第90話 話し合い

※次回投稿は7月18日(木)の予定です。



 要塞村にある会議場。

 トアと要塞村の各種族代表者が集い、タキマルから詳しい事情を聞く流れとなった――のだが、タキマルの意識はその代表者たちに注がれていた。

 逆に、要塞村の面々もあまり見たことがないヒノモトの人間であるタキマルに興味津々といった感じだ。

 特に村人たちが関心を寄せたのがその見慣れぬ出で立ち。

 かつて同じ八極としてヒノモト出身者であるイズモからローザとシャウナが聞いた話によると、こちらの大陸でいうズボンを「ハカマ」と言い、上は「コソデ」


「いや……ここまで多数の種族が同じ集落で生活をしているとは……」

「ヒノモトではないんですか?」

「あり得ないな……」

「というか、こっちでもここまで他種族が入り乱れているのは他にないのではないかのぅ」

 

 ローザからの指摘を受けて考え直すと、確かに要塞村のように数多くの種族が共に生活をしているところなど聞いたことがない。


「一年以上ここで生活をしているうちに感覚が鈍ってきたのかも……」

「まあ、仕方があるまい。それほど普段の生活に支障がないということじゃからな。……さてと、脱線をさせてすまなかったのぅ。ここからはお主に話してもらわねばな」

「……分かりました」


 タキマルは静かに言うと、ヒノモトからこのストリア大陸へとやってきた経緯を語った。


「まず、あなた方が保護をしてくださったあの御方は――ヒノモト王国第十七代国王ナガニシ・トキカツ様のご息女であらせられるツルヒメさまだ」

「! じゃ、じゃあ、あの子はお姫様ってこと!?」

「左様」


 ところどころ、ヒノモト独特の言い方があったりして理解が及ばない場面もあったが、そこはローザとシャウナがフォローを入れてくれたおかげですんなりと理解できた。


「護衛の船などは見られなかったが、一体何隻でこのストリア大陸へ?」

「一隻だけだ」

「え? お姫様を乗せていたのにたった一隻で?」


 それはあまりに不用心というか不用意だ。 

 大戦が終わって以前よりは平和になったとはいえ、海は海賊もいるし、警備が手薄だということを知った者がこの機を逃すまいと兵を送り込んでくる可能性も十分考慮される。

 しかし、これらはヒノモト側の落ち度というわけではなかった。

 

「実は……今回我々がこの大陸へやってきたのはあくまでも貿易交渉のためなのだ」

「え? だったら、どうしてお姫様が?」

「私が勝手に船へ乗り込んだからです」


 会議場のドアが開かれたと思った直後、トアとフォルが保護した少女――ツルヒメが入ってきた。その後ろには彼女を看病していたマフレナとアシュリーの姿もあった。


「つ、ツルヒメ様!」


 思わぬ人物の登場に、タキマルは大慌てて駆け寄る。

 ツルヒメと呼ばれた少女は腰まで伸びた長い黒髪が印象的で、まだ若いながらも王家の人間と呼ぶに相応しい風格さえ感じるたたずまいをしていた。

ちなみに、今は保護された当初に着ていたものではない。美しい刺繍が施され、小柄な体格に比べるとややサイズが大き目なコソデではなく、エステルが以前エノドアの町で買ってきたラフなシャツとズボンという格好だった。その前に着ていた服では窮屈そうだからと、女性陣が寝ている間に着替えさせたのだ。


「御無事で何よりです!」

「心配をかけてすみませんでした、タキマル」

「い、いえ、お怪我がないようで何よりです」


 姫の無事を確認したタキマルは心底安堵したようで、全身の筋肉が弛緩したようにその場へとへたり込んだ。


「タキマル……あなたは何も悪くはありません。私の勝手な好奇心で船に忍び込んだせいであなたには余計な心配をかけさせてしまいました」

「そんな……」

「私はずっとよその世界を見てみたいと幼い頃から思っていました。その願いが叶うかもしれないと、無茶をしてしまい……」

「もうよいのです。こうしてご無事ならば」


 ツルヒメとタキマルは消え入りそうな声で話をしていた。

 互いに感極まり、徐々に涙声になっていく。感情が高ぶって話し合いができなくなる前に次へ進もうとローザが切りだした。


「とりあえずよい方向に話が進んでおるようで何よりじゃが……姫君がおるのならここに長居をするのは好ましくはないのぅ」

「うむ。ファグナス殿を介してセリウス王都と連絡を取る必要があるな」

「まあ、そんな回りくどいことをせずとも、ワシらが直接セリウス城へ乗り込んでいって事情を話した方が早そうではあるがのぅ」

「! あ、あなた方はセリウス国王と面識があるのですか!?」


 ただの村人なのに一国の王と面識があるというふたりの存在に驚くタキマル。だが、トアからローザとシャウナの正体を知らされると納得する――が、それを上回るくらいの衝撃を受けていた。


「あ、あの伝説的な存在である八極がふたりも……一体この村は……」


 別の大陸にあるヒノモト出身者でも、同郷に同じく八極のひとりとして名を連ねるイズモがいるため、世界を救った八極の知識はあるようだ。


「そうじゃったな。ナガニシ家の関係者であるなら、あのイズモが放っておくわけがない」

「今頃、血眼になって探しているかもしれんな」

「イズモが……?」


 ツルヒメの口からイズモの名が出ると、今度はトアが反応した。


「あなたは百療のイズモを知っているんですか?」

「知っているも何も、ナガニシ王家は代々百療のイズモをお抱えの薬師としている。姫様も幼い頃からよく診てもらっていただいている」


 ツルヒメに代わってタキマルが関係性について答えた。


「だとしたら間違いなくヤツはこちらを目指しておるな」

「まあ、そうだろうね」


 ローザとシャウナはイズモがやってくるだろうと予想。それはタキマルも同じようで、ふたりの意見に対して深く首を縦に振った。


「しかし、船の調査に向かったトア村長たちの報告を聞くに、お主たちは何者かに襲われたそうではないか」

「もしかしたら、船に姫様が乗っているのを知っていた人物がいたのでは?」


 そう指摘したのは銀狼族の長であるジンと王虎族の長であるゼルエスだった。さらに、今回が初参加となる冥鳥族の家長エイデンが続く。


「命を狙っている物がいるなら、速やかにセリウス王都へ助けを求めに行った方がよいのではないですか?」

「ふむ……トアはどう思う」


 ローザがトアへ最終的な判断を委ねる。

 タキマルやツルヒメ、そしてその場にいる全村民の視線がトアへと向けられる。

 一瞬ドキッとしたトアだが、村長としてこの村に関わることの最終的な決定権は自分にあるのだと再認識した。

 各種族の長や八極でさえも、自分を信頼して判断を任せてくれている。それがトアの自信になった。

 そして――トアは自身の考えを述べた。


「ツルヒメ様たちをセリウス王都へ案内します。ただ、その前にファグナス様へこの件を報告したいと思います」


 全員に向けてそう告げた。

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