第147話 エノドア自警団の新入り【前編】

※次回は5日の火曜日更新予定です。





 エノドア自警団駐屯地。



 この日、自警団長であるジェンソンは、町の人々から寄せられた情報をもとにある場所の調査をするため、朝から全団員を集めてミーティングを行っていた。


「――とまあ、そんなわけで、君たち三人には最近発見された町はずれにある洋館の調査に向かってもらいたい」


 ミーティングの結果、クレイブ、エドガー、ネリスの三人が町民たちから調査依頼のあった洋館へ向かうこととなった。


「そこなら俺も前から興味あったんだわ。確か、子どもたちがオバケ屋敷って呼んでいるところだろ?」

「お、オバケ屋敷?」


 エドガーからの情報を耳にした途端に、ネリスの表情が曇る。それを見てふとある情報を思い出したクレイブが口を開いた。


「そういえば、ネリスはオカルトの類が苦手だったな」

「オカルトっていってもなぁ……幽霊だろ? それなら要塞村にもいるじゃねぇか」

「アイリーンのこと? あの子は別にいいのよ」

「なんでアイリーンは平気なんだよ」

「だって可愛いじゃない」

「「…………」」


 男子ふたりは沈黙。

 アイリーンが可愛いという点に関していえば、特にツッコミポイントはない。ただ、根本的な部分で何も解決していない気がするのだが、当のネリス自身はそれで克服できているようなので黙っておくことにした。

