第143話 地下古代遺跡の罠【前編】

※次回は土曜日更新予定!




「な、なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!」


 トアはあまりの衝撃に叫んだ。

 そして、どうにもならない現実を直視し、絶望する。

 神樹の加護を受け、精霊女王や帝国の亡霊を撃退してきたトアだが、こんな危機的状況に陥っているというのに今の自分は何もできないなんて、と現状を嘆いていた。


「一体……何がどうなったっていうんだ……」


 顔をしかめるトアの視線の先――そこにあるのは自室の姿見だった。

 そこに映し出されている自分自身の姿こそが悩みの元凶。


「ど、どうしたらいいんだ……」


 解決策も思い浮かばず、トアは途方に暮れるのだった。






 事の顛末は今から数時間前。

 早朝の地下迷宮第一階層から。


 この日、トアはレラ・ハミルトンが隠れ住んでいた地下迷宮第三階層――古代遺跡へと足を運んでいた。

 

「わふっ! ここへ来るのは久しぶりですね!」

「僕は初めてですが……なるほど、まさに古代の歴史ロマンを感じますね」

「はい!」


 同行したのはマフレナとフォルとアイリーンだった。

 特にフォルは意識を失っていたので、この地下迷宮へ来るのは初めてだった。そのため、この遺跡に足を踏み入れた時から興奮気味だった。


「トア村長。それに三人も。よく来たね」


 トアからの指名により、この古代遺跡の調査を任されているシャウナが四人を出迎えた。かつては八極のひとり黒蛇のシャウナとして戦場に出ていた彼女だが、現在の本職は考古学者ということで適任と判断したのだ。


 そんなシャウナはこの地下遺跡でさまざまな魔法道具を発掘していた。

 どのような効果を持つのか、それは魔法のスペシャリストである同じ八極の枯れ泉の魔女ことローザが担当している。

 それと、直接遺跡に関わることではないが、レラ・ハミルトンがこの遺跡に隠していた自律型甲冑兵の新型を回収したジャネットを含むドワーフ族たちによって解析が進められ、フォルの新しい強化案が練られている。



 着々と進む遺跡の調査とフォルの強化。

 調査の進展具合を確認しつつ、その成果を間近で感じようというのが今回のトアの狙いであった。


「あ、トア様! 見てください! こんな綺麗な石がありますよ!」

「! だ、ダメだよ、マフレナ!」


 何気なく足元にある石を拾い上げたマフレナだが、それは明らかに人の手により加工されたものであった。つまり、普通の石に見えてれっきとした魔法道具であるということだ。


「わ、わふっ……ごめんなさい」


 トアに怒られたと思ったマフレナの尻尾と耳がペタンと垂れる。


「あ、いや、特に何事もないならいいんだよ。マフレナに何かあったら大変だからね」

「トア様……っ!」


 しかし本当は心配していたと分かると、マフレナは瞳がキラキラと輝いていた。


「いやはや、こんな地下の古代遺跡でも見せつけてくれるじゃないか。私のような独り身には目に毒だなぁ」


 トアとマフレナのやりとりを見ていたシャウナがため息を添えて愚痴る。


「あ、え、えっと、すいません、シャウナさん」

「わ、わふっ、ごめんなさい」

「はっはっはっ! 気にすることはない! 青春大いに結構! 私に構わずドンドンいちゃついてくれたまえ!」


 落ち込んだ様子は嘘で、実際は若者の恋愛が大好物なシャウナだった。


「とりあえず、何かあるといけないからそいつはこの木箱の中にでも入れておいてくれ」

「わふっ!」


 元気よく返事をしたマフレナはシャウナの指示に従って石を箱へと入れる。

 それからトアはシャウナから遺跡の調査がどこまで進んでいるのか、その様子を細かく確認していった。まだまだ地下の奥まで遺跡は続いているということで、全容解明までは時間を要するのだという。


 さらに、セリウス王国から近々使者が訪れ、この遺跡についての見解を聞きたいという話も出ていた。これにはセリウスの王子も参加するらしく、まだ日程すら決まっていないがトアはすでに緊張していた。


 何はともあれ、地下の遺跡調査はシャウナを中心に順調な滑り出しを見せているようで、トアは一安心するのだった。



 ◇◇◇



 遺跡調査報告を受けた翌日。

 

「ふああ~……」


 自室で目が覚めたトアは軽く伸びをしてから起き上がる。

 その時、自分の体に違和感を覚えた。


「うん?」


 体が重い。

 ――いや、その表現は適切ではない。

 重いと言ったが、それは体のごく一部だけ。

 胸が、やたらと重いのだ。


「何が――うえっ!?」


 視線を落としたトアは驚愕に震える。

 いつもは見える足元が見えない。それを遮るように、肌色をした小さな山がふたつ。それはわずかに揺れていた。


「こ、これは……まさか!?」


 トアは慌てて自室にあった姿見をチェック。


「な、なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!」


 そこに映っていたのはいつもの自分ではなく――マフレナだった。




「……よし、一旦落ち着こうか」


 なぜかマフレナの姿になってしまったトアは少し騒いだ後で冷静さを取り戻し、原因と究明と解決への糸口を探すため脳をフル回転させる。

 だが、その時、部屋のドアをノックする音が。


「はい」


 いつもの調子で返事をしてしまったが、今の自分はマフレナの姿。

 こんな朝から自分の部屋にマフレナを連れ込んでいるという噂が立ったら大変だ。

 トアは慌てるが、マフレナである以上、下手に声も出せずあわあわするだけ。

 やがて、自室のドアがゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは――


「!? お、俺!?」


 部屋の前には自分が立っていた。

 最初は混乱したトアだが、今、自分が置かれている現状を思い出し、確認のための質問を自分へと投げかける。


「もしかして……マフレナ?」

「! と、トア様あああああ!!!」


 外見がトアのマフレナはすぐに理解してくれたことに喜びを爆発させて抱きつこうとする。


「あ、ちょ、ちょっと!?」


 自分に抱きしめられそうになるという前代未聞の事態に見舞われたトアは思わずよけようとするが、失敗してそのまま部屋の奥にあるベッドまで押し切られてしまう。


「うわっ!」

「わふっ!」

 

 ふたりはベッドに倒れ込み――まるでトアがマフレナを押し倒しているような構図となってしまった。


「え、えっと……俺の姿をしているけど、マフレナなんだよね?」

「わふぅ……」


 どうやら、トアとマフレナは容姿と中身が入れ替わってしまったらしい。

 とりあえずマフレナにどいてもらおうと声をかけようとしたまさにその時だった。


「ちょっと朝から何を騒いでいるの?」

「トア? 何かあったの?」

「大きな音がしましたけど、お怪我はありませんか?」


 よりにもよってクラーラ、エステル、ジャネットの三人が開け放たれたドアから室内の様子を覗き見る。



「「「!?!?!?!?」」」


 

 室内の様子(トアがマフレナを押し倒している光景)を目の当たりにした三人は思わず卒倒した。

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