第150話 屍の森サバイバル

「さて、今日はそろそろ戻ろうか」

「そうね」

「わふっ!」


 エノドアでレナード町長から新しく発掘された魔鉱石の報告を受けたトアと護衛でついてきたクラーラ&マフレナは、夕暮れで橙に染まる道を歩いていた。すると、


「さあさあ! 見ていってください! 今なら豪華参加賞もついてきますぞぉ!」


 威勢のいい声を中心に群がる人々。

 それが、トアたちの進行方向に現れた。


「なんだ?」

「屋台でも開いているのかしら?」

「でも、食べ物の匂いはしませんよ?」


 三人は人だかりに興味を持ち、何をやっているのかと覗いてみることにした。そして、賑わいの中心に見知った人物を発見する。


「あれ? ダグラスさん?」

「これはこれは、トア村長」


 先ほどの威勢のいい声の主は、ファグナス家で執事を務めている初老の紳士ダグラスのものであった。


「何をしているんですか?」

「いや、実はこのような催しを考えましてね」

「催し?」


 よく意味が分からなかったが、ダグラスから受け取った紙を読んでみると、その意図を理解することができた。



【屍の森サバイバル開催! 来たれ、腕自慢! 三人一組でチームを組み、屍の森に潜む秋のグルメを獲得せよ! もっとも素晴らしい食材をゲットした挑戦者には豪華賞品をプレゼント!】



「屍の森で食材探し?」

「……ていうか、これ一般で募集して大丈夫なの?」

「わふっ……あの森には強いモンスターがいますよ?」

「だからこそ腕自慢に限定しているのですよ。そもそも、並みの人間であればあの森に近づこうとすらしませんからね」


 ダグラスの言う通り、要塞村の村民たちのように桁外れの力を有した者たちならば特に問題なくこなせるだろうが、平穏に暮らしている一般人はハイランクモンスターがうろついているあの森に決して立ち寄ろうとはしないだろう。


「秋のグルメってありますけど、本当にあの森にそんな美味しい食材があるんですか?」

「これまではなかったのですが、先日、ローザ様が屋敷にいらっしゃった際、大地の精霊たちの騒動があって以降、これまで自生していなかった植物が多く森の中に見受けられるようになったらしく、その中には一般にあまり流通していない希少な山菜などもあるそうで……それを耳にした奥様が今回のイベントを企画したのです」


 ダグラスの話にある大地の精霊たちの騒動とは、恐らく精霊女王アネスが神樹の力を奪いに来た時のことだろう。

 確かに、その後、古代植物が生えたりしてクラーラが子どもになってしまったりとトラブルを招いていたが、どうやら影響はそれだけにとどまらなかったようだ。そして、その山菜などの食材を、チェイス・ファグナスの妻であるファグナス夫人が求めているのだという。


「ねぇ、豪華賞品ってあるけど、具体的にどんな物なの?」


 一方、クラーラは商品の方に興味があるようだった。


「それは当日のお楽しみにということで――ただ、奥様曰く『絶対に後悔させない逸品』を用意しているそうです」

「ぜ、絶対に後悔させない逸品って……凄い自信ね」


 しかし、相手がセリウス王国内でも五指に入る大貴族のファグナス家が主催しているとなると、いやが上にも期待は高まる。


「もし参加される意思がお有りでしたら、明後日の朝にファグナス家の屋敷前までいらしてください」

「分かりました」


 とりあえず、詳しい要項が記載された紙を持ち帰り、要塞村で検討をすることにした三人であったが、


「三人一組なら私たちで参加できるわね!」

「わふっ! ちょうどいいですね!」


 すでにクラーラとマフレナはヤル気満々だ。

 ただ、トアにはある懸念があった。


「人が集まるかなぁ……」


 ハイランクモンスターのうろつく屍の森で山菜集め――一般人の感覚からすると命知らずな愚行にしか映らない。

 それほど人は集まらないだろうな、というのがトアの見解だった。



 

 要塞村へ戻ったトアは、一応、村民たちにこのような催しが企画されていると夕食の際に報告する。

 すると、意外にもあちこちから「参加するぞ!」、「楽しみだなぁ!」と意欲溢れる声が飛んでくる。

 その時、トアはふと思い出した。

 この村に住む村民は、みんなこのようなイベントごとが大好きであるということを。



  ◇◇◇



 二日後。 

 ファグナス家の屋敷前には大勢の人々でにぎわっていた。


「す、凄いな……」


 想像を絶する人数に、トアは開いた口がふさがらない。

 どうやら、参加するのではなく、見物に来た客も多いようで、よく見るとあちこちに屋台まで作られ、とんでもない盛り上がりを見せていた。

 アシュリーやタイガ、ミュー。それに守護竜シロと未来の精霊女王アネス。さらにエノドアのモニカなどのサバイバル不参加組は応援するかたわらそういった屋台巡りを楽しんでいる様子だった。

 しばらくすると、ファグナス家の使用人たちにより各チームに分けられ、正式な参加登録が始まった。

 参加チームは以下の通りだ。



 エントリーナンバー①【村長チーム】

 〇トア(ヒューマン)