 すると、


「ネリスさんはオバケが怖いのか」

「いつも凛としているが、意外と可愛らしい一面があるんだな」

「……いい」


 背後から漏れ聞こえる団員たちの声に、ネリスは思わず顔が赤くなった。


「そうか。オバケが苦手とあっては洋館の調査は別の者に代わってもらうと――」

「問題ありません」


 話を聞いていたジェンソンが配慮してメンバーからネリスを外そうとするが、それに真っ向から反対したのはネリス自身であった。


「オバケ嫌いに関してはすでに克服済みです。なんの心配もありません」

「そ、そうなのか? ……それにしては震えているようだが」

「武者震いです。強者と戦えるかもしれないという予感に胸が高鳴っているのです」

「そんな性格だったか!?」


 こうして、ネリスはオバケ嫌いをネタにされるわけにはいかないと、強引に洋館調査に向かうことを了承したのだった。



  ◇◇◇



 昼食後。

 元フェルネンド聖騎隊トリオの三人は件の洋館へとたどり着いた。


「この辺はモンスターが少ないな」

「すぐ近くが屍の森だもんな。それも少なからず影響してんだろ」

「…………」

「ああ、ネリス? 大丈夫か?」

「は、はあ!? 大丈夫なんですけど!!」

「……分かった。ここで待っているか?」

「行くし!」


 恐怖のせいか、口調はおかしいし声も震えている。

 そんなネリスを心配するエドガーだが、一方のクレイブは顎に手を添えて何やら考え事をしているようだった。


「どうかしたか、クレイブ?」

「いや何、なぜこんなところに少女がいるのか疑問に感じていたのだ」

「少女?」


 突然クレイブが口にした少女の存在。だが、エドガーもネリスもここへ来る途中で少女など見なかった。恐る恐る、エドガーが尋ねる。


「な、なあ、クレイブ……その少女っていうのはどこにいるんだ?」

「先ほどまで洋館の二階――右から四番目の部屋の窓際に少女が立っていたのだ」

「「!?」」


 これがエドガーならからかいで言っているのだろうと予想がつく。だが、「超」がつくほど真面目なクレイブが、真顔でそんなことを言うものだから変に緊張が高まっていった。


「お、落ち着けよ、ネリス。幽霊っていったって少女だ。少女ってことはつまりアイリーンと同じ。アイリーンみたいな愛らしい子だよ」

「そ、そうよね……」


 理論もへったくれもない発言ではあるが、気を紛らわせるには十分だった。

 その後、一番恐怖心がないクレイブを先頭にして、三人は洋館の中へと入っていく。中は昼間だというのに薄暗く、じっとりとした空気が肌にまとわりついてきた。

 内部は長い間ずっと放置されたままらしく、あちこちが朽ち果て、ひどい有様であった。とてもではないが、ここで生活していくのは難しいだろう。


「気味の悪いところだな」

「これだと、団長が懸念していた悪党が住み着くかもって心配はしなくても大丈夫そうね」

「油断するなよ、ふたりとも。どこに敵が潜んでいるか――む?」


 洋館一階の中心部に到達したクレイブの足が止まる。

 その直後、天井の一部が大きく崩れ落ちた。


「うおっ!?」

「きゃっ!?」


 エドガーとネリスは突然の事態に戸惑うが、何かが起こると読んでいたクレイブはまったく動じず、舞い上がる煙の奥に気配を感じ取ると剣を抜いて臨戦態勢を取る。エドガーとネリスにも戦闘準備を呼びかけようとした時だった。


 ヒュン。ヒュン。


 煙の向こうから何かが飛んできた。


「ふん!」


 クレイブは落ち着いてそれを叩き落とす。と、その隙を狙っていた煙の奥に潜む気配が、クレイブ目がけて突進してきた。

 

 ガギン!

 

 金属同士がぶつかり合う不快な音。

 それに気づいたエドガーが叫ぶ。


「ネリス! 敵さんのお出ましだ!」

「上等!」


 ネリスも事態を察知し、すぐさま矢を放つ。《弓術士》のジョブを持つネリスは、煙で視界が利かないという悪条件の中でも、的確に敵の位置をとらえていた。


「!?」


 矢が飛んできていることに気づいた敵は後退。だが、当然それで終わるわけではなく、すぐさま仕掛け直そうとしたが、


「うおおおおおおお!」


 今度は煙の向こうからクレイブが突っ込んできた。


「ぐっ!?」


 予想外の反撃に敵は動揺。その結果、防御が遅れてしまい手にしていた武器をクレイブによって弾き飛ばされ、さらに衝撃でしりもちをつく体勢になった。


「これで終わりだ」


 クレイブは敵に剣を突きつけ、勝利宣言。

 敵もそれを悟ったのか、特に抵抗する素振りは見られなかった。

 やがて煙が晴れると、クレイブたちを襲った犯人の顔が明らかとなる。


「うっ!?」

「えっ!?」

「まさか……」


 三人はそれぞれ違った反応だが、「驚く」という点では共通していた。

 無理もない。

何せ相手は――自分たちとさほど変わらない年齢の少女だったからだ。




 戦闘終了後。

 念のため、手錠をかけて少女を自警団の駐屯地へと連れていく。

 少女――名前はタマキと言い、出身はヒノモトらしい。

 その証拠に、タマキはヒノモト人特有の黒い髪で、瞳の色も黒かった。さらに、クレイブとの戦闘中に使った道具にヒントがあった。

 天井から落ちてきた時、実は煙幕弾を使用しており、最初に飛ばしてきたのは手裏剣と呼ばれるヒノモト製の武器だった。


「しかし、なぜ君はあんなところに?」


 ジェンソンの質問に対し、タマキは淡々と答えていく。


「私があそこにいたのは少し休憩しようと立ち寄っただけです。特に他意はありません」

「ヒノモトの出身らしいが、身元保証人となり得る人物は?」

「天涯孤独の身なので分かりません。ヒノモト人というのも、私の外見からそうなのであろうと判断し、そう名乗っているだけなので」

「ふ~む……」


 弱ったなぁ、というのがジェンソンの本音だ。

 騎士として、国の治安を守り続けてきた者から言わせれば――少女を危険な存在などではない。ただ、何か大きな秘密を隠しているように映った。


 埒が明かない問答が続く中、少女タマキから予想外の提案がなされる。


「あの」

「ん? なんだ?」

「私をこの自警団で働かせてくれませんか?」

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