第144話 地下古代遺跡の罠【後編】

次回投稿は月曜日の予定です!



 要塞村地下迷宮第三階層。

 帝国が生んだ天才魔法学者レラ・ハミルトンが、霊体となって密かに潜伏していたその場所には、これまでに見たことのない古代の魔法道具で溢れかえっていた。

 その遺跡の調査を村長トアから任されているシャウナは、怪訝な表情を浮かべながら口を開いた。


「恐らく、あの石が原因だろうな」


 そう言ったシャウナの視線の先にはトアとマフレナがいる。

 だが、今のふたりは心と体が入れ替わった状態にあった。


 体はトアでも中身はマフレナ。

 体はマフレナでも中身はトア。


 ふたりは肩を並べて不安げな表情を浮かべていた。

 その背後には同じように不安げな表情のクラーラにエステルにジャネット、そして要塞村の村民たち。

 すべての視線はシャウナと、そして入れ替わりの引き金になったと思われる石の分析を担当するローザに注がれていた。


「この石はエノドアで採掘される魔鉱石とも違う……恐らく、地下まで伸びた神樹の根の影響を受けて変異したものじゃろう」

「神樹の影響……だったら、俺の魔力でなんとかできませんか?」

「それは難しいな」


 シャウナがトアの質問に答え、ローザはゆっくりと頷いた。


「人格を入れ替える……それはかなり高度な魔法じゃ。それを可能にする力はあるのじゃろうが、その方法となるとかなり複雑じゃ」

「つまり……?」

「解決策はこの石を解析し、効力を無効化するアイテムを作る」

「できるんですか!?」

「うむ。ただ、完成するまでどれくらいの時間がかかるのか……それはいろいろと実験をしてみまければ分からんがのぅ」


 元に戻すことはできるが、その期限は分からない。

 それがローザの答えだった。


 とりあえず、今はローザに頼るしかなさそうだ。



  ◇◇◇



「はあ~……」


 深いため息を漏らしたトアは要塞村の一室――普段は談話室として利用されている比較的小さな部屋にきていた。トアの体になったマフレナはローザが研究のために必要とのことで、発見した時の状況など、いくつか質問をするため彼女の自室へと向かった。それが終わり次第、トアと交代する予定だ。

 その場に残ろうともしたが、マフレナが緊張というか恥ずかしがっている様子が見られたので、個別に行うこととなった。

 とりあえず待つしかないので、そこにあるイスにドカッと腰を落としたが、その直後に荒っぽく声をかけられる。


「トア!」

「わっ!?」


 驚いたトア(外見はマフレナ)は思わずイスから転げ落ちた。


「く、クラーラ?」


 振り返った先に立っていたのはクラーラだった。腕を組み、明らかに怒った顔つきをしていた。


「きゅ、急にどうしたの?」

「トア……今のあなたはトアであると同時にマフレナでもあるのよ」

「う、うん」

「それなのに――そんな足を広げてイスに座るなんて! ていうか、今だって何よ、その格好は!」

「え?」


 一瞬、何を言われているのかよく分からなかったが、改めて自分の姿勢を確認した時、トアは事の重大さに気づいた。

 今は地面に腰を落とした状態なのだが、左右に足を大きく広げている。普段のトアなら何も感じないが――今の自分の体はマフレナだ。これだけ足を広げているのは女子としていただけないとクラーラは言いたいのだ。

 それに気づいたトアは慌てて足を閉じる。


「ご、ごめん……」

「まったく……気をつけてよね、トア」


 そこへエステルもやってくる。

 女子ふたりは合流し、何やら話し合いを開始。そこへトアが入り込む余地はなく、わずか数十秒で終了。トアへと向き直ったクラーラとエステルは――満面の笑みだった。


「「ふふふ……」」


 おかしい。

 見慣れているはずのふたりの笑顔。

 だけど今は――まるで別物に感じる。


「ど、どうしたの、ふたりとも……」

「何もないわよ。ただ、これからマフレナの体として生きていくには、女の子らしさを学んでもらわないとね」


 エステルが最高の笑顔でそう語ると、クラーラも「うんうん」と唸りながら続いた。


「これを機に、トアにはもう少し女の子の気持ちを分かってもらわないとね」

「お、女の子の気持ち……?」


 なんだか嫌な予感がしたトアは思わずその場を全力で逃げ出した。



  ◇◇◇



「それでワシのところに来たわけか」


 トアが逃げ込んだ先はローザの私室。

 地下古代遺跡でマフレナが触れた石の解析最中だったローザは、血相を変えて飛び込んできたトアに驚くも、背後から響き渡るエステルとクラーラの声で事態を把握。そのままトアをかくまったのだった。ちなみに、すでにマフレナから事情は聴きだした後で、同行していたジャネットやフォルと共にトアが待機している部屋へと向かったらしい。トアとは入れ違いになる形となった。


