第146話 ジャネットとメルビン
※次回は土曜日に更新予定!
最近、要塞村の子どもたちの間であるモノがブームになっている。
主に行われている場所は要塞村の集会場。
そこでは村の子どもたちが集まり、にぎやかな空気が漂っていた。
「凄い人気だなぁ」
噂を聞きつけたトアは想像以上の盛況ぶりに驚きの声をあげた。
「ホントねぇ。何がここまで子どもたちの心を惹きつけるのかしら」
「なんでも、エノドアやパーベルからも公演の依頼が来ているそうですよ」
見学に来たのはトアだけでなく、クラーラとフォルも一緒だった。
三人は子どもたちが集まっている場所から少し離れた位置で様子をうかがう。一方、子どもたちは集会場の中心に設置された丸テーブルの前に座り、始まりを今か今かと心待ちにしている。
よく見ると、集まっているのは子どもでもかなり幼い年齢ばかりだった。中には母親と一緒に来ている子もいる。その中にはエステル&アネスとマフレナ&シロも紛れていた。
しばらくすると、カランカランという鐘の音が響き渡り、子どもたちの顔が一斉にテーブルへと向けられた。
「はーい、では始めますよー」
「みんな準備はいいかなー」
やってきたのはジャネットとオークのメルビンだった。
幼い子どもたちが相手ということもあってか、ふたりの喋り方はいつもよりおっとりとした感じになっている。
「今日は……悪い盗賊団と戦う王国兵士のお話です」
ジャネットがそういうと、子どもたちから大歓声が巻き起こる。そのタイミングを見計らって、メルビンが手にしていた物をテーブルに立てかけた。
長方形をしたそれは紙。
そこにはイラストが描かれていた。
描かれたイラストに合わせた内容の文をジャネットが読んでいく。シーンが変われば、メルビンが紙をめくって
「あの絵、どうしたのかな?」
「うまいわね」
「あれはメルビン様の直筆ですよ」
「「えっ!?」」
トアとクラーラの声が重なった。
失礼だとは思いつつ、あのいかつい風体のメルビンがあんなファンシーなイラストを描けるとは予想外だった。
「イラストとトークを組み合わせたまったく新しい文化――その名も紙芝居」
「紙芝居……」
聞き慣れないその名に、クラーラは小さく首を傾げた。
「ジャネット様はメルビン様と協力して教育の一環として行うつもりのようでした」
「教育?」
今度はトアが首を傾げた。
「それは口で説明するよりも――あれを見ていただけば分かるかと」
「どれどれ」
フォルに言われるがまま、トアは紙芝居の続きに注目する。
「盗賊たちに囲まれて大ピンチの兵士ロッド。それでも彼は最後まであきらめず、敵に立ち向かいました」
すると、子どもたちが口々にイラストの主人公へ応援し始めた。
「ロッド、頑張れ~」
「負けないで~」
熱狂する子どもたち。
集会場を包む大歓声を耳にしたジャネットのメガネがキラリと光り、メルビンへアイコンタクトを送る。それを受け取ったメルビンは通常よりも派手なアクションで紙をめくった。
「待たせたな!」
ジャネットがポーズを取りながら叫ぶ。
その紙にはピンチに陥った主人公を助けるために駆けつけた仲間たちの勇ましい姿が描かれていた。
「固い絆で結ばれた仲間たちが、ロッドのピンチを救うためにやってきたのです」
大人たちからすればお約束の展開ではあるが、子どもたちのテンションは最高潮となった。
紙芝居終了後。
子どもたちは満足した顔でジャネットの語ったお話を友だちや親と共に振り返っていた。
「なるほど。まだ字の読み書き学習を始めていない子には、お話を聞かせて言葉というものを理解させようってことか」
「その効果は絶大のようです。子どもたちに勉強を教えている先生役のエステル様曰く、紙芝居を始めてから文字の読み書きに対して意欲的に学習する姿勢を見せている子が多くなっているとか」
「勉強する動機付けとしてもうってつけってわけか」
トアは聖騎隊養成所時代を思い出す。
自分を含め、クレイブ、エステル、ネリス辺りは得意だし好きだったが、エドガーやプレストンは苦手にしていて、隙あればサボろうとしていた。そのふたりに限らず、学習を苦手にする者は決して少なくなかった。
ジャネットが考案した紙芝居作戦は、子どもたちの学習意欲を引き出すのに大いに貢献することとなり、大きな成果を生み出した。
「それにしても、よく思いついたね」
「収穫祭の前夜祭でモニカさんたちがやっていた劇からヒントを得たんです」
「ああ。あの幼馴染が勇者に寝取られるというヤツですね」
「幼馴染が……勇者に……」
「! やばっ! トアの瞳から光が消えた!?」
トアの古傷についてはさておき、ジャネットの考案した紙芝居作戦はその後も定期的に行われるようになり、そのたびに大盛況となったのだった。
◇◇◇
深夜。
要塞村内にある図書館。
「ふぅ……」
図書館の管理者でもあるジャネットは息を吐く。
今は次の紙芝居で使用するための脚本を書いている最中だった。
元々、物語を書くこと自体は好きだったので、この作業も楽しみながらしているのだが、夢中になりすぎて気がつくと夜中となってしまった。
「いけない。そろそろ寝ないと。メルビンさん、続きは明日にしましょうか」
「おっと。もうこんな時間でしたか」
図書館ではジャネットだけでなく、メルビンが脚本に合わせたイラストを描く作業に熱中していた。
「遅くまでご苦労様です」
「それはこちらのセリフでもありますよ、ジャネットさん」
ふたりは戸締りを確認し、それぞれの部屋へと戻る――と、その時、メルビンがジャネットを呼び止めた。
「そうだ、ジャネットさん」
「はい?」
「忘れないうちにこれを渡しておきますね」
そう言って、メルビンは紙芝居に使う物と同じサイズの紙を手渡した。そこにはイラストが描かれているが、どうやら脚本に合わせて描かれたものではないようだ。
要塞内部の廊下に設置された発光石の明かりの下で、イラストの中身をチェックをしたジャネットは思わず赤面してしまう。
「なっ、こっ、これは!?」
そこにあったのは――トアにお姫様抱っこをされているジャネットという構図のイラストだった。
「どうでしょうか?」
「ど、どうって……」
ジャネットはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を動かす。
「控えめに言って最高です♪」
満面の笑みでそう告げると、ギュッとイラストを抱きしめる。
「ありがとうございます、メルビンさん」
「喜んでいただけて何よりです。ジャネットさん、トア村長のために頑張るのは素晴らしいことですが、ご自身の体調にもしっかり気を配ってくださいね」
「心得ていますよ。メルビンさんの方こそ、無茶をしすぎないようにしてくださいね」
「ははは、これでもパワー自慢のモンスターですからね。体力には自信があるんですよ」
静かに笑い合うふたり。
こうして、要塞村の穏やかな夜は更けていく。
後日。
偶然にもエステルがジャネットの私室で例のイラストを発見。
それをきっかけにしてメルビンへ「トアとの理想的なシチュエーション」をイラスト化してもらおうと依頼が殺到する。
こうして、メルビンは要塞村公認絵師としての地位を固めたのだった。
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