第135話 追跡のグルメ
※次回投稿は土曜日を予定しています!
ステッド・ネイラー。
セリウス王国騎士団所属。
その中でも、ごく一部の優れた兵しかなれないといわれる《特務兵》であり、最近の彼の任務は脱獄した名無しの男――通称「茶髪野郎」を再び監獄へと送り込むことであった。
しかし、
「じゃあな、旦那」
「待ちやがれぇ!」
その任務が達成を迎える日は遠そうだった。
無理もない。
何せ、彼が追いかけているのはかつてこの世界を救った八人の英雄――《八極》のリーダーである《伝説の勇者》ヴィクトールなのだから。
ただ、ステッド自身にはこの情報が届いていない。
セリウス側が意図的に隠しているのか、それとも単に情報がないだけか。
いずれにせよ、ステッドがヴィクトールを捕まえる日はまだまだ先になりそうだ。
◇◇◇
「くそっ! また逃げられちまった……」
ぶつくさと文句を言いながら、ステッドは街を歩いている。
彼が任務に失敗したのは一度や二度ではない。
それでも、ステッドはめげずに茶髪野郎ことヴィクトールをおいかけていた。さすがにこうも失敗続きでは気も滅入ってきそうなものだが、世界中を飛び回って重罪人を追いかける彼は行き着いた土地で密かな楽しみを満喫していたのである。
「いかんいかん……今日は仕事を忘れて楽しまないとな。公私をしっかり分別するのもまたプロってモンだ」
そんなステッドが楽しみにしているもの――それは「グルメ」だ。
仕事は多忙で趣味に時間をかけている時間はなく、恋人もいない。そんな彼の楽しみは訪れた町にあるうまい飯を食らうことぐらいだった。
「さて、と……地図によるとこの辺なんだが」
愛読している「世界グルメマップ(月一刊行)」に特集が組まれているうまいパンケーキの店があるらしい。おまけにこの店は店員がすべてエルフ族で、可愛い子が多いとの情報も掲載されていた。
いかつい風貌に似合わず甘い物好きで、おまけに嫁探しの真っ最中であるステッドにとってはまさに一石二鳥だ。
はやる気持ちを押さえながら歩き続け、ようやく店の前に到着。
「ここか……」
まず注目したのは店の外に出ている看板。
本日のおすすめが小さな黒板に白いチョークで書かれているが――単にメニューを載せるだけでなく、可愛らしい絵を加えたひと工夫が見られる。さらに、看板も手入れが行き届いており清潔感があった。
「これは期待できそうだな」
店外でも細やかな気配りのできる店に外れは少ない。
これは長年にわたってさまざまな町の食堂や喫茶店を回ってきたステッドの経験から来るデータであった。
「「「いらっしゃいませ~♪」」」
店に入ると、可愛らしい店の制服に身を包んだエルフたちが満開の笑顔で出迎えてくれた。本にあった通り、店で働いているエルフはみんなハイレベルの美しさで、思わずその眩しさにステッドはたじろいでしまう。
「おひとり様ですか?」
「あ、ああ、いいかな?」
「はい! こちらへどうぞ!」
金髪ショートカットのエルフに案内されて席へと着く。そして、事前に決めていたメニューを注文すると一息ついた。
――が、すぐ左へ視線を移すと、
「はい、クレイブ、あーんして♪」
「モニカ、それくらいひとりで食べられる」
若いカップルがいちゃついていた。
見ていられないと今度は右へ視線を移す。
「これはルイスが作ったのか? とても美味しいよ」
「本当ですか!? ジェンソンさんに喜んでもらえて嬉しいです♪」
今度は自分と同じくらいの年齢をした中年男性が、美しいエルフの少女から強烈な好意を向けられていた。
「……羨ましい」
ボソっと呟いてから正面を見据える。
すると、そこには自分と同じようにひとりで来店している赤い髪の少女が目に入った。年齢は十五、六歳くらいか。最初はひとりだと思ったが、よく見ると違う。
その少女――エステルの膝には小さな赤ん坊がいた。
少女はその赤ん坊をあやしながらケーキと紅茶を楽しんでいるようだった。
