第148話 エノドア自警団の新入り【後編】

※次回投稿は木曜日の予定です!



 ヒノモト出身(自称)の少女タマキはエノドア自警団の一員となった。

 ――と言っても、まずは見習いからスタートとなる。

 あまり感情の変化が表情に出るタイプではないため、考えていることを読み取ることが困難であったが、それも三日と経てばある程度読めるようになった。

 ちなみに、その仕事ぶりに対する評判は上々だ。


「あれ? なんか室内が綺麗になった?」

「掃除をしておきました。道具の場所はクレイブ殿が教えてくれました」


 ある時は散らかっていた室内を完璧に片づけた。


「しまった! 武器の補充を要塞村に依頼するのを忘れていた!」

「先日、クレイブ殿から紹介していただいたドワーフ族のジャネット殿がちょうど町にいらしていたようなので、注文をしておきました」


 武器の管理も完璧だった。


「団長、お疲れでしょう。濃い目のコーヒーをどうぞ」

「ありがとう。俺が濃いコーヒーを好きだって知っていたのか?」

「クレイブ殿から聞きました」


 ジェンソン団長のコーヒーの好みまで把握していた。

 だが、それらの背後には必ず同じ人物が絡んでいた。


 

  ◇◇◇



 タマキが自警団に入って一週間が経った。

 今日はエドガーとネリスに連れられ、エルフ印のケーキ屋さんに来ていた。


「へぇ、自警団の新入りさんねぇ」

「今日はゆっくりしていってくださいね♪」

「新しい町の仲間なら大歓迎よ」


 双子エルフのルイスとメリッサ、それにたまたま居合わせたモニカに挨拶を終えると、三人はおいしいケーキに舌鼓を打ちながら話を始める。


「それにしても、すっかりここへ馴染んだな」

「ホントね」

「クレイブ殿がいろいろと世話を焼いてくださったので溶け込めたと思います」

「クレイブ?」


 タマキの口からクレイブの名が出たことで、モニカの目つきが一変する。

 その気配を察したネリスは話題を逸らそうとしたのだが、意外にもそういった話題に敏感そうなエドガーがさらに突っ込んだ内容を語り始める。


「そういえば、あいつは随分とタマキの世話を焼いていたな」

「おかげで何事もすんなり覚えることができました」

「ちょ、ちょっと」


 ネリスがエドガーに小声で話しかけた。


「あんたねぇ、モニカの前でタマキとクレイブの仲を話してどうするのよ」


 ただの悪ふざけだと思ったネリスだが、エドガーの顔つきは真剣そのものであった。予想外の凛々しい表情に一瞬ネリスはドキッとしてしまうが、すぐに頭を振ってその考えを消す。一方、エドガーは動揺するネリスに疑問を投げかけた。


「おまえはおかしいと思わないのか?」

「お、おかしいって?」

「容姿、頭脳、家柄、身体能力――どれをとっても一級品であるクレイブだが、養成所時代に浮いた噂はひとつとしてなかった」

「トアがいたからでしょう?」

「そう……あいつは昔からトアにだけは妙な執着を持っていた。だから、言い寄ってくる女子たちに見向きもしなかった。だが今はどうだ……率先して女子であるタマキと関わりを持とうとしている」

「単にあの子が新入りだからじゃないの? そういう面倒見の良さはあったわけだし」

「いいや。俺はあいつの心に何か変化があったに違いないと読んでいる。それに、クレイブが女子に興味を持ったとなれば、モニカにもチャンスが芽生えることになるだろ?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 抵抗を試みるネリスだが、エドガーの言うことも一理あると考えていた。

 養成所時代のクレイブは圧倒的女子人気を誇りながらも、女子と付き合った経験がない。一時はエステルと噂になったこともあったが、間違いなくクレイブの本命はエステルというよりいつもエステルの隣にいるトアだった。


 そのクレイブの心境の変化。

 昔馴染みだからこそ、知りたいという気持ちもあった。

 未だ葛藤のさなかにあるネリスを差し置いて、エドガーはタマキに質問する。それも、少し意地悪な質問だ。


「ところで、タマキはクレイブのことをどう思っているんだ?」


 誤魔化しなしのストレートな質問。

 これにはモニカだけでなく、聞き耳を立てていたルイスやメリッサをはじめとするお店のエルフ女子たちも驚いた。

 

「クレイブ殿のことですか?」

「ああ」

「そうですね。控えめに言って……愛しています」

「「「「「なっ!?」」」」」


 予想外すぎる返答に、質問をしたエドガーさえも驚いた。


「実を言うと、私の住んでいた村では戦闘で敗北した際、倒した相手の嫁になることが義務付けられていました」

「ま、マジかよ!?」

「いえ。嘘です」


 あっけらかんと嘘だったことを告白したタマキに、周囲は盛大にズッコケた。


「お、おまえなぁ……」

「意地の悪い質問をしたお返しです。あ、ちなみに、もし先ほどの質問へ素直に答えるとしたら頼もしい先輩といったところですね。そこに恋愛感情はありませんよ。だから安心してください、モニカ殿」

