第145話 エステルの育児日記
※次回は水曜日に更新予定!
〇月〇日
今日のアネスは朝からご機嫌だった。
最近歩けるようになったということもあり、よく私のあとをよちよちと追ってくる。その姿が可愛らしくてニヤついていたらその場面をトアに目撃されてしまった。うぅ……恥ずかしい。
〇月〇日
ローザさんと稽古を行う。
今日は以前に課題として出されていた水魔法強化の披露会――のはずだったけど、ローザさんが木陰で転寝をしているアネスにばかり注目して「可愛いのぅ」を連発。次に特訓を受ける時は一時的に預かってもらうことにしよう。
〇月〇日
トアとクラーラの剣術稽古にアネスが興味を持ったみたい。
「あうあ」と言って剣を振るうマネをする。トアもクラーラもそれが気になったらしく、結局その日の稽古はそこで終了となってしまった。後でふたりには謝ったけど、「可愛かったからどうしようもないね」と笑って許してくれた。
〇月〇日
アネスの一番のお友だちと言っていいドラゴンのシロちゃんと一緒に遊ぶ。場所はお月見をした時にトアが造った屋上庭園。私はその様子をベンチに座ってマフレナと一緒に眺めながら母親としての苦労話に花を咲かせた。
〇月〇日
ジャネットが赤ちゃんの遊具を作ってくれた。小さな木製の滑り台。アネスはこれを凄く気に入ったようで、しばらくそこから動こうとしなかった。ジャネットだけでなく、ドワーフ族の人たちはいろいろと子育て絡みのアイテムを差し入れてくれる。とてもありがたい。
〇月〇日
どういうわけか、アネスはシャウナさんが苦手だった。シャウナさんが抱こうとすると物凄い勢いで泣きだす。シャウナさんは「気にしていないよ」と言っていたけど、その表情はいつもの様子と比べて信じられないくらい暗かった。王虎族のミューちゃんや冥鳥族のサンドラちゃんに凄く懐かれているところを見ると、意外と子ども好きなのかもしれない。
〇月〇日
シャウナさんと同じくらい、アネスはフォルのことも苦手みたい。でもこれは、フォルが悪ふざけで「ほ~ら、取れますよ~」と言って兜を外したことが原因だと思う。さすがにあれは初見だとかなりびっくりするし。それからフォルを見かけるたびに「やっ!」と言って顔を隠してしまう。その反応を見たフォルは表情から具体的な感情は読み取れないけど、声のトーンとかで落ち込んでいるというのは痛いほど伝わった。
〇月〇日
今日は冥鳥族エイデンさんの奥さんであるニアムさんところのウィルくんと一緒に遊ぶ。アネスとウィルくんは初対面の時こそあまり接することはなかったけど、今はお互いを意識にしているように見える。なんとなく、昔のトアと私の関係に似ているかなって思った。
〇月〇日
エノドアからクレイブくんたちが訪ねてきてくれた。
ネリスがアネスを抱くと、それをエドガーくんがからかって怒られる。このふたりは養成所時代から変わらないなぁ。一方、クレイブくんは「子どもか。きっと、俺もいつか父になるのだろうな」と言った後、フォルと話しているトアに熱視線を送っていた。……やっぱり、彼にはアッチの趣味があるのかもしれない。
ちなみに、ヘルミーナさんも来る予定だったらしいけど、レナード町長に呼ばれて急遽予定を変更したらしい。
うん。
ヘルミーナさんにはそっちの方がいいと思います。
〇月〇日
オークのメルビンさんをはじめとするモンスター組のみんなが、アネスのためにプレゼントを用意してくれていた。それは木彫りの人形で、アネスはとても喜んでいた。当初、アネスはメルビンさんたちの見た目に怯えていたようだけど、ここ最近は慣れてきたのは笑顔を見せるようになった。時々、その光景をシャウナさんが羨ましそうに遠くから眺めている……もしかして、蛇が苦手なのかな?
〇月〇日
今日はエノドアにあるメリッサたちエルフ族が経営するケーキ屋さんにアネスを連れて行った。メリッサの作ってくれた赤ちゃんでも食べられるケーキにアネスはご満悦だった。――ただ、お店にいたスキンヘッドに顎鬚を蓄えた中年の男性がこちらを優しげな瞳で見つめていたのが気になった。恰好からして兵士みたいだけど……あ、もしかして、何か変な誤解をされているのかも。
〇月〇日
魔法を教えている村の子どもたちから「エステル先生のお父さんとお母さんってどんな人なの?」と質問を受ける。
私のお父さんとお母さん……正直、ほとんど記憶にない。
これはトアから聞いた話で、私自身は覚えていないけれど、あの日――シトナ村が魔獣に襲われた時、私の両親は私を逃がすためにその身を犠牲にしたらしい。
それから、フェルネンド王国にある孤児院にトアと共に身を寄せた。私はその時のショックでろくに会話もできないほど他人に対して心を閉ざしていたという。
でも、それを救ってくれたのがトアだった。
トアがいてくれたから、私はもう一度笑うことができるようになったんだ。
「――て、これじゃあ私の日記じゃない」
執筆途中で気がついて、思わず私は筆を置いた。
軽く伸びをすると、ちょうどドワーフ特製ベビーベッドで寝ていたアネスが目を覚ましてぐずり始める。私はそんなアネスを抱きながら部屋を出る。
「あ、エステル」
これも何かの導きなのか、最初に出会ったのはトアだった。
「どうかしたの?」
アネスの頬を撫でながら、トアが笑顔で尋ねてくる。
……この笑顔だ。
私は小さな頃からこの笑顔に助けられてきた。
きっと、これからも……そう思うと、今の私は――
「エステル?」
「――あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」
「考え事?」
「そう。……トアやみんなと一緒にいられるとても幸せだなって考えていたのよ」
「へっ!?」
さすがに恥ずかしくって、みんなって言っちゃったけど……それだって決して嘘なんかじゃない。
「さあ、行きましょう――トア」
私はそう言ってトアへと微笑んだ。
いつまでもこんな日々が続きますように、という願いを込めて。
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