「今日はいい天気ね、アネス」
「あー♪」
赤ん坊に語りかける少女。
それを見て、ステッドは思わず目頭を押さえた。
「あんなに若いのに……頑張って子育てをしているのか」
複雑な家庭環境にあるのだろうと勝手に想像して涙を流す。そうこうしているうちに注文していたパンケーキが運ばれてきた。
「おお……」
本にあった評価に違わぬ見た目をしたパンケーキ。ふっくらとした生地に初雪のような純白のクリーム。その上から黄金色のシロップがかけられていた。
「どれどれ」
ナイフとフォークを使って一口サイズに切ると、滴るシロップごとパンケーキを頬張った。
「!?」
瞬間、口内で何層にも重なった甘さが弾けた。しかし決してしつこくなく、いくらでも食べられそうな感じだ。
大柄のステッドはあっという間にパンケーキをたいらげ、満足そうにナイフとフォークを置いた。少々物足りない感もあるが、昼過ぎならばこれで十分。夜は夜で、また寄りたい店もある。
可愛らしいエルフたちを眺めながら美味しいデザートを堪能できたということで締めようとしたステッド――すると、その目の前にコーヒーの入ったカップが置かれた。
「食後にどうぞ」
「えっ? い、いや、注文はしていないが」
「サービスです♪」
ウィンクをしながらそう言ったのはこの店のパティシエであるメリッサだった。
その美しすぎる姿と心優しい気遣いが、ステッドの心を射抜く。
「……天使だ」
「? いえ、私はエルフ族ですが?」
「っ! あ、ああ、そうだな! あははは!」
思わず出た本音を豪快な笑い声で誤魔化す。その様子を見たメリッサも「うふふ」と小さく笑って返した。
その時、店の扉が開き、ひとりの男性エルフが店へと入ってくる。
「ただいま~」
「あ、セドリック♪」
大地の精霊たちが管理する要塞村の農場から材料を調達してきたセドリックが戻ってきたのだ。それを知ったメリッサは嬉しそうに駆け寄り、話し込んでいる。
「相変わらずあのふたりは仲がいいな」
「ホントよねぇ……美男美女だし、まさに理想のカップルよね」
クレイブとモニカの話し声がステッドの耳に届く。
それはそうか、と肩を落とすステッド。
いや、そもそも自分が彼女に想いを打ち明けたところでどうなるものでもない。ただ、セドリックと話しているメリッサは本当に幸せそうに映った。あの雰囲気を壊すことなどできないと、ステッドは苦笑いを浮かべる。
「ご馳走様。勘定を頼むよ」
「あ、ただいま!」
ステッドは近くにいたエルフに会計を願い出ると、提示された金額を支払って店を出ようとする。そこへ、メリッサがやってきた。
「お仕事頑張ってくださいね♪」
「……ああ、ありがとう」
純粋な彼女の微笑みに癒されたステッドはヤル気に満ち溢れた顔つきで店をあとにするのだった。
――数日後。
「見つけたぞおおおおおお! 茶髪野郎おおおおおお!」
「げぇっ!? ステッドの旦那!?」
ストリア大陸の西の外れ。
鬱蒼とした森の中にある湖で釣りをしていたヴィクトールのもとに、やたら気合の入ったステッドが現れた。
「今日こそは貴様を監獄へぶち込んでやるからなあああああああ!」
「……旦那、なんか今日はやけに気合入ってないか?」
「俺はいつだって気合満点な男だああああああああ!」
いつもの雰囲気と明らかに違うステッドを前に、さすがのヴィクトールも少し引き気味だった。
「観念しろやああああ!」
「だからまだ捕まらねぇっての」
大慌てで逃げだすヴィクトールを追いかけるステッド。
「ったく、どこのどいつだ!? 旦那に妙なヤル気を出させたヤツは!?」
逃げるヴィクトールは思わすそう叫んだ。
「へくちっ!」
「あら、風邪でも引いたの、メリッサ」
「いえ、誰かが噂をしているんだと思いますよ、クラーラさん」
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