第149話 夜の要塞村

※次回は土曜日に更新予定です!



 要塞村では夕食の時間帯を過ぎると、各々が部屋に戻ってそれぞれの時間を過ごす。

 中には、別の者の部屋を訪ねてそのまま夜通し話で盛り上がったり、悩み相談などが行われていた。

 村長トアもその例に漏れず、たまにエステルやクラーラといった女子組と過ごすこともあれば、セドリックなどの性別が同じで年代が近い者となんでもない会話で盛り上がることもあった。

 ――が、今日は少しばかり様子が違っている。


「ふあぁ~……」


 ひとつ盛大にあくびをした後、目をこすって要塞内部を歩き回るトア。

 今日はエノドア自警団に新しく加わったヒノモト人タマキの紹介を受けたりして多忙な一日を過ごした。こんな疲れた日はすぐにベッドへ横たわるのがいつものトアだが、今夜はシャウナからある場所へ招待をされていた。


「確かこっちだったな」


 道に迷うことなく進めているのは、ドワーフたちが村民の生活拠点となっている居住区を中心として発光石のランプを等間隔で設置してくれたためだ。おかげで、月明かりがなくても迷わず目的地まで進むことができる。


「ここか……」


 居住区から少し離れた位置にある部屋。

 他の部屋とは違い、真っ黒なドアに金のプレートがくっついている。そこには「バー・フォートレス」と書かれていた。


「バーって……酒場か?」


 トアはそう言ってノックをすると、中からシャウナの声で「どうぞ」と返ってくる。ゆっくりとドアを開けて中に入ると、そこには意外な光景が広がっていた。


 室内は普通の部屋よりも少し大きく、ドワーフたちが手掛け内装は全体的なシックなデザインでまとめられていた。照明は薄暗く設定されており、部屋の奥には王虎族と銀狼族の若者たちが楽器を演奏している。

 部屋には全部で八つのテーブルが設えられていて、そこにはすでに客と思われる村民が酒を飲み交わしていた。


 ただ、いつもとは少し様子が異なる。


 要塞村で酒を飲むといえば宴会だ。騒がしい音楽に豪勢な料理。食って飲んで夜通し歌い踊り通すのが要塞村流だ。

 しかし、ここはまるで違う。

 誰も騒ぎはせず、静かに酒を楽しんでいる。

 いつもは率先して騒ぐジン、ゼルエス、エイデンも、今は静かにグラスを傾け、自分の子どもの自慢話に花を咲かせている。その三人以外にも、ドワーフ族のゴランや、シャウナと共に地下迷宮の調査に精を出すベテラン銀狼族のテレンスも大人しく飲んでいた。


「な、なんだかいつもと雰囲気が……」

「ここはそういう目的で作ったのさ。ただ飲んで歌って大騒ぎをするだけが酒の飲み方ではない」


 背後から声がして振り返ると、そこにはカウンターがあって、その向こう側にはシャウナが立っていた。その横にはフォルもいる。


「マスターも一杯いかがですか?」

「前夜祭の時にしていた蝶ネクタイまでして……どちらかというと今はフォルの方がマスターって感じだよ」

「そうでしょうか?」


 注文を受けて人々に酒を振る舞う今のフォルの姿は、誰がどう見てもマスターと呼ぶに相応しいものだった。

 静かで落ち着いた空間。ここはまさに夜の間だけ訪れる大人の要塞村だ。


「おお、トアか。待っておったぞ」


 部屋の様子に驚いていたトアに声をかけたのは、カウンター席に座っていた黒いとんがり帽子の魔女――ローザであった。


「ローザさんも来ていたんですか?」

「まあのぅ。ここはリディスたち大地の精霊が収穫した果実で作られた酒があって、これがまたうまいんじゃ」


 頬を朱に染めたローザはグラスに入ったその果実酒に再び口をつけた。

 すでに三百歳を越えているローザであるが、見た目は幼い少女にしか見えないため、なんだか不思議な感覚だった。

 ともかく、ローザの席へと案内されたトアはとりあえず何か飲み物をくれないかとフォルへ注文する。トアはまだアルコールが飲める年齢に達していないので、ここはジュースをもらうことに。


