第253話 クラーラとマフレナの心配事

 魔人族のメディーナ。

 ホールトン商会のナタリー。


 新たにふたりの村民を加えた要塞村は、この日も朝から賑やかだった。

 メディーナは歓迎会で振舞われた要塞村の食事をすっかり気に入った様子で、食べ物以外でもお酒や食後のデザートとして出されたケーキも「おいしいであります!」といって口に放り込んでいた。

 そんなメディーナは、今日もローザやシャウナ、そして冒険者たちを連れて地下古代遺跡へと足を踏み入れていく。要塞村での生活に文句はないし、カーミラが好きだった人間界の果実も手に入れられた。それでも故郷であり、尊敬するカーミラのいる魔界へと戻るため、次元転移魔法を生み出す魔法陣の研究を一緒に行っている。

 

 一方、ナタリーは要塞村市場の完成を目指し、ドワーフたちと打ち合わせを続けている。まだ若いながらも、ホールトン商会の次代を担うと高い評価を得ているナタリーの手腕に任せておけば、大丈夫だろう。


 新たな村民のふたりは、それぞれの力を発揮できる場所で、今日もまた新しい仕事に挑んでいた。


 

 ◇◇◇



 その日、トアは久しぶりに狩りへと出た。

 ――と、いうのは半ば口実であり、本当は帰還した人間界を満喫するため、森の中を散策していたのである。

 ちなみに、お供としてクラーラとマフレナがついてきていた。

 三人は見晴らしの良い丘の上までやってくると、少し休憩しようとその場に座り込む。そこからの眺めは絶景で、広大な屍の森がよく見渡せる。


「この森も、今じゃほとんどモンスターは出ないし、屍の森って名前から改名した方がいいわよね」

「わふっ! いいアイディアだと思います!」

「屍の森っていうのも正式な名前じゃなくて、あくまでも通称ってだけだしね。正式に名前を決めて、領主のファグナス様へ申請してみようかな」


 三人はそんな話をしながら、景色を眺める。

 すると、トアがあることに気づいた。


「そういえば、あの辺が獣人族たちの村だね」

「あ、ホントね。ということは、あのあたりに例の廃線があるのかしら」

「わふっ! 前にリスティちゃんが村へ遊びに来た時、ウェインさんが中心になってあのあたりを調査していると言っていましたね!」


 用途不明の廃線。

 帝国が何をもってこの森の中に鉄道を引いたのかは分かっていないが、ボロくなっているとはいえ立派な駅舎も残されているため、トアとしては以前からある考えを持っていた。


「あの廃線……なんとか利用できないかな」

「鉄道を?」


 不思議そうに尋ねるクラーラ。


「市場が成功したら、もっと遠くの人とも交流していきたいなって思っているんだ」


 まだまだ先行きの分からない目的だが、いつかは実現したいと思っている。

 

「でも、それが叶う頃には……おじいちゃんになっているかな」

「「っ!」」


 何気なく放たれたトアの言葉に、クラーラとマフレナはハッとなる。

 トアは人間。

 自分たちはエルフと銀狼族。

 そこには、寿命という越えられない壁があった。

 特にクラーラは、母のリーゼからかつての師であるテスタロッサの話を聞いている。恋人だった人間が死んだことで、禁忌魔法に手を出し、挙句、ダークエルフとなって村から永久追放処分を受けてしまった。

 その後、八極のひとりとして帝国との戦いに参加したが、その後の行方は依然として分からないままだ。


 もし――もし、トアが死んでしまったら。


 そんな思考が脳裏をよぎる。

 これまでも、死ぬとまではいかないが、初めて会った時よりもトアが心身ともに成長していることを感じていた。身長も伸びているし、顔も大人びてきている。やがて、髪には白い毛が混じり、シワが増え、動きも鈍くなり、最後には――


「っ!?」


 考えるだけで辛くなってきて、目じりに涙が溜まっていたことに気づく。ふと視線をマフレナへと移すと、どうやら同じことを考えていたようで、目が潤み、少し赤くなっていた。彼女もまた長命な銀狼族の血を引いているため、トアよりもずっと長生きをするだろう。だから、同じような悩みを抱えているのだ。


 クラーラはトアの背中を見つめ、涙を腕で拭う。

 直後、トアが振り返った。


「ん? どうかした?」

「なんでもないわ。ただ、トアがどっかへ行っちゃわないかなって心配になっただけよ」

「へっ? なんで? 俺はどこにも行かないよ?」

「……ホントに?」

「ああ。死ぬまで要塞村の村長でいるよ」

「わふっ! さすがはトア様です!」


 マフレナの表情にも明るさが戻っていた。


「そうね。みんなでずっと、あの村で暮らしましょう」

「もちろん、そのつもりだよ」

「わふっ! 私もずっと要塞村で暮らします!」


 三人はそれぞれに要塞村永住を宣言し、夕暮れが迫る中、帰路へと就いたのだった。

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