「は、ははは……」


 もはや乾いた笑いしか出ないモニカ。

 すると、ここで思わぬ来客がやってくる。


「ここにいたのか、タマキ」

「クレイブ殿?」


 話題の人物であるクレイブだった。


「非番の日に申し訳ないが、ほんの少しだけ付き合ってもらえるか?」

「「「「「!?」」」」」


 再び店内がざわつきだす。

 先ほど、タマキ側としてはクレイブに対して恋愛感情はないという発言があった。しかし、逆にクレイブ側はどうなのか――その場にいた全員の思考がそれで固まった。


「エドガー、ネリス。すまないが、少しの間だけタマキを借りるぞ」

「あ、ああ」

「ご、ごゆっくり」


 あまりの事態に、クレイブからの要求をそのまま通してしまうふたり。

 結局、何も分からないまま、タマキはクレイブに連れられて店を出た。

 ちなみに、モニカは失神していた。



  ◇◇◇



「こんなところまで連れてきて、何かあったのですか?」


 クレイブがタマキを連れてきたのはエノドアの町から少し離れた丘の上。木々の葉は薄っすら赤く染まり、時折吹く秋風を受けて小さく揺れていた。

 そんな中、タマキの質問に答えず、クレイブは沈黙を保っている。


「? クレイブ殿?」


 タマキが近寄ろうとした瞬間――クレイブは振りかぶると同時に剣を鞘から引き抜き、その切っ先をタマキへと向けた。


「!?」


 思わぬクレイブの行動に、普段無表情のタマキの顔がわずかに強張った。


「今から俺の言う質問に嘘なく答えてもらうぞ」

「……やれやれ、今日はやたらと質問を受ける日ですね」


 ため息を漏らしつつ、タマキは「分かりました」と了承した。


「君は何者だ?」

「その件については散々お話をしたじゃないですか。私はただの旅の――」

「違うな」


 そう言って、クレイブはポケットからある物を取り出す。それは、あの洋館でタマキが放った手裏剣だった。


「それが何か?」

「この手裏剣という武器について調べたが……こいつはヒノモトの中でも限られた人間しか使わないそうだな?」

「そうなんですか? ついこないだ偶然拾った物なのでよく分からないですね」

「こいつは素人が簡単に扱える武器じゃない。それに、その後の君の戦い方を見ればすぐに分かる――あれは訓練された者の動きだ」

「! そこまで分かっていたのですか……」


 とうとう観念したのか、タマキは両手を上げた。

 抵抗しないし、武器も持っていないというアピールだろう。


「では、私の正体についても見当がついているのですね?」

「恐らくだが……あの手裏剣を武器として使うジョブがあると書物で読んだ記憶がある。ヒノモト人にしか与えられないというそのジョブの名は――《忍者》! 君はヒノモトの《忍者》だな!?」

「……だとしたら、どうします?」

「目的を知りたい」

 

 その声からは切実さがうかがえた。


「これまで、君を監視するという目的も含めて何かと世話を焼いていたが……俺には君が悪党だとは思えない。だが、周りに自分の存在を隠して行動しているという点がどうしても解せなかった」


 その時、タマキはこちらに向けられている切っ先が震えていることに気づく。

 クレイブとしても本意ではないが、このままこちら側の目的や正体がハッキリしないままではいずれ自警団だけでなくエノドアという町全体を危険に晒す可能性があると判断しての強引な手に打って出たのだろう。

 タマキは大きく息を吐いた。


「……クレイブ殿、あなたが読んだという忍者について書かれた書物とやらにこのような記述はありませんでしたか? ――忍者は決して表舞台に出ない、と」

「何?」

「ヒノモトの忍者は影に生きる者たち……政治でもいくさ場でも、私のように、姿を表に晒して行動をすることはありません。闇に紛れ、誰にも見られず聞かれず、淡々と与えられた任務をこなしていくのが優れた忍者です」

「……何が言いたいんだ?」

「分かりませんか? 確かに私は忍者としての修行を受け、忍者道具も使いますが……今の私は先ほど言ったようなヒノモトの忍者の教えに背いている。つまり、今の私の主はヒノモトの関係者ではないのですよ」

「ならばどこだというんだ?」

「セリウス王家です」

「!? な、なんだと!?」

「今はまだ詳細な情報を与えるわけにはいきませんが、これだけは伝えておきます。私たちはあなたたちの敵ではありません」

「それを信じろと?」

「はい。信じてください」

「!?」


 タマキに真っ直ぐ見つめられたクレイブは二の句を奪われ、それ以上追及できなかった。気がつくと、剣を下ろし、再び鞘へとしまっていた。


「分かった。今のところは君を信じる」

「ありがとうございます。あ、念のため、他の方にはご内密にお願いします」

「OKだ」

「では、戻りましょうか」

「ああ」


 謎多き少女タマキ。

 彼女の正体がハッキリとした時――エノドアだけでなく要塞村をも巻き込んだ大事件へと発展するのだが、それはまだずっと先の話である。







 同時刻。

 フェルネンド王国。


「! プレストン先輩! 大変です!」

「あ? ……どうせろくなことじゃないだろうけど一応聞いてやる。言ってみろ、ミリア」

「今まさにお兄様が新たな毒牙の餌食になりかけている気がします!」

「寸分の狂いなくろくなことじゃなかったな。アホなこと言ってないで任務に集中しろ。こっちはただでさえおまえ並みにクセのある新入りの世話で手一杯なんだ」

「そんな~!」

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