第91話 サムライの旅路


 ※次回投稿は7月20日(土)になります。

  ヒノモト編はあと2,3話続きます。



 その日の昼頃、エノドア自警団にある報せが届いた。

 要塞村の住人であるゴブリンたちに護衛されながら要塞村へ魔鉱石を届けに行った町の鉱夫たちが、屍の森の奥へ入り込む人影を目撃したという。なんとか連れ戻そうとしたが、その人物はあっという間にいなくなってしまったらしい。


「まだ街道整備が完全に終わっていない以上、近辺にハイランクモンスターがいる可能性も十分考慮できる」

 

 自警団の団長であるジェンソンは、駐屯所にいるメンバーに緊急出撃を命じた。 

 その面子は元フェルネンド王国聖騎隊で隊長職の経験もあるヘルミーナをリーダーに、当時彼女のもとで共に戦っていたクレイブ、エドガー、ネリスをつける計四人の構成で屍の森へと入った。さらに、要塞村からの応援として森に入ってしまった人物の顔を知っているゴブリンたちも同行することに。

 ちなみに、森にいるゴブリンたちとの見分けがつくよう、要塞村在住のゴブリンたちは銀狼族と王虎族の奥様方お手製の洋服(シャツとズボン)を着用していた。

 そもそも人間の言葉を話すので違いはあるのだが、戦闘時などでは目についた情報で区別がつく方がいいというトアの発案によるものだった。


 そんなメンバーでいざ屍の森へ。

 周囲を警戒しながら進む一同だが、入って五分と経たぬうちに目的の人物を見つけだすことができた。


「ふむぅ……久しぶりにモンスターと戦ってみたが、こんなに手応えのない生き物であったかな?」


 そう語るのは見慣れぬ格好をした成人男性。

 長い黒髪を無造作に束ね、鋭い眼差しを目の前に横たわる五体の大きな猿人型モンスターに向けている。


「! まさか……すべて彼ひとりが倒したのか?」


 先頭を行くヘルミーナがそう口にした直後だった。


「何奴!」


 男がこちらへと振り向く――たったそれだけの動作だが、全身から放たれる殺気が津波のごとくヘルミーナたちを襲い、その気迫に気圧されて思わず武器を構えた。


「なんだ、人間だったか。ちょうどいい。少し聞きたいことがあるのだが」


 男は気配の正体が人間と知るとケロッとした様子でそう尋ねてきた。


「な、なんなんだよ……あのおっさん」

「普通の人間……じゃないわよね」

「あの巨大な猿人型モンスターをたったひとりで倒したというなら、普通の人間と考える方がおかしいだろうな」

「おまえたち、私語は慎め。……一瞬たりとも警戒を怠るなよ」


 敵意は消え去ったが、ヘルミーナは気を緩めないよう部下たちに伝える。

 だが、男はそんなことなどお構いなしに話しかけてくる。


「某と同じヒノモト国の人間を探しておるのだが、見かけなかったか。この辺りにいることは間違いないはずなのだが」

「ヒノモト国?」


 ヘルミーナたちは顔を見合わせた。

 というのも、実は数時間前――今朝方、要塞村から来た銀狼族の青年が、町長レナードのもとを訪れ、ヒノモトから来たという者たちを保護したので領主チェイス・ファグナスと相談した後、セリウス王都へ送り届けるという内容を伝えてきたのだ。

 そのことを思い出してから改めて男の出で立ちに目をやると、男は典型的なヒノモト国の剣士である「サムライ」の格好をしていた。


「某はヒノモト国を治めるナガニシ・トキカツ様からの命を受け、ストリア大陸行きの船に忍び込んだツルヒメ様を迎えにきたのだ」


 ツルヒメという名も、銀狼族の青年の話に出てきていた。この男の言うことは間違ってはいなさそうだが、問題はこの男が何者であるかという点。国王の命で来たというのも証拠を持っているわけではないので、鵜呑みにするのは危ういとヘルミーナは感じていた。


「すまぬが」

「! な、なんだ?」


 男はスッと手を挙げると、申し訳なさそうに言った。


「実は死ぬほど腹が減っていてなぁ。ここらで食事を提供してくれる店はないだろうか」



  ◇◇◇



「こちらが当店の人気メニュー、パンケーキです♪」

「ぱ、パンケーキとな?」


 エルフ印のケーキ屋に招かれたサムライ――《百療のイズモ》は、メリッサが作って運んできた初めて見るパンケーキに興味津々といった感じだった。不慣れなナイフとフォークを駆使しながら、蜂蜜のかかったパンケーキを口にする。そして放たれた「美味い!」という渾身の叫びが店内に轟いた。

 身元不明の扱いを受けており、警戒をされていた男は自身を百療のイズモであると堂々と名乗った。最初は疑っていたヘルミーナたちであったが、要塞村からやってきたとある人物がその身元を証明したことで本物だと認められる。