「では少しお待ちください」


 そう言って、フォルは兜を外す。


「? なんで兜取るの?」

「これが帝国流なんですよ」


 よく分からないが、帝国流らしい。

 疑問を残すトアを尻目に、フォルは胴体部分へとさまざまな果実を放り込んでいく。


「!? な、何してんの、フォル!?」

「すぐにできますのでお待ちください」


 カウンターの端っこに置かれた兜からの言葉を信じ、トアは席へと戻ってジッと作業を見守ることにした。

 フルーツが詰まったフォルの胴体部分は「ギュインギュイン!」と怪しげな音を立てて振動を始める。

 およそ一分後。

 胴体部分がパカッと開放され、中からオレンジ色の液体で満たされたグラスが出てきた。


「お待たせしました。ミックスジュースです」

「えぇ……」


 作り方はアレだが、せっかく作ってくれたのだからと一口飲む――すると、


「うまっ!?」


 爽やかなフルーツの甘みとほのかな酸味が絶妙にマッチしたフルーツジュースだった。




 その後、トアはローザとシャウナに挟まれる形でカウンター席に座る。

 ふたりから「今日は無礼講だからなんでも聞いていい」という言葉をもらったので、普段はなかなか聞けない質問をぶつけてみた。


 その内容は――八極絡みがほとんどだった。


 大戦時の様子から、メンバーの意外な一面まで、幅の広い中身となったが、特にトアの興味を引いたのが八極のメンバーを決めるきっかけにまつわる話だった。


「ヴィクトールがスカウトしていた七人のうち、すんなり八極入りを決めたのは私とローザ、それからアバランチ殿とイズモの四人だった」

「じゃあ、他の三人は?」

「断られたのじゃ」

「えっ!?」


 教本には載っていない衝撃的な事実に、トアは思わず大きな声を出す。


「まあ、ヴィクトールも最初からその三人についてはダメ元だったみたいだけどね。その後でテスタロッサとガドゲルをスカウトした」

 

 死境のテスタロッサと鉄腕のガドゲルは知っている。

 だが、これでもあとひとり足りない。

 その人物については、以前と同じくふたりともあまり語りたくはないようで、それとなくはぐらかされた。ヴィクトールがパーベルに現れ、クラーラと戦っている時、シャウナは「本来は八極に入る予定ではなかった」という人物がいたと口を滑らせたが、それ以上の情報は今回も聞けそうになかった。


 だが、それが分からないにしても、前半の情報だけでトアは強い衝撃を受けた。


「伝説の勇者ヴィクトールが認め、八極入りを断った三人……その人たちは今どこに?」

「知らん。……ただ、これだけは言える」

「な、なんですか?」

「ヤツら三人は――恐ろしく強い」

「うむ。それについては議論の余地はない」

「そ、そんな人たちがまだこの世界に……」


 ゴクリ、とトアは唾をのんだが、ローザとシャウナはあっけらかんとした態度で続ける。


「どうじゃろうなぁ……とっくにくたばっておるかもしれんが」

「まあ、戦争をしている時も我関せずという感じで興味がなさそうだったし、今はのんびり暮らしているのかもしれない」

「は、はあ……」


 言われてみれば、そのような強さを持った者が少しでも野心を持っているのなら、百年近く鳴りを潜めているなんてありえないだろう。


「さて、湿っぽい話はここまでじゃ。ここから少しテーマを明るくしようかのぅ」

「ならば、私がとっておきのローザ恋愛失敗譚を披露して――」

「消し炭にしてやろうか?」


 こうして、大人たちの夜は静かに、そして楽しく更けていくのだった。

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