届けてやろう」

「えぇっ!?」


 人間にとっては伝説的種族であり、生涯を通して会話をする機会などほとんどない銀狼族にエルフ族。そのふたつの種族の長である、ジンとアルヴィンに愚痴をこぼす――最初は恐縮していたタイラーだが、酒が進んでいたこともあって、胸の内をさらけ出した。


「お、俺は、あの子と真剣に結婚を考えていたんです……」

「そうだったのか」

「ほら、飲んで忘れろ。君ならば次の相手もすぐ見つかる」

「うぅ……」


 すべてを吐きだしたタイラーはとうとうダウン。

 深い眠りについてしまった。


「おっと、困ったな」

「うーむ、飲ませすぎたか」

「仕方がない。夜回りをしている自警団のメンバーでも呼ぶか」


 ジンとアルディが介抱に回り、店主フロイドが店の外へ出て今日の夜回り当番を呼ぶ。やってきたのは、


「タイラー殿……団長殿があれほど飲みすぎるなと注意したのに」


 タマキだった。


「タ、タマキ……?」

「そうですよ。タマキです。ほら、起きられますか?」

「……無理」

「じゃあ、肩を貸すので――よいしょっと」


 年頃の女子だが、そこはかつてケイス専属の付き人だっただけあり、男性であるタイラーが体重を預けても平然としている。


「それでは、お騒がせしました」


 タマキは一礼をして、店を出ていく。

 その様子を見たオヤジ三人組はニッコリと微笑んだ。


「あの様子なら……次の相手はすぐに見つかりそうだな」

「ああ。問題はどちらが先に気づくか、だが」

「ははは、俺たちはゆっくりと見守ろうじゃないか」


 穏やかな空気が店内に流れる――と、



「やっぱりここにいた!」



 タマキたちと入れ替わる形で店に来たのはクラーラだった。


「村から抜け出して何をやっているのかと思いきや……前みたいに飲み潰れて迷惑をかける前に帰るわよ」

「い、いや、もう少しだけ……」

「ダメ!」


 クラーラからの強烈なダメだしに、アルディは何も言えず。さらに、


「お父さん♪」

「マフレナ!」


 ジンの説得係として派遣されてきたマフレナが登場。


「そろそろ村へ帰りましょう?」

「よし帰るぞ! 今すぐ帰るぞ!」

「えっ? ズルくない?」


 以前から感じていた、娘の対応の違いを再びまざまざと見せつけられてガックリとするアルディ。


 そんな光景を見ていたフロイドや鉱夫たちは思う。

いくら伝説的種族の長であっても、愛娘には敵わないんだなぁ、と。

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