 その人物とは――


「久しいね、イズモ。元気そうでよかったよ」

「おお! 黒蛇か! おまえさんの方も息災で何よりだ!」


 店に現れたのは同じ八極のシャウナだった。


「いや本当に懐かしい! どうだ? これから某と久しぶりに手合わせをせんか?」

「ははは、君とまともにやり合うなら、どこか人のいない無人島辺りにでもいかないと大きな被害が出かねないから遠慮しておくよ」

「うはははは! 違いない!」

 

 豪快に笑い飛ばしながらも物騒なことを言うふたりであった。


「まさか……本当にあの八極のひとりである百療のイズモだったなんてなぁ」

「要塞村にいるローザさんとシャウナさん――それに、ジャネットのお父さんである鉄腕のガドゲルも含めたら四人目ってことね」

「このエノドアに来てからの短期間ですでに八極のうちの半分と会ったことになるな」


 報告のため駐屯地と町長宅へ向かうことになったヘルミーナを除くクレイブたち三人は、王国戦史の教本に名を残す伝説の英雄のひとりを前になんだか複雑な面持ちだった。


「それにしても、ヘルミーナさんはまったくあのイズモって人に興味がなさそうだったな」

「レナード町長とは正反対じゃないの。きっと中性的な男性がタイプなんじゃない?」

「しかし、レナード町長は一見すると女性と見た目が変わらぬからな……ふたりが会話をしている様子を遠目から見ると女性同士が話し合っているように見える。同性同士での付き合いではないかと、いらぬ誤解をされてしまいそうだ」

「「…………」」

「ふたり揃ってなんだ、その顔は」

「「いや、別に……」」


「おまえがそれを言うか」――と、言ってやりたいエドガーのネリスだったが、ややこしくなりそうなのでだんまり。


「ツルヒメ様とタキマルたちを迎えに来たのか?」

「そうだ……うむ。タキマルも無事だったか」


 タキマルの安否が判明し、イズモはホッとした様子だった。


「船で襲われたと聞いた時は肝を冷やしたが、無事で本当によかった」

「襲ってきた連中に心当たりは?」

「ここへ来る道中に仕留めた。――が、連中を裏で操る黒幕がいるようだ。某はこの件を本国にいるトキカツ様へ伝えに一旦戻るつもりだ。むろん、姫様たちを連れてな。……それで、姫様とタキマルたちは今どこに?」

「つい先ほど、セリウス王都へ向けて発ったよ」

「む? そうだったか……入れ違いになったというわけか」

「ああ……だが安心してくれ。彼女たちの護衛にはローザがついている」

「魔女か。ヤツも健在のようだな」


 かつての同僚でもあるローザの実力を知り尽くしているからこそ、イズモは安心できるのだろう。だが、シャウナが伝えたかったのはそれだけではない。


「ローザだけではない。今私が世話になっている要塞村の若き戦士たちも、遠く離れた異国の地から来た客人を守るため共に出撃していった」

「要塞村?」

「機会があれば君も訪ねるといい。きっと気に入るはずだ」

「アバランチの爺さんの次に放浪癖があるおまえさんがそこまで推すということは、相当居心地がいいのだろうな。それに、その仲間たちにもかなりの信頼を置いている……いや、是非とも一度顔を合わせておきたい」

 

 食後に出されたコーヒーを飲み干すと、イズモはゆっくりと立ち上がる。


「馳走になったな。エルフ族の食事を堪能させてもらった」

「いえいえ」


 頭を下げてメリッサに礼を言うイズモ。それに対し、相手が八極であるということを感じさせないくらいにいつも通りのメリッサ。――と、ここでイズモがひとつ尋ねる。


「メリッサ……と言ったか。おまえさん、もしかして姉がいるんじゃないか?」

「姉は私の方です。ルイスという双子の妹ならいますが……」

「そうか。いや、なんでもない。ちと昔の馴染みに顔が似ていたのでな」

「? エルフ族にお知り合いが?」

「ああ。まあな。同僚にダークエルフがいたのでね」

「ダークエルフ……」


 メリッサはイズモの言ったダークエルフという言葉に反応する。

 イズモの言うエルフとは、もちろん、八極のひとりに名を連ねる死境のテスタロッサのことだ。オーレムの森の出身であり、人間の恋人が死ぬまではクラーラに剣術を教えていた師匠でもある。クラーラやルイスには知らされていないが、テスタロッサは恋人をよみがえらせようと死霊術士となったことでダークエルフとなり、森を追い出されていた。メリッサは偶然、森の長老たちが話をしているところに出くわしてしまったため、その話を知るに至ったが、大人たちからは黙っておくようにと釘を刺されていた。

 しかし、メリッサ自身も幼い頃にお世話となったテスタロッサのその後はずっと気になっており、以前、こっそりローザやシャウナに尋ねたことがあった。が、ふたりとも行方を知らないという。なので、もしかしたらこの百療のイズモは何か知っているのではないかと一縷の望みをかけて声をかけたのだ。


「では、某はそろそろお暇する」

「あ、あの!」


 店を出ようとしたイズモを、メリッサが呼び止めた。


「なんだ?」

「お、教えてほしいんです――あなたが知っているというダークエルフについて」


 瞳に涙をためたメリッサはイズモへそう訴えた。

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