 〇クラーラ(エルフ)

 〇マフレナ(銀狼族)


「手強いチームばかりだなぁ……」

「気持ちで負けちゃダメよ、トア!」

「そうですよ!」



 エントリーナンバー②【魔法使いチーム】

 〇ローザ(ヒューマン)

 〇エステル(ヒューマン)

 〇フォル(自律型甲冑兵)


「誰が相手でも、負ける気はしないのぅ」

「うぅ……トアと一緒のチームがよかった……」

「こればかりは仕方がありませんよ、エステル様」



 エントリーナンバー③【黒蛇と愉快な仲間たちチーム】

 〇シャウナ(黒蛇族)

 〇ジャネット(ドワーフ)

 〇メルビン(オーク)


「たまにはいいじゃないか、こういった余興も」

「……チーム名、なんとかならなかったんですかね」

「ま、まあまあ」



 エントリーナンバー④【エルフチーム】

 〇セドリック(エルフ)

 〇メリッサ(エルフ)

 〇ルイス(エルフ)


「頑張ろうな、メリッサ」

「ええ」

「……なんか、凄い疎外感が……」



 エントリーナンバー⑤【エノドア自警団Aチーム】

 〇ジェンソン(ヒューマン)

 〇クレイブ(ヒューマン)

 〇タマキ(ヒューマン)


「このイベントと自警団の業務になんの関係が?」

「そう言うな。こいつは団長命令――っていうのは抜きにして。ま、たまには息抜きも必要ということだ」

「タマキ、俺たちは与えられた役目をしっかりとこなせばいい」

「クレイブ殿がそう言うのでしたら私も全力で挑みます」

「え? 俺は?」



 エントリーナンバー⑥【エノドア自警団Bチーム】

 〇ヘルミーナ(ヒューマン)

 〇エドガー(ヒューマン)

 〇ネリス(ヒューマン)


「レナード町長のお義母様に私をアピールできる最大のチャンス! この機を逃してなるものか!」

「……なあ、今何か変な感じが――」

「気にしたら負けよ」



 エントリーナンバー⑦【親父チーム】

 〇ジン(銀狼族)

 〇ゼルエス(王虎族)

 〇エイデン(冥鳥族)


「まだまだ若い者には負けないというところを見せませんとな!」

「うむ!」

「その通りだ!」



 エントリーナンバー⑧【パーベル港湾労働者組合チーム】

 〇ジョン(ヒューマン)

 〇トニー(ヒューマン)

 〇アーサー(ヒューマン)


「俺達ゃ港湾労働者組合のモンだ。組合をなめんじゃねぇよ」

「ビリビリするような刺激だぁ!」

「こういうケースは前にもあったよな?」



 エントリーナンバー⑨【流浪の獣人族チーム】

 〇リスティ(ウサギの獣人族)

 〇ウェイン(カエルの獣人族)

 〇謎の仮面X(???)


「ふーん……噂の割にあんまり強そうな人たちには見えないわね」

「油断するなよ、リスティ」

「…………」

「ほら、ボスもこう言ってる」

「え? 何か言った?」



 ――以上、九チームがサバイバルに参加する。




「!?」


 使用人たちが参加者たちに集合をかけた直後、シャウナは何かの気配を察知したらしく、勢いよく振り返る。


「? どうかしたんですか?」


 気になったジャネットが尋ねるも、「なんでもないさ」とシャウナは誤魔化した。その態度を不審に思ったジャネットはメルビンに耳打ちをする。


「シャウナさん、何かに気づいたようでしたけど……」

「確信は持てませんが……恐らく、あの獣人族チームを見ていたようです」


 メルビンに言われて、ジャネットはその獣人族チームへ視線を移す。

 銀狼族などの伝説的な獣人族ではなく、一般的に見かけるウサギとカエルの獣人族だ。ウサギのリスティは人間そっくりの容姿にうさ耳が生えている。一方、カエルのウェインは二本足で立ち、人間と同じような手足をしているという特徴以外はカエルのままだ。


「獣人族チーム……この辺りでは見かけない人たちですね、ジャネットさん」

「そうですね。特にあのひと際大きくて仮面をつけた人は……なんだかちょっと変わったオーラが出ています」


 ジャネットが注目をしたのは仮面をした三人目。

 仮面を除いた容姿は限りなく人間に近い。だが、燃える炎のような赤く長い髪以外に外見から人物を見極めるのは難しいだろう。

 となると、考えられるのはひとつ。


「あのチームの中に……知り合いがいたのでしょうか?」


 ジャネットはそう推察する。

 だが、そうなるとなぜシャウナはそのことを隠したのか。

 もしかしたら、自分たちに気づかれたくないことでもあるのか。

 次から次へと憶測が頭の中を飛び交う中、とうとう自分たちのチームが呼ばれた。


「いきましょう、ジャネットさん」

「え、ええ……」


 迷いを抱えたまま、屍の森サバイバル大会は幕を開けた。

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