「あのふたりにも困ったものじゃな」

「うぅ……俺がマフレナの体に変なことをするとかって疑われたんですかね」

「そうではないじゃろう。エステルたちはちゃんとお主を信頼しておるよ。ただ……ちょっと羨ましかっただけじゃよ」

「羨ましい? どうしてですか?」

「それは……まあ、直接聞いてみることじゃな。答えるかどうかは分からぬが」

「えぇ……」

「それもまた試練じゃよ。――ほれ、これで完成じゃ」

「? できたって、何がですか?」

「お主たちを元に戻す特効薬に決まっておろうが」

「! も、もうできたんですか!?」


 作業開始から実に一時間とちょっと。

 想像を遥かに越えるスピード決着だ。


「実はあの石に関する文献があってな。そこからいろいろと情報を集めたら思いのほか早くできたぞ」


 あっさり完成したように語るが、それはローザが八極のひとりに名を連ねる凄腕の魔法使いだから可能なのだろうとトアは感じていた。並みの魔法使いではこうも簡単に作れたりはしないだろう。


 


 こうして、想像よりもずっと早く元の体に戻ったトアとマフレナ。

 

「トア様……ごめんなさい。私のせいで……」

「マフレナが謝ることないよ」

「あ、あの、でも、私、短い間でしたけど、トア様になれて分かったことがあります!」


 マフレナは何かを必死に訴えようとしていた。

 それを悟ったトアは静かに耳を傾ける。


「トア様はいつも私たちのためにいろんなことをしてくれているんだなって……改めて知ることができました」

「僕がマスターのスケジュールを見せたからですね」


 会話に入ってきたフォルがそう付け足す。

 本来なら、今日はエノドアのレナード町長と会談があったのだが、急遽キャンセルをしたのだ。その他にも、要塞の修繕や新しい施設の建設計画など、村長として村を支えているトアの一面を知ったマフレナは尊敬の眼差しでトアを見つめていた。


「そんな……俺は自分のしたいことをしているまでだよ」

「だとしても凄いです、トア様……あ、それから――」


 続きを語ろうとしたマフレナだったが、その頬が一瞬にして朱に染まった。


「お、男の子の体の凄さを知ることもできましたし」

「…………えっ?」

「わ、わっふぅ!!」


 恥ずかしさに耐えかねたのか、マフレナは物凄い勢いでその場から逃げ出した。

 残されたトアとフォル。

 羞恥に顔を赤らめた元凶は――恐らくこの自律型甲冑兵にあるだろう。


「先に断っておきますが、僕は無関係です」


 今まさにトアが問い詰めようとしたら先手を打たれた。


「実を言うと、エノドア近くにトロールが五体現れたという情報をエドガー様が伝えに来たので、僕は独断ですが援護に向かうことにしたのです」

「ふむ」

「しかし、その間マスターの体になっているマフレナ様をひとりにしておくのは心配だったので、頼れる御方に託したのです」

「その頼れる御方って誰?」

「シャウナ様です」

「人選!!!」


 その後、シャウナに真実を聞きにいったトアだったが、「本当に聞きたいかい?」という不穏な返しに何も答えられず、真相は闇の中へと消えたのだった。






 トアとマフレナが元に戻った頃――エノドア近くの森。

 夜の闇に紛れたふたつの影が言葉を交わす。


「見なさい。ここに横たわるトロールの亡骸を」

「鮮やかな手口ですね」

「ええ。人間業とは思えないわ」

「でしたら、これをやったのは人間ではありませんよ。エノドア自警団の話によると、トロールを倒したのはかつてザンジール帝国が研究していた自律型甲冑兵のようです」

「! あらあら、それはなんとも興味深い話ね。エルフやドワーフをはじめとして伝説的種族が勢揃いしているとは聞いていたけど、まさかそんなものまであるなんて」

「どうしますか?」

「決まっているでしょ。要塞村……この目で直接確かめてみたいわ」

「ではもう少しエノドアに滞在し、要塞村についての情報を集めます」

「そうね。事前に手にした情報が完璧に正しいとは限らないものね。頼んだわよ」

「御意」


 会話を終えると、会話をしていたふたりはエノドアに向かって進み始める。

 要塞村に、新たな影が迫りつつあった。

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